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最期のフロンティア

「そう、ちゃんとパパの言う事を聞いてね。じゃあママは一週間後には帰れるから」


 そう言って通信を切る直前。彼女に、娘からの「ママ愛してる!」の声が聞こえた。

それを聞いて満足の息を吐くと、通信ブースから出て外を見る。今日も地球は蒼かった。




 この国際宇宙ステーションでの勤務も明日には終わる。そうすればまず地上に。そして勤務が明ければ愛しい我が家に、愛する家族に。夫も娘も待っているあの地球へ帰れるのだ。そう思って動きが早くなりがちな彼女を、同僚のスティーブが止める。


「ジェシカ。いつも通りにやるんだ。いつも通りに」 大柄な身体から落ち着いた低音を響かせて丁寧に発音されるそれは、逸る彼女の心と行動を落ち着かせる。


「気持ちは分からないでもないが、アイツみたいにならない様にな」


 そう言ってスティーブが親指で指した先には、鼻歌どころでは無い音量で歌い続けるサムがいた。


「長いミッションだったからな。気持ちは分かる。俺も早く明日の降下ミッションを終えたいさ。だからこそ【いつも通り】にな」


 そう言ってウインクして去るスティーブは、こんな時もリーダーだった。




「今、なんと言ったヒューストン……」


 押し殺した様な、それでいて信じたくないと否定する様な口調でスティーブが音を紡ぐ。定時の連絡と共に明日の地球への降下ミッションの打合せだけのはずが、スティーブが見た事も無い表情でもう一度地上のヒューストンの管制センターへ問いかける。


『降下ミッションは永遠に中止だ。諸君らの帰るべき場所は無くなる』




 重苦しい沈黙が辺りを支配した。船外活動で宇宙空間にいる時の【無】ではなく、痛みすら伴う気配。


 明日地球が崩壊するという。突如ヒューストン管制センターからもたらされた情報に、ステーション内部は大混乱となり、そしていつしか沈黙が支配者になった。


「俺は帰りたい。ママにまだ伝えていない言葉がある」

「私も最後の瞬間があるというなら、家族を抱き締めて死にたいわ」


 ポツリポツリと呟かれるそれは静かな祈りの様であり、怨嗟の様でもあった。




 地上が当てに出来ぬと、リーダーであるスティーブが独自に降下ミッションの用意を進めさせたが、遅々として進まず翌日を迎えた。地球を見る限り何の予兆も無く、性質の悪いジョークだったのだろうと、誰かが言い始めた時、それは起こった。


「地球が揺れている?」


 それは、惑星の胎動だったのか。音もなく動いた地球は、ただ静かに崩壊し始めた。北極と南極を繋ぐ様に、無慈悲な線が描かれ、そして無数の欠片になっていく。


「ジーザス(神よ)……」


 誰ともなく小さく呟いた言葉は、やけに辺りに響いた。

 そこに根差したであろう多数の命と共に、大地は砕けた。

 そして、祈り続けたステーションもまた、崩壊と共に散った命の欠片にぶつかり痛みすら無く消えていった。




 地球は、もう蒼くは無かった。ただ、岩の塊と化した。


 海の名残が、生命を貴ぶ様に、ただひとひらキラリと光った。

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