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終末の晩餐

とあるアンソロジーに出す予定で、間に合わなかった作品です。

「二番テーブル料理上がった!」

「はいぃっ!」


 悲鳴に近い声を上げながらも、お昼の混雑をいつものメンバーがこなしていく。この喫茶店のマスターである俺の気合いが伝染し、集中して皆機敏に動いてくれる。

 今日は料理を作るのに、いつも以上に気合いが入っている。何故なら、最後の料理になる可能性だってあるのだから。




『――こ、ここで、臨時ニュースをお伝えします』

『約二四時間後の明日朝八時ごろ、……地球はコアの崩壊と共に滅亡します』

『もう一度……繰り返します。明日朝八時ごろ、地球はコアの崩壊と共に滅亡します』


 モーニングタイムの忙しさも落ち着き、ランチタイムの仕込み前。休憩していた俺をホテルの支配人が急遽きゅうきょ集めた。何事かと、普段パーティ会場にしている大広間に集まったホテルの従業員に見せられた朝のNEWS番組の録画。

 正直、ドッキリか何かかと思ったが、どうやら本当らしい。支配人も、株主レベルから連絡をもらい青ざめたそうだ。 


「明日の朝には地球が終わると言われています。勤務に無理強いはしません。帰る場所がある方は、どうぞお帰り頂いて構いません。最後に【いたい場所】にいるべきだと私は考えております」


 そう言って、青ざめながらも毅然と俺達に向かって頭を下げた姿は正直カッコよかった。




 ランチタイムは、いつもとは違う雰囲気だった。宿泊客も直ぐすぐさま荷物をまとめて帰った者や、部屋から出ずに普段頼まない様な豪華なルームサービスを頼む者もいたらしい。


 そして俺は、いつも通りに厨房で仕込みをしていた。


「マスターは帰らないんですか?」


 アルバイトのウェイトレスが俺に声をかける。


「独り身だしな。仕事してた方が気も紛れる」


 それを聞いて、私もですと答える彼女。だが、肩が小刻みに揺れているのが見て取れる。俺は黙って珈琲に少しだけホイップした生クリームと砂糖を入れて出してやる。


「当店自慢の珈琲でございます。お嬢様」


 ちょっと気取った声を作ると、ふっと笑顔がこぼれる。それ飲んで、それでもきつかったら帰ってもいいんだからなと伝える。しかし、彼女はカップを手で覆う様に持つと、飲まずに俺にたずねる。


「前から気になってたんですけど。マスターって、本当はレストランの料理人だったんですよね? 何で今は喫茶店のマスターなんですか」


 料理もこんなに美味しいのに、と嬉しくなる事を言ってくる彼女。頭をガシガシかきながら、俺も自分の分の珈琲を飲みながら答える。


「沢山の人に食べて欲しかったんだよ……」


 え、と意外そうな顔をする彼女に、照れ臭さでチリチリした顔を隠しながら続ける。


「レストランの方はお高いだろ? 値段が高い分、客を選ぶんだよ。厨房や、バックヤードで客を馬鹿にしてるのを聞いちまってな」


 フランス料理の三ツ星レストランでの勤務経験がある料理長。その下で、働いているメンバーもプライドを持って料理を作っていた。しかし、格式の高さが人を選別し始め、客を見下し始めた。


「今作ってるホットドッグもハンバーガーも、ファーストフードでも手軽に食えるだろ? だから馬鹿にする」


 俺の話を催促する様に頷く彼女に続ける。仕込みの途中のソース、パンを見ながら思う。確かにお手軽な料理だ。だが同時にこだわりがダイレクトに伝わる。


「俺は食べた人の笑顔を、誰の下でもなく、自分の技で見たかった。だから、この喫茶店が新設されると聞いて異動したんだよ」


 だいぶ馬鹿にされたけどな。フレンチの料理人が【喫茶店なんか】をやるだなんて……と。だが俺は、俺のこだわりを、客の目を見て反応を見て、俺自身のやり方で出来るここが気に入っている。


「まぁ、そんな訳で自分の城を守りたいのさ。雇われ城主だけどな」


 話は終わりと、珈琲を飲むのを促すと、彼女は一言呟く。


「私、ずっとマスターのそういう部分を感じていたんだと思います。だからずっと働けたんだと思います」


 だから好きになったんです、とポツリと呟く彼女の言葉に呆気に取られた俺を尻目に、彼女は一息に珈琲を飲み干すと、勤務に戻っていった。




 人は落ち着きを求めて喫茶店に来る。俺はその為に、努力は怠らない。これまでもこれからも。そして明日で世界が終わろうとも、俺は変わらない。ただ、それだけだ。

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