第2話 ケンカを買いましょう
「2人だけで竜退治なんて嘘くせぇー」
「どうせ何か裏があるんじゃねぇの?」
そう言って嗤うゴロツキ、よりは若干真面な格好の2人組。
ランクは高くてもE。
中身は下種。
そして、命のいらない大馬鹿者。
ローザは心中できっぱりと断じる。
ついでに、一応、冥福も祈っておく。
なぜ自ら死地に飛び込むのか?
よくある事ながら、ローザには本気で謎だった。
そんな解答の出ない事を考える前に、今後のあれこれを考えるべきかもしれないが。
ざっとギルド内を見まわして確認。
ギルド員が5名、冒険者が4名、依頼人の姿はなし。
保護対象はギルド員だけで大丈夫なようだ。
他の冒険者は仮にも冒険者をしているのだから、判断を誤らずに逃げる事くらいできるだろう。
そう信じる事にしておく。
「全能の盾」
ローザが魔法を発動するのと同時に空気を斬る音がする。
ぎりぎりセーフ。
生じたであろう砂埃も衝撃も、全て魔術で作られた不可視の盾が防いでくれる。
魔術の素早い発動は、日頃の成果としか言いようがない。
きちんとギルド員も盾の領域内に庇えた。
「ミカエルがご迷惑をおかけいたします」
にっこり笑顔で謝罪する。
と言うか、笑うしかない。
色々と思うところはあるが、全て無駄でしかない。
状況についていけないのか、5人は無反応だ。
よくなった視界やあんまり耳にしたくない悲鳴が聞こえてきた段階で、ようやくこのギルドの責任者が反応を示した。
「こちらこそ、助けていただいたようで」
「いえいえ、当然の事です」
むしろ感謝される方が、良心が痛む。
現在進行形で建物は壊れていっているのだし。
犯人は相棒なのだし。
こちらが謝るべきだ、どう考えても。
「あの…」
「はい?」
「これ、魔術ですよね?」
意外に早い復活を遂げた受付嬢が、見えない盾を指さす。
「ええ、魔術です」
「全能の盾ですよね?」
「そうです」
「…………大丈夫ですか?」
恐る恐る、といった様子で聞かれる。
数回瞬きし、しばし考える。
質問の意図がよく分からない。
そんなローザの様子にギルドの責任者が助け舟を出してくれる。
「この魔術はかなり魔力を消費するはずですが、流石はランクAですな」
「そうです。普通なら発動時間は数秒、って聞きます」
ようやく分かった。
ローザが使っている魔術、全能の盾。
あっさり使っている割には高度な魔術であり、恐ろしく魔力を消費する。
しかしそれに見合う効果があり、ほぼ全ての害悪から身を守ってくれる。効果領域は基本的に術者の周り。より魔力を消費するが、効果領域を広げる事も可能である。
デメリットはやはり消費される魔力が大きい事。よって、いかにタイミングよく、攻撃を受ける瞬間のみに魔術を発動するかがキーになってくる。
その魔術を結構な領域で、現在も使用中。
並みの魔法使いならとっくに魔力が切れていてもおかしくない。
「これくらいできないと死んでますから」
「…………………………………………………………」
「…………………………………………………………」
謙遜でも誇張でもない。
事実である。
今の状況からしても分かる通り、ミカエルは周りの事を考えてくれない。
攻撃範囲にローザが入っていても、普通に攻撃する。
巻き添えとかも考えない。
ミカエルの相棒に必要なものは、何をおいても自分の身を守れる事である。
攻撃力はミカエルが過剰なほどに持っているので、なくても大丈夫。
と言うか、相棒いらないんじゃないの?
「一日くらいなら魔術維持できますから、安心してくださいね」
「…………はい」
この状況、ローザとミカエルしか笑えない。
この冒険者ギルド、フォルスト神聖王国、王都支部の責任者―――クライブ・カーンはローザの評価を改める。
ランクSSの魔王・ミカエルの相棒は、それだけの実力が十分にある。
そうして、ミカエルの評価も改める。
噂は噂ではなく、まだまだ甘いと。
全員見ないし、耳に入れないようにしているものに、そう改めざるを得ない。
異名の魔王は伊達ではないのだ。
「ああ、それと壊れた建物は時間魔術で直しますから」
どこかズレた、現実的かつ建設的な言葉。
悲鳴が聞こえなくなり、魔術を解除するまで、ローザは笑顔で押し通した。
引きつっていようと何だろうと、笑顔じゃなくなったら終わりな気がしたのだ。
何しろ、よくある事なのだから。
今回は当事者にしか被害がないので、マシな方だ。
ある意味ケンカなので警備兵に拘束されることもないだろう……多分。
相手が死亡していても自己責任の範囲内……のはずだ。
それ以前にミカエルを牢に放り込める存在がいるとも思えない。
そんな事を考えながら、彼女は異名の大天使に相応しい笑顔を浮かべ続けた。
ランクSSの魔王・ミカエル。
ランクAの大天使・ローザ。
2人のフォルスト神聖王国での冒険は、ある意味、非常にらしく滑り出したのだった。