2.『一番下のイモウト』
……親愛なる、『天国のお祖母ちゃん』へ。
……天国のお祖母ちゃん。
今日、お祖母ちゃんのお葬式で……浜松の叔母さんが、言いました。
「人はやっぱり……こんな風に、年の順に死ぬのが自然なんだよ。
子供が、親より先に逝くのは……どんな理由でも親不孝だよ……」
あたしは……叔母さんのそういう配慮の無い言葉が、許せませんでした。
どうやら、浜松の叔母さんの中では……。
『チッチャイ姉ちゃん』は、もう死んでしまったことになっているみたいです……。
……あたしは、それが本当に腹立たしくて。
だけど……あたし、叔母さんに、何も言い返すことができなくて……。
『大きい姉さん』は、ポロポロ涙を零して……ただただ、小さく頷いていました……。
あたしは……人が亡くなるのに、順番なんて関係ないと思います。
人が死ぬのは……それが誰だって、あたしはやっぱり悲しいです。
……天国のお祖母ちゃん、聞こえますか?
あなたが、死んでしまって……あたしは悲しいです。
それから……『チッチャイお姉ちゃん」。
あなたが、ここにいなくて……やっぱり、あたしは悲しいです。
とてもとても……悲しいんです……!
『チッチャイ姉ちゃん』が、東京へ行ったまま行方不明になって……一年が経ちました。
警察の人は、まだ捜索を続けてくれています……。
東京の街角の掲示板には……『チッチャイ姉ちゃん』の顔写真の入った『尋ね人』のチラシがたくさん貼られているそうです……。
……不思議な気分です。
自分の姉妹の写真が……遠い街角に晒されているというのは……。
この半年……新しい情報は何もありません。
捜査は、進展していないそうです。
でも……あたしたち家族は、『チッチャイ姉ちゃん』のことを少しも諦めていません。
生きて……どこかで無事にいてくれるって、信じてます。
信じています……心の底から。
だけど……だけど。
それでも、時の流れは……毎日の生活は、あたしたちの思いを少しずつ削り取っているみたいです。
いつのまにか、あたしたちは……。
家の中に『チッチャイ姉ちゃん』がいないということに……。
毎日……ほんの少しずつ、慣れてしまっているみたいで……。
あたしも、お父さんも、お母さんも……この頃は、チッチャイ姉ちゃんのいない食卓でゴハンを食べることが普通な感じになってしまって……。
先月くらいから……お母さんは、晩ご飯のお膳に『チッチャイ姉ちゃん』のお椀やお箸を用意するのを止めてしまっています……。
あたしは、それが悲しくて……情けなくて。
だから、あたし……絶対に『チッチャイ姉ちゃん』のお箸やお茶碗は使ったりはしません。
『チッチャイ姉ちゃん』の部屋だって、一年前のままにしてあります。
あたしは……あれからは、『チッチャイ姉ちゃん』の洋服だって、絶対に着ないようにしていました。
前は……『チッチャイ姉ちゃん』と一緒に暮らしていた頃は……。
あたし……お姉ちゃんの服を勝手に借りて着ることに何の罪悪感も無かったのに……。
今では……それが、決して犯してはならない『タブー』の様に思えるんです。
先週の月曜日の朝……お母さんが出してくれた靴下は、『チッチャイ姉ちゃん』のものでした。
だからあたし……「違うよ、これ、あたしんじゃないよ」ってお母さんに怒りました。
そしたら、お母さんは……「靴下くらい、お姉ちゃんのを借りたって構わないじゃない」だなんて、言うんです……。
……だけど。
あたしは、どうしても『チッチャイ姉ちゃん』の靴下は履けなくて……。
それは、やっぱり許されざる『タブー』で……。
……だから。
あたしは、お姉ちゃんの靴下をタンスに戻して……自分の靴下を履いて学校へ行きました……。
そう……あたし、気をつけていたんです。
ずっとずっと、『タブー』を犯さないように、注意して、注意して……!
……気をつけてきたのに。
……それなのに、あたし!!!
……今日の五時限目の体育の時。
体操着に着替えようとしたら……。
あたし……間違えて『チッチャイ姉ちゃん』の体操着を持って来ちゃったことに気が付きました……。
だけど……あたし、他のクラスの友達から体操着を借りることはできなくて。
そのことのためだけに……体育の授業をサボることもできなくて。
あたしは……心の中で「ごめんなさい、ごめんなさい」って何度も思いながら……。
『チッチャイ姉ちゃん』の体操着に袖を通しました……。
……おかしいですよね。
……バカですよね。
……あたし。
『チッチャイ姉ちゃん』が、家に居た頃には……勝手にお姉ちゃんの服を借りても「ごめんなさい」なんて思わなかったのに……。
あたし……一度も「ごめんなさい」って、謝らなかったのに……!!!
体育の授業の五〇分間で……お姉ちゃんの体操着はあたしの汗を、たくさんたくさん吸ってしまいました。
そしたら……もうダメです。
『タブー』は、一度破ってしまうと……別にどうでもいい、無意味なものに変わってしまうみたいです……。
あたしの中で、ずっと守り続けていた大切な気持ちが……。
『タブー』な気持ちが……すっかり壊れてしまいました。
多分、あたし……これからはもう、『チッチャイ姉ちゃん』の服を平気で着てしまうと思います……。
きっと、靴下だって履いちゃいます。
お姉ちゃんのお気に入りだったブラウスだって、パジャマだって……貰っちゃうことになるのだと思います……。
そうして……この家の中から、『チッチャイ姉ちゃん』の匂いが、どんどん消えていくのでしょう……。
他の誰でもない……。
バカで愚かな……イモウトのあたしによって……!
あたしが……。
『チッチャイ姉ちゃん』の生活の痕跡を壊していく…。
『チッチャイ姉ちゃん」の思い出が、少しずつ抹消していくんです……。
……ごめんね。
あたし……とっても悪い妹だよね……。
本当に、ごめんなさい。
……だけど、
……だけど、
……それでも。
……それでもね!
……天国のお祖母ちゃん……!!!
あたし……『チッチャイ姉ちゃん』の靴だけは履けないの!
他の物は貰えても……靴だけは貰えないの!
だって……あたしの方が。『チッチャイ姉ちゃん』より足のサイズが大きいから……!
だから……今ではもう、我が家の玄関の靴箱の中で、
『チッチャイ姉ちゃん』の小さな靴だけが、
この家に『チッチャイ姉ちゃん』が居たっていう過去を、
「ホントなんだ、夢なんかじゃないんだ」って主張しています……!
……叫んでいます!
……絶叫してます!
『チッチャイ姉ちゃん』の……あの小さな靴だけが……!!!
……親愛なる、あたしの『チッチャイお姉ちゃん』。
……あなたは、今。
……どこにいるのですか?
(第2部に続く)
この作品は、今から十年以上前に『朗読劇』用のテキストとして書きました。
実際に上演したのですが……1回きりでしたので、50人も観ていないと思います。
その後、たまたま知り合った方が刊行していた『詩の同人誌』に載せていただいたのですが(お金を払って、載せていただきました)……。
どうしてだか、その本から……どなたかが、勝手にこの作品の全文を『2ちゃんねる』にアップしたようです。
知り合いから指摘された時は、驚きました。
さすがに別の人の名前ではなく、ちゃんと『詩の同人誌』に掲載された時のペンネーム(現在のものとは違います)で載せられてはいたのですが……。
勝手にアップされた方は、宣伝して下さるつもりだったのかどうか判りませんが……まるで、私本人がそういうことをしている恥知らずみたいに見えて……とても、悲しかったです。
私のようなプロの作家では無い人間が、そんな形で著作権侵害に合うとは夢にも思いませんでした。
現在は、ログが完全に流れてしまっているので……もう読めなくなっています。
そういう……困った過去のある作品です。
一応、最初の『朗読劇』を観た人も掲載された『詩の同人誌』も実在しますので、この作品が確実に私の著作物であることは、強く主張しておきます。