つかの間の休日
ナオヤとヴィンはエルナと村で合流し、見張りのために少数の解放軍と別れ、昼時城の前へと戻ってきていた。
城に火の手などなく、静かな様子であり何事もなかったようである。
「へぇ~ここが解放軍の本拠地ですか。でかい城ですね」
ヴィンが城をまじまじと見上げ物珍しそうにそう言う。
「ええ、そうよ」
「それじゃ入ろうか」
「うっす!」
城の中へと向け歩き始めるナオヤとエルナの後ろを、ヴィンが気合を込めついていく。
ナオヤとエルナは特に会話をする事もなく、珍しげに城の壁を見ながらして歩くヴィンを連れ、ホールにいるであろうフレンの元へと向け廊下を歩く。
「お、ナオヤ」
「あ、ヴォルドさん」
廊下の向こう側から歩いてくるヴォルドに気づき、歩みを止めるナオヤ達。
「何ともなかったみたいだな、エルナも無事で何よりだ」
「はい、父上」
「そっちの小僧はだれだ?」
元気そうな二人の姿を見てヴォルドがニヤリと笑う。
そして二人の後ろにいるヴィンへと気づき視線をやる。
だがヴィンがヴォルドの視線に気づいているのかわからないぐらいにヴォルドを見上げ、なにやら固まっていた。
「うおーかっけー!! そのごつい体にその顔まさに戦士の鏡っす!」
我に戻ったヴィンがテンションを上げ、ヴォルドを見上げながら両拳を握りしめ突然そう叫ぶ。
そんな嬉しそうなヴィンを見てナオヤ達三人が理解できずにポカンとしてしまう。
「兄貴?! この人が解放軍のリーダーですか?!」
「え、あ、違うよ」
「へぇ~! じゃぁ解放軍のリーダーはもっとすごい戦士なんですね!」
あっけにとられていたナオヤが我へと帰りヴィンへと首を横に振る。
それを聞いたヴィンが上を向きなにやらイメージを膨らませているようであった。
解放軍のリーダーはそんな人ではないと言いたいナオヤであったが、とても言える様子ではなかった。
「ははっ! 小僧元気がいいな、俺は戦闘の指揮をとっているヴォルドだ。解放軍のリーダーなら、奥のホールで待っているぞ」
「うっす! よろしくおねがいしますヴォルドの旦那! 俺の名前はヴィンです!」
ヴィンのことが気に入ったのかヴォルドが気を良くして笑う。
そんなヴォルドを敬うように深々と頭を下げるヴィン。
「それじゃ行こうか」
ヴォルドを交えナオヤ達四人はホールへと向かい歩き出し、すぐホールへと到着する。
広々としたホールの中、テーブルの一番奥にある中央の部分の席にフレンはいつもどおり座っていた。
ナオヤ達が帰ってくるのを待ちかねているようであり、フレンは右手でティーカップを持ち紅茶を悠々とすすう。
「あ、おかえりなさい、ナオヤ君。遅かったですね」
「はい、少し事件がありまして、別の村が襲われていたのでそれを助けに」
フレンがナオヤ達へと気づき、紅茶をテーブルの上へと置き変わらぬ笑みで出迎える。
ナオヤはフレンへと頭を下げ、エルナ達とフレンの隣へと歩み寄っていく。
「なるほど、それでそちらの少年は?」
「あ、はい僕が村で助けたヴィンって言う少年です」
ナオヤがヴィンの前から横へと移動しフレンへと紹介する。
ヴィンが元気良く自己紹介すると思っていたナオヤだが、ヴィンの方へと視線をやるとなにやら落胆し困惑していた。
「えー兄貴、こいつが本当に解放軍のリーダーなんですか?……」
「ちょっと失礼だよ! ヴィン!」
テンションの低い声でそう言いフレンへと冷ややかな視線を送るヴィンに、ナオヤは思わず怒鳴り声を上げる。
「あはは、そんなに私って解放軍のリーダーに見えませんかね?」
「まぁ、はたから見れば見えないかもしれねえな」
大して気にした様子を見せず笑いながらヴォルドへとそうたずねるフレン。
ヴォルドがその問いに困った表情をして顔をそむけるように横を向いて答える。
「くっ! 俺の理想像が……」
「あははっ 私は魔術師ですからね~。まぁよろしくおねがいしますね、ヴィン君でしたっけ」
がっくりとうなだれるように両手両膝を地面へとつき落ち込むヴィン。
その隣でゆったりとフレンがティーカップを持ち紅茶をすする。
「くだらねぇ事で落ち込んでねぇで起き上がりやがれ。俺が直々に訓練つけてやるからよ」
「ほんとっすか?! ヴォルドの旦那!」
ヴォルドがヴィンを元気付けるようにそう言う。
それを聞いたヴィンが今のことなどもうすっかり忘れたように勢い良く立ち上がり、ヴォルドを見る。
「ああ、鍛えがいがありそうだからな、ナオヤはどうする?」
「僕は少し休みます」
「そうか、それじゃ行くぞ!」
「はい! よろしくおねがいします!」
帰ってきたばかりなので少し休もうと思い、視線をやるヴォルドに頭を下げ断る。
それを聞いたヴォルドはヴィンを連れ、ナオヤ達に背中を向けホールから歩き去っていく。
「それじゃ僕は休みますね、フレンさん」
「私も休ませてもらうわ」
「はい、お疲れさまです。後日また何かありましたらお呼びしますね」
「はい」
ナオヤもフレンへと頭を下げ、エルナと一緒にホールから立ち去る。
「ほんと、あのヴィンって子、変わっていたわね」
階段をのぼり自室へと続く三階の廊下をエルナと肩を並べてゆっくりと歩く。
「うん、フレンさんとは正反対の性格だね、けど頼もしい仲間ができたと思うよ」
あの熱血漢な性格ゆえ魔物へと切り込んでいくヴィンの姿をナオヤは容易に想像できた。
「あっ! パパ、ママお帰り!」
「「ただいま、ミア」」
廊下の向こう側からミアが会うのを待ちかねていたかのように、ナオヤとエルナの足元へ笑顔で駆け寄ってくる。
その後ろから無表情のミーシャがゆっくりと歩いて近寄ってくる。
ミアの様子に寂しかった雰囲気はなく元気そうであった。
「ミア、寂しくなかった?」
「うん! ミーシャお姉ちゃんが遊んでくれたんだよ!」
「へぇ~ありがとね、ミーシャ」
「ん……」
ナオヤが前かがみになりミーシャの頭を優しく撫でる。
嫌がると思っていたナオヤだが、特に嫌がる様子もなくミーシャはただ黙って前を向いていた。
「それじゃミア、私たちと遊ぶ? いいわよねナオヤ?」
「うん、いいよ」
腰を上げ同意を求めるエルナの方へと顔をやりナオヤは頷く。
元々ナオヤとエルナは休むつもりであったが、ミアの笑顔を見て疲れも吹き飛んだようであった。
「それじゃ私、外に行きたい!」
ミアがナオヤの顔を嬉しそうに見上げそう叫ぶ。
「外?」
「うん、魔物が出るかもしれないから外で遊んじゃだめだって言われているから……」
「そうなんだ、うん、わかったいいよ」
「わ~い♪」
「私もついていく……」
「うんっ」
本当に嬉しいのであろう、飛び跳ねるように喜ぶミア。
ナオヤは用心のために一応魔剣を右手へと引き下げ、エルナ達と外へと向けて歩き始めた。
気持ちのいい風が緑の平原の上を通り抜け草をなびかせる。
エルナ達と城の入り口に立つナオヤは右手を額へとやり、さんさんと輝く太陽を見上げる。
城の前ではヴィンがヴォルドへと向けて二本の木刀を持ち激しく打ち込んでいた。
ヴォルドはそんなヴィンの激しい攻撃を笑みを浮かべながら軽々と受け止める。
「あ、兄貴!」
「おう、ナオヤどこか行くのか?」
ヴォルドとヴィンがナオヤ達に気づき、手を休め木刀を引き下げ近寄ってくる。
「はい、ミア達を連れて少し散歩に行こうかと」
「そうか、気をつけろよ」
「いや~しかし、ヴィンのやつは本当に鍛えがいがあるぜ。もしかしたら俺を超えるかもな!」
「ほんとですか?! ヴォルドの旦那! よっしゃ~俺がんばりますぜ!」
ヴォルドが上を向いて機嫌よさそうに高々と笑う。
その言葉を聞いたヴィンが嬉しそうにヴォルドを見て、両拳を握り締め俄然やる気を出す。
「パパ~この人誰~?」
「ああ、この人は新しく今日から解放軍に入ったヴィンだよ」
ナオヤの顔を見上げて疑問符をうかべるミアにナオヤはヴィンのことを紹介する。
「パパー?!! あ、兄貴結婚していたんですか?!」
「ち、違うってば!」
ヴィンがナオヤの方へと振り返り、後ろへとのけぞるように下がり口を開け驚きの表情を見せる。
ナオヤは慌ててヴィンへと手短にそう呼ぶようになった理由を説明する。
「へぇ~、そんなことがあったんですか」
「しかし兄貴、両手に花っすねぇ~、微笑ましいっす」
「そ、そんなんじゃないよっ!」
ナオヤの方を見て楽しそうにニヤニヤと笑うヴィン。
ナオヤは顔を赤くし、少しどもりながら首を振って否定する。
「まぁ、気をつけてくんなせぇ」
「うん、わかったよ、ヴィン。がんばってね」
「ばいばい、ヴィンお兄ちゃん!」
「おう、またな」
ミアが後ろを向きながら立ちつくし見送るヴィンとヴォルドへと手を振って歩く。
ヴォルドとヴィンと別れ、うっすらとした小さな森を抜け、平原を西へとゆっくりと歩くナオヤ達。
しばらく歩みを進めると、海を見渡せそうな気高い丘がナオヤ達の目の前へと現れる。
「わぁ~すごーい~!」
ミアが一人前へと走り出し、気高い丘の上へとのぼり、海を見渡して目を輝かせる。
「ミアあんまり離れちゃ駄目よ。それと危ないからあんまり海沿いへと近寄らないようにね」
「は~い♪」
エルナが目を細めミアへと優しい笑みを見せ注意する。
ミアがエルナの方へと顔だけ向かせ笑顔で返事をし、海沿いへとまた走り始める。
そんなミアの方へとミーシャが気遣うようにゆっくりと歩いていく。
「本当に嬉しそうだねミア」
「ええ、こんなことならもっと早く連れてきてあげるべきだったわ」
海沿いで遊ぶミアとミーシャを、微笑を浮かべじっと立ち尽くし見守り続けるナオヤとエルナ。
戦いの最中であることを忘れるぐらい、その場には穏やかな時間が流れすぎていった。
楽しげに遊び続けるミーシャとミアを見て、ナオヤはあることを思い浮かべてしまいそれをポツリと口に出す。
「もし……」
「え?」
「もし、ミアに記憶が戻ったらどうなるのかな……」
ナオヤがいつか直面するであろう重要な問題。
本当は一人で考えるべきであるのだが、不安のあまりナオヤはそれを口に出さずにはいられなかった。
「やっぱりミアは僕のことを恨むのかな……」
ナオヤはそれにやはりつらいものを感じてしまう。
その話をナオヤのほうを向き黙って聞いていたエルナが、うつむき頭を悩ませるナオヤへと声をかける。
「大丈夫よ、きっと」
「えっ?」
エルナがナオヤへとそう一言いい、優しく微笑みかける。
てっきり怒られるか同意されるものだと思っていたナオヤであったが、その予想外の言葉にエルナの方へと顔を上げて向き、目を見開いて驚く。
「あの子は優しいもの、きっとわかってくれるわ」
「エルナ……」
「もしあなたを恨むようなことがあったら私が説得するわ。そしてまた元通りの関係になったらいつかこの丘にまた来ましょう」
エルナが前を見据えて立ち尽くしナオヤへと静かにそう言う。
「エルナ……うん、わかったよ。僕もその日が来るまで今はがんばって戦うよ、ありがとうねエルナ」
エルナの言葉に瞳へと強い意志を宿し、決意を新たに前を見据えるナオヤ。
心の重荷が少し軽くなった事にナオヤはエルナへと心から感謝する。
その日ナオヤとエルナは、日が落ち始め空が茜色に染まるまで、ミアとミーシャが走り回り楽しげに遊んでいる様子を立ち尽くし見守っていた。