第5話 正しい風の精霊使い
情報。
それは言うまでもなく重要なものだ。
目に見えるものではないが、それ如何によっては命をも左右する。
個人だけではなく、団体・国にとってもその重要性は変わらない。
よってその収集に力を入れるのは当然の事であり、保持を徹底するのも当然の事である。
国の中心部ともなれば目に見える形での警備だけでなく、魔法的対策もしっかりと施されている。
魔術による盗聴も盗み見も不可能。
精霊魔術も精霊自体の侵入を防ぐ。
神聖魔法は使い手が皆無に等しいため、対策を立てる必要性は低い。
ほとんど全ての魔法を無効化する魔術が施されている。
まさに、難攻不落の城。
少なくとも、世間一般ではそうなっている。
「なあ、あれって明らかに最高機密だよな」
「俗に言うトップシークレット、でしょうねぇ」
ウェルフの言葉に、ローザが打てば響くように答える。
今まで幾度となく繰り返した会話だ。
それでも厭きる事なく繰り返している、その心境を是非とも理解してほしい。
好きで繰り返しているのではない。
繰り返さないとやってられないだけなのだ。
「―――でね、ミルトとクリュウは協定を交わしてるんだよ」
「それは、興味深いですね」
「ふむ、あのミルトとクリュウがなぁ」
ウィンの楽しげな言葉にそれぞれが反応を返す。
フェルディナンドは実に興味深げに頷き、何やら思考を展開している。
クライムは内容の重要性を理解しているのかいないのか、重々しく相槌を打つ。
ちなみに、ミルトとクリュウは隣り合った国同士ではあるが、ここ40年ほど緊迫状態が続いている。
表立った戦闘こそないものの、小競り合いは幾度となく起き、水面下ではそれはもう熾烈な争いが繰りひろげられている。
その2国が協定を結んだとなれば、周辺国家にもたらす影響は計り知れない。
「マスターの顔が怖いな」
「あの情報をどう使うつもりなんでしょうかね?」
「取り敢えず、碌でもない事だろうな。
まあ、ギルドのためになるような事ではあるだろうが」
「…………あれですよね。
何で一介の冒険者が国の心配をしないといけないんでしょうかね?」
「…………そうだな。
しかも心配するのは国の方だしな」
「これで潰れでもしたら、後味悪いですしね」
「マスターに限って、それはないだろう」
ウェルフがそこはきっぱりと否定する。
そこには確固たる意志があった。
「そんな事になったら面倒だからな」
「………………………それ、言わない方がいいんじゃないですか?」
「事実だ」
諦めろ。
言外に断言される。
全冒険者ギルドの頂点に立つグランドマスター。
大抵は‘マスター’とだけ呼ばれることが多い。
そのグランドマスターであるフェルディナンド・ヒノ。
彼の性格の黒さは一部の者には有名である。
幸か不幸か、この場にいる全員が、その黒さは知っていた。
何も知らずに、好青年の顔に騙されている者は、もしかすると幸せなのかもしれない。
少なくとも、ローザは知らないで済むなら知りたくなかった。
そんな適度な距離を保っておきたかった。
ローザとウェルフが表現しがたい心境に陥っている間にも、ウィンの情報暴露は続く。
「ミュレイの大臣達が結託して不正をしている」
「ルードリアの国王が48人目の側室を迎えようとしている」
「その正妃が国王を亡き者にしようと企んでいる」
「フォルストは財政が厳しい」
「どこぞの冒険者が戦場のど真ん中を突っ切ったらしい」
「最近になってカレルリアの魔竜が暴れだした」
それぞれにフェルディナンドとクライムが反応を見せる。
が、ミカエルはノーリアクションのまま。
スペイルにいたっては、離れたテーブルで我関せずに薬草茶を飲み続けている。
近くに来たら巻き込まれることを確信しているのだ。
「あれか?
ルードリアの王妃が国王暗殺を企んでいるのは、女遊びが原因か?」
「よく財政破綻しませんよね」
ウェルフとローザの思考は明後日の方向に飛ぶ。
真面目に取り合うと、非常に疲れる。
「それ以前に、魔法を無効化する魔術が施されているんじゃなかったか?」
「普通、城にはそういった魔術装置がありますよ」
「何でウィンは平気なんだ?
装置が壊れてたとか、か?」
「いや、フォルストの装置は3日前は正常でしたよ」
2人の会話に従業員が口をはさむ。
いや、別に会話に参加されること自体はどうでもいいのだが、別の問題が浮上する。
「風の精霊使いですか?」
「ええ、中位ですが」
「お前も侵入しようとしたのか?」
「もちろんですよ」
いい笑顔のお兄さん。
明らかに、何かが間違っている。
あくまでもにこやかに立ち去る従業員の後姿を見送るローザとウェルフ。
「風の精霊使いって、やっぱりあんなのばっかりか?」
「好奇心の塊」
「楽しければいい」
しばし、2人で黙り込む。
「お疲れ様です」
「お前もな」
お互いを労わる以外に何を言えと?
風の精霊使いと書いて、トラブルメーカーと読む。
それは生きた迷惑以外の何物でもない。
好奇心のままに機密や秘密を知りたがる。
そして、楽しみのために、それを言いふらす。
重要地点に施されている魔法を無効化する装置が、ほぼ風の精霊使い対策でおかれている事は公然の秘密である。
知っている人は知っている。