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前編

日吉は近藤家の奉公を引いた後、洗い髪を後に束ねただけの髪型ポニーテールの若者姿で町内を見回る日々を過ごしている。


そこへ飛びつくように駆け寄ってきた一人の子供がいた。

町内で、履物商・沓脱くつぬぎ屋の息子、二太郎にたろうだ。

「名付け親が、『一姫二太郎』というから、そのままの『二太郎』が良かろう」というので、安易な考えで付けられたと聞いている。

跡取り息子なのに二太郎。周りからは『にた坊』と呼ばれている。


日吉姐ひよしねぇ、おいらの相談に乗っておくれよぉ」

「おっ、どうした、にた坊。相談にのってくれぇ?」


「貸本の鳩目屋の美友みゆちゃんに、日吉姐なら、きっと答えが判るっていわれて・・・」


日吉は上を見るような仕草で考えていたが、

「貸本屋の美友・・・ああ、あの目のクリッとした可愛い子か・・・」


「ここじゃ、往来の邪魔になる。弁天様の境内にいこう。・・・それで相談って何だ?」


二人で連れ立って山王日枝神社に向かって歩き出した。


☆ ☆ ☆


山王日枝神社は、今の千代田区永田町・国会議事堂のすぐそばにある。

その横に、周囲に縁側をめぐらせた、こじんまりとした弁天様の社がある。

日吉も、子供の頃は日がな一日、この界隈で遊んでいたものだ。


ふたりは、弁天様の社の縁側に並んで座った。

「それで、おいらに相談って何だ?」


「表通りの小間物屋の佐々木屋の下のは、のぞみちゃんというんだけど、根木こんき内造ないぞう先生の至高しこう塾=寺子屋に通ってるんだ」


「根木内造先生って?」

「ご浪人さんなんだけど、長崎で勉強してきたという偉い先生なんだ」

自分が教えてもらってないのに強弁する。


ああ、あの「うらなり」か、と判ったが、寺子屋があることは知っているが、日吉は浪人の正式な名前までは詳しく知らなかった。

ただ、いつも偉そうにしているので、「至高塾」というより「鼻高びこう塾」だの「天狗塾」だのと陰口を叩いている。



「そうか、にた坊は、希ちゃんが好きなんだな」

「ウン、綺麗で可愛いんだ。日吉姐も綺麗だけど・・・」


「バシッ」

日吉は二太郎の頭を軽くはたいて、

「生意気言うんじゃないよ。お世辞は良いから相談とやらを早く言いなよ」


「読み書きそろばんって言うけど、あそこの寺子屋はおいらたちの処と違ってみんな賢いんだ。自家製オリジナルの教本で勉強するんだけど、それがめちゃ難しくって、毎日勉強しない子は直ぐについていけなくて落ちこぼれちゃう」


学問にとんと縁がなかった日吉には耳が痛い。

「へぇ、頭いいんだね」

「しかも『勉強だけじゃない頭』を鍛えるんだって、工作なんかの宿題もあるんだよ」


「工作の宿題?・・・でも作り方とか、手伝ってと言われても困るよなぁ・・・」


二太郎は改めて日吉に向かって頼み込む。

「希ちゃんってとっても綺麗な娘なんだ。皆、憧れてるんだ。おいら、希ちゃんと、友達になりたいんだ。だから、今度のお祭り一緒に行こうと誘ったんだけど・・・『私の宿題より、同じものが早くできたら一緒にいってもいい』って言ってくれたんだ」


「へぇー やったじゃない。おめでとう」

「それで、五人が宿題やってるの。桜井屋の翔ちゃん、松本屋の潤ちゃん、大野屋の智ちゃんと、女の子は山田屋の菜々ちゃんと、佐々木屋の希ちゃんの五人」


「頭のいい子達の作る工作ってどんなのだ?」

「材料はね、粘土・布切れ・竹筒・竹ヒゴ・籐製とうせい鰻捕獲籠うなぎほかくかごの五つだけど、粘土は大草川の渡し舟の船着場の土手にある赤土と小草川の白粘土を混ぜたもの。布切れは、屑屋の平さんに貰ったもの。竹筒と竹ヒゴは、内藤新宿の竹藪から切り取ってきたもの。籐製の鰻捕獲籠は佃島つくだじまの三平さんちで貰ってきたものって決まってるんだ。」

「・・・・」

日吉はうなづいて、先を促す。


「作ったものは、筆入れ・船の模造・貯銭入れ・書物覆い(ブックカバー)・水入れの五つ」

「かかった時間は、3日・2日・1日・線香六本・線香三本だって・・・」

「でも、誰が何を使って何を作ったのか、どれぐらいかかったのか、教えてくれないんだ」

二太郎は、途方にくれたように足先を見つめる。


「早いものは、六炷ろくちゅう三炷さんちゅう・・・」

当時、線香は時計の代わりとしても使用され、禅寺では線香が一本燃え尽きるまでの時間 (約四〇分) を一炷いっちゅうと呼び、坐禅を行う時間の単位としたほか、遊郭では一回の遊びの時間をやはり線香の燃え尽きる時間を基準として計っていたという。

現代に換算すると、線香六炷は約二刻、即ち40×6÷60=4時間。線香3炷は約一刻で、40×3÷60=2時間である。


「わからないんじゃ、どうしょうもないよ。全部作るのか?」

「祭は明々後日だよ。全部作ってたら間に合わないよォ」


「そこで、誰が何を作ったのか判らなければ作りようがないっていうと、五人が、それぞれ二つづつ、品書ヒントをくれたんだ」


☆ ☆ ☆


「竹ヒゴを使った子は1日で仕上げたんだよ」


「籐で作った鰻取仕掛を使って船の模造を作った子がいるよ」


「竹筒を使った子は一番早く完成させることが出来ませんでした」


「3日かかったものは、書物覆い(=ブックカバー)か、水入れのどちらかだよ」


「筆入れは女の子が作りました」


「翔は布切れを使った」


「粘土を使った子は、筆入れを作った子よりも早く仕上げたけど、希よりは時間がかかった」


「智は、書物覆いを作っていません」


「貯銭入れを作った子は、粘土も竹ヒゴも布切れも使っていません」


「潤は、完成するまで、1日以上掛かりました」


☆ ☆ ☆


「明日朝から集まって、用意ドンで、おいらは材料取りに出発することになってんだけど、何を取りに行けばいいのか全く分かんないんだ」


日吉は少し考えていたが、二太郎に確認した。

「みんなも同じようにとりに行ってから作ったのかい?」

「ううん違うと思う。だって材料みんな使ってしまって無いから取りに行けって・・・」


「その取りに行く時間は含まないのかい?」

「用意ドンで、線香に火をつけるんだよ」


日吉は、不公平アンフェアーだと思う。この時点で大体の結果が、おぼろげながら見えた気がする。


日吉は想像してみた。

大草川の渡し舟の船着場の土手にある赤土と、小草川の白粘土は、取りに行って帰ってくるだけで、おそらく丸一日かかるだろう。

竹筒と竹ヒゴは、内藤新宿の竹藪から切り取ってきて作ることって簡単に言うけれど、これも半日以上掛かかるだろう。

屑屋の平さんと直ぐに会って布切れを貰えればいいが、布切れがあるかどうかも判らない。出かけてりゃ直ぐに会えるかどうか分からない。

籐製の鰻捕獲籠は佃島の三平さんちに貰いに行かなきゃならないが、往復で一刻以上掛かる。二太郎の足では一刻半は掛かるかもしれない。


二太郎が、話しかけた来たので、妄想が中断してしまった。

「いくら考えてもわかんないし、無駄足踏みたくないんだ。だから、考えておくれよ。こんなに考えても分かんないから・・・可愛い子分のおいらの恋が実るかどうか、日吉姉に掛ってるんだ」


「ん!?」

ちょっと待て!? 可愛い子分!? いつからだ?

そんな覚えはねえぞ、と思いつつも、縋りつくような真剣な目で見つめられると、自分で考えろと突き放すのも可哀想だし、手伝うのも仕方がないかとも思う。



プシュと微かな音と共に、何かがギリギリ顔の横を通り過ぎた。

振り向けば、小指の先ぐらいの大きさで黄色と黒のまだら模様のものが、後ろの壁に刺さっていた。

「蜂のように似せたもの・・・」

ふと、前を見ると、半纏を着た若い男が、いつの間にか側に立っていた。

「わっ!」

思わず、のけぞってしまった。

二太郎は、いつの間にかフッと現れた男に驚いて目を丸くしている。


「お嬢さんは日吉姐ひよしねぇと呼ばれているんだね。あっしも、これからはそう呼ばせて貰いやすぜ」


「あなたは、風間党の・・・良いんですか?こんな所ウロウロしていても」


「あっしは、吉川よしかわとも・・・衛門えもん、いや、これからは吉友よしともとでも呼んで下せえ。二太郎くんの相談、あっしもお手伝いしやすぜ」


「そんなことしていて大丈夫ですか。伊賀・甲賀・黒鍬・裏柳生に見つかったら大変なことになりますでしょ?」


「ほう、あっしのことを心配してくれるんだ。有り難う。でも心配要らない。南田殿に手を打って頂いた」


「南田様に?」


「ここで南田殿と待ち合わせているのだ」


「南田様と・・・」

日吉にとって、南田は有る意味特別の人である。

南田の名前を聞くと、妙に恥ずかしくもあり安心感もある。


吉友も、縁側に並んで腰掛けた。


「それより、二太郎くんの相談だ」

日吉は、上手くはぐらかされて納得いかないまま、取り敢えず

「にた坊、どんな答えが出ても、文句は言わないって約束出来るかえ?」

「うん、出来ないなら諦めるよ」


「じぁ、一緒に考えてみよう」



前編 了



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