猫族のミーシャ
「ふぅ、疲れたな」
汗を右腕で拭いナオヤは自室へと戻るべく、三階の廊下を歩く。
解放軍に入ってから数日、ナオヤは魔剣のおかげで身体能力が向上するが、それでも息切れを起こすためヴォルドにより特訓を受けていた。
今日もヴォルドによる特訓を受けようと思っていたナオヤだが、魔物の討伐に出たと言うことで自主的な訓練を城の外で昼時までしていた。
「ん? あれは」
自室に戻る途中の三階の廊下を歩いている途中、ナオヤはテラスでミーシャを見つけ目をやる。
外壁に座り、風を浴びながら気持ちよさそうにひなたぼっこをしているようであった。
「そういえば、まだお礼を言ってなかったな……」
ミーシャに左腕の怪我の手当てのお礼を言ってない事を思い出し、ナオヤは声をかけることにする。
「お~い! ミーシャー!」
「ん……」
ミーシャへと手を振り駆け寄っていきテラス内へと入るナオヤ。
声に気づきミーシャが、一度のナオヤのほうへと顔を振り向かせ見るが、すぐ外の方へと視線を戻す。
「この前はお礼を言いそびれたけど僕の傷を治してくれたんだよね。ありがとねミーシャ」
「……」
反応がないことに少し困惑するナオヤだが、それでもミーシャの隣へと立ち顔を見ながら声を掛ける。
だがミーシャはナオヤに目をやらず、外壁に両手をつきながら足をぶら下げ、外を眺め続ける。
「そ、そういえばミーシャって猫族なんだよね? それってどんな種族なの?」
「……」
「う……」
心が折れそうになるナオヤであったが、交流を持とうと何とかミーシャと話をしようとする。
だがミーシャは口を開いてくれず、前を見据えじーっと空を眺め続ける。
気まずさに耐えれなくなったナオヤは、ミーシャへと背中を向けテラスを後にすることにする。
「はぁ、僕なんかミーシャに嫌われることしなのかな……」
一言も口を開いてくれないミーシャの姿を思い浮かべ、うつむいて息を吐いてナオヤは廊下をとぼとぼと歩く。
「何とか交流をもてないかな……何か切り口になることがあれば……」
これから一緒に戦う仲間として、何とか交流を持ちたいナオヤは頭を悩ませ考える。
「あっ! もしかしたら!」
ナオヤはあることを思いつき頭を上げ、晴れ晴れとした表情となる。
城の階段を駆け下り、外へと急いで向かうナオヤ。
――――
「おーい! ミーシャ~!」
外から戻ってきたナオヤが、まだテラスにいたミーシャへと少し息を切らしながら声をかけテラス内へと入る。
しつこいナオヤに不機嫌なのかミーシャは少しムッとした表情を浮かべ振り返るが、すぐ外へと視線を戻す。
(試してみるか……)
ミーシャの右横に立ち、そっぽを向いて外を眺めるミーシャの前顔近くへと、ナオヤはある植物を右手でぶらさげ振ってみる。
それはナオヤが外でとってきたネコジャラシに良く似た草であった。
ミーシャについている猫の耳を見て、もしかしたらと言う軽い気持ちである。
だがその効果はあったらしく、ミーシャはそれにちらりと視線をやり、また外へと目を戻すも耳がピクリとなりその右手はねこじゃらしを捕らえようと動いていた。
その光景が楽しくなりナオヤはミーシャの顔の前でさらに激しく草を動かす、それにあわせミーシャの右手も慌しく動き始める。
「――っ! 私で遊ぶな!」
しばらくぶら下げ遊んでいると、ミーシャは顔を赤くしてナオヤの方へと振り返りそう怒鳴る。
ナオヤはミーシャのその言葉を受け流し、しばらくミーシャと(で)遊び続けた――――。
「はぁはぁはぁ……おぼえてろ……」
しばらく経った後、ミーシャがテラスの中の地面へと、両手両膝をつき息を切らしながらうつむいてそうつぶやく。
「あははっ……ごめんごめん、どうしてもミーシャと話がしたかったんだ、これから一緒に戦う解放軍の仲間だからね」
さすがにやりすぎたと思い、ミーシャへと頭に手をやりながら頭を下げ謝るナオヤ。
「ん、わかったから、もうそれで私で遊ぶのはやめるのだ」
ミーシャが観念したかのように少しため息をつき、ゆっくりと立ち上がりナオヤの方を見る。
「それで、僕の怪我治してくれてありがとね」
「ん、気にしないで」
笑いかけてお礼をするナオヤに、ミーシャはぶっきらぼうながらも返事をする。
ミーシャが少しは心を開いてくれたことに少し嬉しくなるナオヤ。
そしてそのままナオヤは話を続ける。
「それでミーシャは猫族なんだよね?」
「ん、この城の南に猫族の村がありそこに住んでいた。私は解放軍がその村に来たときについていきこの城に来た」
手短にミーシャがナオヤへとこの城に来た経由を説明する。
「へぇ~、ミーシャは何で解放軍に入ろうと思ったの?」
「あ、ごめん! 答えにくかったら無理して答えなくてもいいよ!」
軽々しく聞いてしまったことを悪く思い、慌ててミーシャへと頭を下げ謝るナオヤ。
「ご飯がおいしそうだったから」
「へ?」
ミーシャがあっさりと無表情のままナオヤの方を見てそう答える。
その予想外の軽々しい理由にナオヤは顔を上げ疑問符をうかべたまま硬直する。
「何だもっと深刻な理由があると思ってたよ」
「むっ、私にとっては深刻なの!」
拍子抜けし笑いそうになるナオヤを見て。ミーシャが頬を赤く染めそっぽを向く。
「ごめんごめん、エルナの料理は確かにおいしいね」
「うん、今日の夕ご飯が楽しみ」
ミーシャが機嫌を取り戻し少しだけ笑みを浮かべ、謝るナオヤの方へと顔をやる。
この解放軍の城では主にエルナやヴォルドが調理を担当し他のものが手伝っていた。
エルナならわかるものの、ヴォルドが調理をするそのシュールな光景にナオヤは思わず笑ってしまい怒鳴られた事があった。
それでも二人とも料理の腕は確かであり、病院食しかほとんど口にした事がなかったナオヤにとって、その日の夕食一つ一つがご馳走に見えたものだ。
「そういえばミーシャは料理作れないの?」
ミーシャが調理をしているとこを見たことがなくナオヤはそうたずねる。
「作ってみたいけれどきっとうまくできないし、エルナの邪魔になるから……」
ミーシャが急に弱々しい声になり目を細めて少し悲しい表情をしてポツリとそう言う。
「エルナががんばろうとするミーシャを邪険に扱うわけないだろ。それにきっと料理なんて最初はみんな下手さ」
「本当?」
ナオヤがフォローを入れ前かがみになってミーシャの頭の上に手を置き、ミーシャが顔を上げナオヤを見上げる。
「うん、本当だよって僕も料理した事ないんだけどね……ははっ」
「ん、わかった、私がんばってみる。ナオヤありがと」
「うん、応援しているよ」
元気を取り戻したミーシャが小さく意気込んでニッコリと笑みを見せる。
「ミーシャ、夕ご飯できたわよー」
廊下からエルナがナオヤ達のもとへと歩み寄ってきてテラス内へと入る。
エルナに気づきナオヤとミーシャが振り返る。
ミーシャと会話をしているうちにすっかり日は暮れ、テラスからは綺麗な夕日が見えていた。
「あら、ナオヤ珍しい組み合わせね。ミーシャがいつもここにいるから呼びにきたのだけれど」
「うん、ちょっとミーシャと交流を含めようと思ってね」
「へぇ~、それでミーシャとは仲良くなれた?」
「うん、少し仲良くなれたと思うよ。ね、ミーシャ?」
「別に、ナオヤがしつこかったから」
同意を求めるようにミーシャへと目をやるナオヤだったが、ミーシャはそっぽを向き、あっさりと突っぱねる。
だが最初に出会った頃のとっつきにくい雰囲気はなく、ミーシャの表情はどこかおだやかであり、少し嬉しそうであった。
「ふふ、まぁ二人とも早くホールに行くわよ。みんなが待っているわ」
『は~い』
そんなミーシャの表情を見てエルナが笑みを浮かべ、ナオヤ達へと背中を向け、ホールへと率先して歩き出す。
ナオヤとミーシャもそのあとをついて歩いていった――――。
読んでくださった方に感謝です(´・ω・`)