新たな仲間
ナオヤが解放軍に入ってからすでに二週間近くが経過しようとしていた。
村を守る程度の活動しか出来ず、魔物討伐に中々踏み出せず東部で足止めをくらっていた解放軍であったが、戦況はいい方向へと動きつつあった。
ケルベロスやその他の強い魔物に対応できるナオヤが加わった事により、今まで城の守りに徹していたヴォルドも自由に動けるようになったからである。
そしてこの日フレンとヴォルドに城の守りの留守を任せ、ナオヤとエルナは少人数の解放軍率いて、魔物が村へと略奪に現れたと言う情報を聞きつけ、その魔物の討伐へとやって来ており、村へと到着したナオヤ達は村の前で魔物と鉢合わせし、戦いが始まっていた。
赤茶色の地面が広がり村を守るように囲む木の柵のすぐ向こう側で、解放軍の叫び声と魔物の叫び声が入り混じり俄然騒がしくなる。
「はぁぁぁぁ!」
駆け寄ってくる魔物へと剣を両手で振り下ろし、縦に勢い良く斬り裂くエルナ。
エルナと背中合わせに剣を振るうナオヤも、剣を横に振るい魔物の胴を鋭く切り裂き、魔物の上半身が吹き飛ぶ。
大して強い魔物はおらず、他の解放軍の人々も次々と魔物を殲滅していき戦いは終わろうといていた。
「これで終わりだ!」
ナオヤが最後の一匹と思われる魔物へと右手で前に剣を鋭く突き出し、魔物の腹部を深く貫通する。
そして剣を引き抜いて右手に下げ、エルナの方へと振り返り駆け寄っていく。
「お疲れ様、エルナ 怪我はない?」
「ええ、大丈夫よ。お疲れ様」
エルナが剣を左腰の鞘へとしまい、ナオヤの方へと振り向き笑みを見せる。
エルナの剣の腕前は冴え渡っており、身につけているその青銅の鎧には傷一つなかった。
戦いを終えそれぞれ散らばっていた解放軍の人々が村の入り口へと集結する。
皆大した大怪我をした様子はなく無事な用であった。
「村を助けていただきありがとうございます」
「いえいえ気にしないでください」
村の村長と思わしき色が薄い古びた茶色い服を着た老人が、村の中からナオヤ達のもとへとゆっくりと杖をつき歩み寄って来る。
「ぜひ今夜はこの村に泊まっていってくだされ」
「はい、お世話になります」
ナオヤは村長へと頭を下げ深々とお辞儀をする。
時刻はすでに正午を周り、夕暮れ時が近づいていた。
「た、大変だー!」
村の外から中年と思われる少し小太りした男が慌てて村の入り口のナオヤ達へと駆け寄ってくる。
「何かあったんですか?」
「はぁはぁ……ここより西の村が魔物の襲撃に……」
男の方へと振り返り問いただすナオヤに、男が下を向き息を切らしながらそう言う。
「それでまだ村は大丈夫なんですか?!」
ここまで息を切らして来るということはすでに大変まずい状態なのだろうとナオヤは考える。
「ああ、村ではみんなを守るためにディンって言う一番村で若いやつががんばって戦ってくれている……」
「俺はこのことを伝えるために隙を見て逃げ出してきたが、今から村にもどっても間に合うかどうか……」
事態はよほど深刻なものなのであろう、男がうつむいたまま声を落としそうつぶやく。
「わかりました、僕がその村に行きます。自分の速さならまだ間に合うかもしれませんので」
「あんた一人でなんて無理だ! 村にはかなりの数のワーウルフがいたんだ!」
魔剣を持っている自分ならまだ間に合うかもしれないと思い、ナオヤは前を見据えそう言い放つ。
ナオヤのことを知らない男は、こんな少年を一人で行かせるわけにはいかないと思ったのであろう、ナオヤを慌てて引き止める。
「ほほ、その少年ならきっと大丈夫じゃよ、なんせわしらの村を救ってくださった救世主様じゃ」
「いえ、僕はそんなにすごい人物じゃないですよ……」
村長がナオヤを見ながら崇めるようにそう呼び、ナオヤはその呼び方に照れくささを覚え困惑し少し下を向いてしまう。
「……わかった君のことを信じるよ。頼むどうか俺たちの村を、ヴィンを助けてやってくれ! 村はここから西に街道をたどればたどり着く!」
「はい、任せてください」
ナオヤへとすがりつくように頭を下げ懇願する男に、ナオヤも頭を深々と下げる。
「ナオヤ、明日この村で合流しましょう」
「うん、わかったよ、エルナ」
「気をつけてね」
信頼しているのであろう、エルナはナオヤの方を向いて、特に引きとめる様子を見せずそう約束する。
エルナの方を向いてナオヤは頷き、エルナ達の前から一瞬で走り去り、白いひび割れた石でできた整備されていない街道を一気に駆け抜けていく――――。
――――
その頃魔物の襲撃にあっている村では、村の中では少年が一人村を守るため奮闘していた。
他の村人は家の中に避難しているのであろう、人影はその少年だけである。
少年の身長年齢はナオヤと同じぐらいだろうか、茶色い髪に茶色いTシャツに茶色い長ズボンを履いておりその両手には二本の剣を持ち戦っていた。
その少年を囲むように大量のワーウルフが円を作るように囲み次々と飛び掛り襲いかかっていく。
「おらぁぁぁ!」
少年が気合を込めた叫び声を上げ、正面から飛び掛ってきたワーウルフの胴を右手の剣で横に切り裂く。
今度は左から飛び襲い掛かってくるワーウルフの方へと振り返り、左手の剣で勢い良く突き刺し腹部を貫通する。
少年のその戦い方はどこか荒々しくまだまだ未熟な部分が伺えた。
「はぁはぁ……」
「ふっ中々やるな、人間の少年よ」
「舐めるなよ! 狼ごときが!」
円の外にはその様子を数倍大きいワーウルフが腕を組むようにして立ち、不敵な笑みを浮かべ少年を見下ろす。
リーダー格であろうか銀色の鎧を身にまとい、他のワーウルフよりも圧倒的な威圧感を出していた。
少年がそのリーダー格に目をやり怒鳴るように啖呵を切る。
だが少年その体はすでにボロボロであり呼吸が乱れ、立っているのもつらそうに見えた。
それでも少年は前を見据え、目に強気な意志を宿し両手に剣を構え立ち尽くす。
「ふっその威勢がいつまで続くかな」
リーダー格のワーウルフが不敵な笑みを浮かべたまま少年へとそう言い放つ。
その言葉を皮切りにワーウルフ達がまた少年へと休む間もなく襲い掛かる。
少年はよろめきながらも力を振り絞るように襲い掛かってくる魔物を斬りつけていく。
だが疲労も限界に達していたのであろう、少年の隙をついた一匹のワーウルフが左手の剣を弾き、少年のはるか後ろ遠くの地面へと突き刺さる。
「――っ! しまった!」
「どうやらここまでのようだな」
「くっ! まだだ!」
リーダー格のワーウルフが組んでいた腕をほどき、少年へと興味がなくなったような視線を向ける。
それでも少年は右手の両手で剣を構え、強気な姿勢を崩さずワーウルフ達を睨みつける。
「待てっ!」
「むっ」
その時、村の入り口へとナオヤが到着し高々とした声を上げ、魔物たちの視線をあつめようとする。
魔物に囲まれる少年を見て、状況の深刻さを理解したナオヤは右手に剣を持ち、一気に魔物たちへと駆け寄っていく。
ゆっくりと振り返る親玉の横を一瞬で通り抜け、少年を囲っていたワーウルフの一匹ををその勢いのまま深く剣を左横に振るい胴を斬りつける。
斬られたことすら気づいていないであろうそのワーウルフの上半身がはるか上空へと吹き飛び、残された下半身から勢い良く紫色の血が飛び出る。
その目で追えない一瞬の出来事を理解できず固まるワーウルフ達へと剣を振り降ろし、ナオヤは次々と躊躇なく斬りつけ殲滅していく。
「なっ?」
その一瞬の光景に親玉が口を少し開けナオヤを見て驚きの表情を浮かべ硬直する。
ナオヤは同じく驚いて固まっている少年の前で最後の一匹を斬り捨て、親玉を見上げ、喉元へと右手で剣を突きつける。
「お前で最後だ」
「ふはははっ、やるではないか小僧。名前はなんと言う?」
自分の部下であろう魔物が切り捨てられたと言うのに、親玉のワーウルフは心底楽しげに笑う。
そしてナオヤへと興味を持ち、どこか余裕ありげに不敵な笑みを見せナオヤを見下ろし名前をたずねる。
「ナオヤ。解放軍のナオヤだ」
「ふ、ナオヤか、俺はワーウルフのリーダーガロウだ。ここでは決戦の場にふさわしくない、いずれあいまみえよう」
剣を喉元へと突きつけたままナオヤは、ガロウと名乗ったワーウルフの親玉の目を見据え名前を名乗る。
ガロウもナオヤを見下ろしニヤリと笑いかける。
名前を名乗り終えたガロウはそう言い残し、ナオヤへと背を向けて目にも止まらぬ速さで村を覆っている柵を飛び越え走り去っていく。
「大丈夫? 君」
その後ろ姿が見えなくなるのを確認してナオヤは剣を下ろし、少年の方へと振り返り心配そうに声をかける。
「ありがとうございます! 兄貴!」
「へっ?」
驚き固まっていた少年が我に帰り、剣を置き両手両膝をつきナオヤへと頭を下げる。
その少年の突然の行動と呼び方にナオヤはきょとんとしたまま少年を見て固まってしまう。
「この村をヴィンを助けていただきありがとうございます」
「あ、いえ気にしないでください」
困惑し固まるナオヤの後ろから、村長と思われる老人が家の扉を開けゆっくりと歩み寄ってくる。
ナオヤの前へと立ち頭を下げる村長に、ナオヤも反射的に頭を下げお辞儀する。
魔物がいなくなったことに気づいた村人たちが、それぞれの家から出てきて少年へと心配そうに次々集まってくる。
「ヴィン大丈夫かい?」
中年のおばさんらしき女性がヴィンと言う名前らしい少年へと心配げに声をかける。
「ああ、大丈夫だぜ、なんせこの人が助けてくれたからな!」
ヴィンが勢い良く起き上がりナオヤの方を見る。
「ヴィンを助けていただいてありがとうございます」
「い、いえいえ! 気にしないでくださいってば!」
女性がナオヤへと頭を下げるのに続き、他の村人たちも頭を下げお礼をする。
ナオヤは慌てて手を前に差し出し、顔を上げてもらうようにし困り果てる。
「はい、今夜はぜひこの村に泊まっていってください」
女性が顔上げナオヤへとそう言う。
「はい、お世話になります」
「そう言うことなら、うちに泊まっていってくだせぇ、兄貴!」
ヴィンが体の前で拳を握り締め、疲れを感じせず元気良くナオヤへとそう叫ぶ。
「いいの?」
「ええ、もちろんですぜ。兄貴は俺の命の恩人ですから!」
「それじゃ、お世話になるね、ええーっとヴィン君?」
「はい、俺の名前はヴィンです!」
「よろしくね、ヴィン。僕の名前はナオヤだよ」
「はい、ナオヤの兄貴!」
ヴィンがナオヤへと勢い良く深々と頭を下げる。
ヴィンから発せられる熱血漢な気質がナオヤへひしひしと伝わってくる。
ヴィンの家に招かれ、木造の壁へと剣を立て掛け、木のテーブルの前にある木できた椅子へと誘導されナオヤは腰掛ける。
手際よく慣れた手つきで夕飯の調理を進めていくヴィン。
手伝おうと思い椅子から立ち上がるナオヤであったが。、兄貴の手をわずらわせたくないと言われ椅子へと戻る。
ナオヤはできあがるまで椅子に座り、感心して調理するヴィンの背中ををただ眺めていた。
そしてヴィンがスープやら豊富な料理をテーブルへと置いて、席へと座り夕食が始める。
「それで兄貴は解放軍なんですよね?」
ヴィンがスプーンを右手に顔を上げ、向かい合うように座り食事をとるナオヤにたずねる。
「うん、魔物を討伐するために活動しているんだ。と言うか普通にナオヤって呼んでもらえないかな?……」
「いいえ、俺の命を助けてくれた恩人だから兄貴は兄貴です!」
「はぁ……」
ヴィンがナオヤを見ながら左拳を握り締め、高々とそう叫ぶ。
どうやら意志は固いらしくナオヤはため息をつき諦める。
「しかし、俺と同じぐらいの年齢なのに解放軍に参加しているとはすげえぜ兄貴!」
「うん、色々あって成り行きでね……」
「へぇ~その左腕と何か関係しているんですか?」
「あ、気にしていたなら、すいやせん……」
「気にしないで、ヴィン、まぁ確かに少し関係しているかな」
軽く頭を下げナオヤへと謝るヴィン。
魔剣についてのことをはなしていいかわからず、とりあえずナオヤはごまかすことにする。
ヴィンが何かを考えているのか静かに食事を取り始め、ナオヤも止めていた食事をする手を再び動かす。
「よし決めた! 俺も解放軍に入って兄貴と一緒に戦うぜ!」
「え? そんなに簡単に決めていいの?」
しばらくの沈黙の後、ヴィンがテーブルにスプーンを置きそう叫び机を叩き左拳を握り締め、勢い良く立ち上がる。
ナオヤがスープを飲む右手のスプーンを止め、顔を上げヴィンの方へと目をやりその言葉に少し戸惑う。
「ええ、俺はもともと誰かを守るために剣の修行をしていましたから」
ヴィンが食べ終えた食器を持ち台所の方へと歩きながらそう語る。
「へぇ~、どうして剣の修行を始めようと思ったの?」
「……実は俺この村の生まれじゃないんです」
その話に興味を持ちナオヤがヴィンの後ろ姿へと問うと、ヴィンが少し黙りこんだ後ポツリとそうつぶやいた。
気まずいことへと触れてしまい黙り込んでしまうナオヤに、ヴィンはゆっくりと背中を向けたまま話を始める。
「昔、まだ俺がガキだった頃、俺の村が魔物の襲撃にあったんですよね」
「その時、今日の兄貴みたいに突然、村の入り口に男の人が現れて、左腰の鞘から一瞬で剣を抜き取り魔物を切り裂いていったんです……」
「そんなことがあったんだ……」
ナオヤは食事を終え膝の上に手を置き、その話をただ黙って聞く。
日本で言う居合いなのだろうか? その話だけでも相当の手だれであることが伺えた。
「それからその男の人がこの村まで運んでくれて、そこから強くなろうと思ったんです」
「っと! こんなとこですかね。柄にもなく暗い話をしちまったぜ!」
話を終えたヴィンが明るい口調へとすぐ戻り 、食器を置きナオヤの方に笑って振り返る。
「ごめん、つらい事思い出させちゃって……」
「気にしないでくだせぇ! この村の人も俺を育ててくれたおじいさんもいい人でしたし。それじゃ俺はちょっくら剣の修行に行って来ますんで、兄貴はゆっくりくつろいでいてくだせぇ」
「うん、ありがとね、ヴィン」
ヴィンに思い出せ暗い話をさせてしまったことにナオヤは頭を下げ謝るが、ヴィンはナオヤを気遣うように笑みを浮かべる。
そのヴィンの笑顔からは過去のつらい経験をものともせず、目は闘志に溢れていた。
そしてヴィンは壁においてあった鞘に入ってある二本の剣を手に持ち、勢い良く玄関を開け外へと走り去っていく。
ナオヤはそのヴィンの後ろ姿を笑み浮かべ見送る。
疲労のたまっていたナオヤはヴィンの言葉に甘え、ゆっくりとくつろぎ過すことにした――――。
――――――
翌朝、朝食を終え、晴れ渡る澄み切った青空の中、ナオヤとヴィンは村の入り口へと立ち尽くす。
二人の旅立ちを見送るべく、ナオヤ達の前にはたくさんの村人が見送りへと集まり賑わいを見せていた。
「気をつけてねヴィン、いつでも帰ってきてちょうだい」
「そうだぜ、危なくなったら帰ってこいよ」
ヴィンの肩へと手を置いたりして村人が次々と心配そうに声をかけていく。
その様子からヴィンが村人にいかに慕われているかがナオヤへも伝わってくる。
「へっ、任せておけって魔物なんてすべて俺が倒してやる!」
ヴィンが鼻をこするようにし自信満々にそう言い放つ。
「救世主様、ヴィンのことよろしくおねがいしますね」
「はい、まかせてください」
その呼び方にかなり気恥ずかしいものを感じるナオヤであったが、頭を下げる村人へと頭を下げ返す。
「それじゃ、いきましょうぜ! アニキ!」
「うん!」
村人へと背を向けナオヤとヴィンはゆっくりと歩き始める。
その後ろ姿が見えなくなるまで村人たちは手を振り見送った――――。
読んでくださった方々に感謝です(´・ω・`)