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後編

「分かるものから当てはめてみよう。もう一度、品書ヒントを言ってくれ」


現代のように簡単にメモを取ることが出来ない江戸時代では、兎に角覚えるしかない。

二太郎は、思い出しながら10の品書を言った。


「竹ヒゴを使った子は1日で仕上げた」

「籐で作った鰻捕獲籠うなぎほかくかごを使って船の模造を作った子がいる」

「竹筒を使った子は一番早く完成させることが出来なかった」

「3日かかったものは、書物覆い(=ブックカバー)か、水入れのどちらかだ」

「筆入れは女の子が作った」

「翔は布切れを使った」

「粘土を使った子は、筆入れを作った子よりも早く仕上げたけど、希よりは時間がかかった」

「智は、書物覆いを作っていない」

「貯銭入れを作った子は、粘土も竹ヒゴも布切れも使っていない」

「潤は、完成するまで、1日以上かかった」


「間違いないだろうね」

二太郎に念を押した。

「ウン、間違いないよ」


「まず鰻捕獲籠うなぎほかくかごを使って船の模造を作ったというのだから、鰻捕獲籠=船の模造だ」


「うん、そうだけど、誰が作ったのか分かんないよォ」

と、二太郎が口をとがらす。


日吉は、自分の頭の中で整理しているようだ。

「慌てるなって。次に、貯銭入れを作った子は、粘土も竹ヒゴも布切れも使っていない。鰻捕獲籠でもない。従って、貯銭入れは竹筒で作られたことが判る。貯銭入れ=竹筒だ」


「残った材料は、粘土と竹ヒゴと布切れ。竹ヒゴや布切れで水差しを作っても、水を貯めておくことは出来ないから、必然的に粘土となり、粘土=水差しであることが判る」


「同様に竹ヒゴは筆入れ、布切れは書物覆いだろうと考えられる。これで、五つの材料で、それぞれ何を作ったかが分かった。ここまではわかったかい?」

「うん」

二太郎には何か魔法にかけられているような気持ちになった。


「後は、誰が何を作ったのかということだが、翔は布切れ=書物覆いを作ったとあったね」

「うん。そうだよ」

「水差し=粘土を使った子は、竹ヒゴ=筆入れを作った子よりも早く仕上げたけど、希よりは時間がかかった。だから、かかった時間順に並べると、『筆入れ・粘土・希』の順になる」

「そして、筆入れは女の子が作ったという品書がある。女の子は二人、即ち希か菜々のどちらかであるが、筆入れを作った子より希が早く仕上げたということは、希が作ったのは筆入れではないことがわかる。つまり、竹ヒゴ=筆入れを作ったのは奈々ということになる」


日吉は、二太郎に

「判るよね。にた坊、ついてこれるかい?」


何度考えても分からなかった品書が、日吉にかかると光り輝く品書になる。

二太郎は、自分がなんて馬鹿なんだろうと思う。考えるだけでわかることではないか・・・。


「更に、潤は一日以上掛かった。ということは二日か三日となり、希よりは遅い」


「だから、希のかかった時間は一日か、線香六本か、或いは線香三本であるということが判る」


「竹ヒゴを使った子は1日で仕上げたということから、希は一日ではなく、線香六本か線香三本であることが分かった」


「竹筒を使った子は一番早く完成させることが出来なかった。ということは線香三本ではない。ゆえに、希は線香三本の時間で仕上げたことになる」


「三日掛ったのは粘土=水差し或いは布切れ=書物覆いとある。希の宿題は、水差しでも書物覆いでもない。竹ヒゴ=筆入れは、希の作品ではない」


「残るのは、竹筒=水差し或いは籐の鰻捕獲籠=船の模造であるが、竹筒=水差しは一番早く完成させることが出来なかったということから、一番早くできた希の作品ではない」


「従って、希が宿題で作った作品は・・・?」

日吉が二太郎の顔を覗き込んで聞いた。


「籐の鰻捕獲籠=船の模造だ」

これは二太郎にもわかる。


「わかったかい?にた坊。線香三本分の時間、つまり、一刻で希ちゃんは作ったんだ。ということはそれより早く仕上げなければ駄目なんだろう?」


「でも、鰻捕獲籠は、佃島の三平さんちに貰いに行く往復だけで一刻以上掛かるんだよ。作っている時間がないよォ」

二太郎は泣きそうになっている。


見かねて可哀想になったのか、吉友が口を挟む。

「おじさんが取りに行ってやろうか。おじさんなら半刻掛からずに往復できるぜ。半刻あれば何とか作れるんじゃないか?」


「・・・」

二太郎は、一瞬、顔を輝かせたが、直ぐに項垂うなだれてしまった。


何か考えていたが、縁側から飛び降りた。

「判った。もういい」


日吉が二太郎の顔を見ながら

「何が?」


暗い目をした二太郎が、思いっきり足元の小石を蹴った。

「だから、だから・・・だから・・・希ちゃんはおいらと祭りに行きたくないんだ。きっと取りに行っても、間に合わないことは希ちゃんも判ってるんだ。絶対に、希ちゃんより早く出来ないことを判った上で、おいらに作れたら一緒に行ってもいいって言ったんだ。」


「おじさんに手伝ってもらったら出来るかもしれない。でも、そしたら、自分でやったのじゃないとか別の理由で断られると思う・・・あの塾の連中も知ってて、あんな品書を出して、後で笑いものにしていたんだろうな・・・俺たちはそこらへんの寺子屋の連中とは違いますってね」


「明日朝行って、はっきりと言ってくるよ。出来ねえことを承知で『私より早く出来たら』って、絵草子のかぐや姫気取ってんじゃあるまいし、こんな回りくどいことせずに、いやならいやといえば、一言で済んだのじゃないかって。おいらだって江戸っ子だい、嫌がってる人と行っても、お互いが面白くねえ、楽しくねえってことぐらい、分かってらぃ」


「そうか・・・にた坊、当たるだけ当たって、結果、ぶっ飛ばされた。仕方ないじゃないか」


「本当は、おいらのこと、もっと判って欲しかったし、希ちゃんのこともっと知りたかったんだ。話もせずに拒否されたんじゃ、おいら納得できねえ。だから、話しをしたかったのに・・・」


「二太郎さんよ、ひがんじゃいけねえ。希ちゃんの直接その場で断わらねえ優しさかも知れねえぜ。塾のみんなの手前もあるかもしれないし・・・」


「辛いねえ。でも、人生長いんだ、希ちゃんだって何処でどうなるかわからねえよ。またの機会もあるかも知れねえぜ」


「でも希ちゃんが拒否してるんじゃ仕方ないじゃないか。片思いだ。つらいだろうが諦めな」

日吉はなぜか、厳しい。


「日吉姐、有難う」力なく呟く。

「にた坊は男だ。泣くんじゃねえぞ」

日吉の言葉に頷きながら、駆け出していった。


二太郎の虚勢を張った後姿を見送りながら、

「日吉姐。今回はあれでいいのかも知れねえな。まだ10歳だから。思い通りに行かないのが世の習いってことがわかってもいい年頃だ。」


「にた坊は今のうちに諦めたほうがいい。佐々木屋の希は、親の決めた許婚いいなずけがいるんだ・・・たしか三つ四つ年が上だったと思うが、深川の小間物屋西国屋の跡取り息子だ。なかなか出来が良いとの噂を聞いてる。佐々木屋も大きいが、西国屋は色々な大名屋敷に出入りを許されている大店だ。にた坊の沓脱屋じゃ格が違いすぎる・・・」


「そうか・・・それで冷たく突き放してるのか・・・」


着流しに月代さかやきを伸ばした浪人風の男が、大刀を一本腰に差し、右手には鉄扇を持ってゆっくりと境内を横切ってくる。


「おっ 南田様だ」


後編 了


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