解放軍のリーダー
「ん? ここは昨日のベッドの上かな……」
ナオヤがまたベッドの上で目を覚まし、上半身を起こし目をこすり壁へと目をやる。
きっとだれかがはこんでくれたのだろうか? ナオヤはそう思いベッドから起き上がり靴を履き、木で出来た窓を両側へと開き、外へと目をやる。
ナオヤの目にまぶしい朝日が差し込み、目の前には清々しい海がどこまでも広がっていた。
「ナオヤ起きてる? 入るわよ」
ナオヤが外を眺めていると、扉がノックされエルナが中へと入ってくる。
窓を閉め、エルナの方へと体を振り返らせるナオヤ。
今日のエルナは鎧を身にまとっておらず腕を出した茶色の服に白いスカートを身にまとっていた。
「おはよう、調子はどう? ナオヤ」
「うん、大丈夫だよ。エルナ」
ナオヤの前に立ちそうたずねてくるエルナにナオヤは笑顔で返す。
「そうよかったわ、しかし昨日はすごかったわね。あのケルベロスを一瞬で倒すなんて……あれが魔剣の力なのかしら」
「あはは……自分でも驚いているよ、剣を握った瞬間自分の体じゃないぐらいに力が沸いてきたんだ」
昨日の様子を思い浮かべるように驚いた表情をエルナに、ナオヤは顔に手をあてながら困惑しつつ答える。
「あ、そうだ、あなたの服を預かっているわ、これを着てみて頂戴」
「あ、ごめんなさい! 受け取れないわよね……」
「ううん、気にしないでエルナ」
エルナがナオヤへと向け青い服とズボンと、茶色いマントを両手に前に出して手渡そうとするも、ナオヤの腕を見て咄嗟に謝り、ベッドの上へと慌てて置く。
「服は大丈夫一人で着れるかしら? 誰か呼んでくる?」
「多分大丈夫だよ、ありがとうねエルナ」
「そう、何かあったら言ってね」
気遣うようにナオヤの前に立ち顔を覗くエルナに、ナオヤは笑みを浮かべて感謝する。
「うん、ありがとう。けどどうしてここまでしてくれるの?」
「あの戦いを見せてくれただけであなたは十分私たちの仲間よ。他のみんなも多分そう思っているわ、まぁまだナオヤの意志は聞いてないけどね」
エルナの顔を見ながら率直な疑問をぶつけるナオヤにエルナは笑いかけそう答えた。
「ああ、それと着替えたらホールに向かって頂戴、フレンと父上がまっているはずよ。あなたと話がしたいって」
「フレンは私たち解放軍のリーダーよ。」
「はい、わかりました」
エルナが思い出したようにナオヤの方を見ながらそう話す。
解放軍をまとめるほどのフレンとは一体どういう人なのだろう? ナオヤがその人物像を思い浮かべ考える。
「それじゃ、私は出て行くわね。がんばってね」
「うん、ありがとうエルナ」
扉を開け部屋から出て行くエルナに、ナオヤは感謝の気持ちを込めて頭を下げお辞儀し見送る。
そして茶色いズボンを脱ぎ、ベッドの上に置かれた、青いズボンと青い服に手足を通し時間をかけながらも何とか着替える。
ナオヤの体が小さいせいだろうか? 服は少し大きめであったが動く分には支障はなさそうであった。
そして最後に左腕を隠すようにナオヤはマントを羽織る。
動きやすくするため、体全体を覆うほどのマントではなかったが、後ろから見えないだけでもナオヤは十分嬉しかった。
その慣れない格好に気恥ずかしいものを感じるナオヤだったが、人を待たせているため部屋から早足で飛び出す。
ナオヤの部屋は城の三階であり、一階にあるホールへと向けナオヤは歩き出す。
人がまばらに通り過ぎる廊下のゆっくりと眺めるように歩き出すナオヤ。
昨日外へと出るときにホールの横を通り過ぎたためだいたいの道は把握できていた。
『おう小僧昨日はすごかったじゃねぇか。これからフレンさんのところに行くのか?』
「あ、はい」
廊下を歩いている途中、解放軍と思われる若い男が振り返り、ナオヤへと笑みを見せ気軽に声をかけてきて歩みを止める。
『そうか、がんばれよ!』
男がナオヤへと背中を向け手を振りながら再び歩き出す、ナオヤはその後ろ姿に頭を下げまた歩き始める。
それからも解放軍の人々が廊下でナオヤへと声をかけてきて何やらすっかりと注目のなっていることに困惑する。
階段を降り声をかけてくる人々にナオヤは軽い会釈をしながら歩みを進め、やっとの思いでホールへと到着する。
広々とした空間の中に白いテーブルクロスがひかれ、何十人も座れるであろう縦細長いテーブルが中央に一つ置かれているだけの空間。
そのテーブルの奥の中央の席で、白いローブを身にまとい眼鏡をかけ短い茶色い髪をした男が悠々とティーカップにそそがれたお茶を右手に持ちすすっていた。
その落ち着いた風貌と容姿からナオヤより、随分と年上であることが伺えた。
お茶をすする男の隣には、腰に剣を刺し髭を生やし茶色いボサボサとした短い髪をした、いかにも屈強そうな中年の戦士の男が腕を組み立ち尽くしていた。
男は茶色いTシャツの上から肩から胴にかけてまでの茶色い鎧を身にまとい、茶色い長ズボンを履いていた。
その男の茶色いズボンは古ぼけ茶色い鎧は傷がついており、そうとう使い込んでいるようであった。
ホールの入り口に立ち、ナオヤは眼鏡をかけた茶色い髪の男へと目をやる。
(あれが解放軍のリーダーなのかな?)
ナオヤが想像していたのとイメージが数段違っていたため、声をかけるのに躊躇する。
「あ! あなたがナオヤ君ですね!。ささ、座ってください」
「あ、はい」
ナオヤが男へと声をかけるまえに、男がお茶を置きナオヤへと気づき明るめな声を出す。
そして男は席へとナオヤを誘導し、ナオヤは男に頭を下げ椅子を引き男の隣の椅子へと深く腰掛ける。
「それでは、まず自己紹介といきましょうか。私の名前はフレンです、一応解放軍のリーダーをやらせていただいています。柄じゃないないんですけどね~ははっ」
ナオヤが椅子に座るのを確認して男がナオヤの方を見て自己紹介をはじめる。
フレンと名乗った男は笑いながらそう言い、その様子にナオヤはフレンを見ながら拍子抜けしてしまう。
本当に解放軍のリーダーなのであろうか? と疑問に思うナオヤをよそにフレンは言葉を続ける。
「それと私の隣にいる方は戦闘での指揮を取られてる、ヴォルドさんです。エルナの父親でもあるんですよ」
「よろしくな、坊主」
ニヤリッと笑いヴォルドがナオヤへと顔をやり挨拶する。
その容姿とは反対にヴォルドからは優しい感じが受け取れた。
「はい、よろしくおねがいしますフレンさん、ヴォルドさん。僕の名前は秋月尚矢です」
ナオヤも自己紹介をし椅子の上でペコリと頭を下げフレンとヴォルドにお辞儀をする。
「ええ、エルナから聞いていますよ、色々苦労されたんですね~」
「あ、このことを知っているのは私とヴォルドさんとエルナの三人だけだから大丈夫ですよ!」
「おい、フレン、もう少し気を使って言ってやれよ」
フレンが変わらない明るめの表情を浮かべ、ナオヤの方を見ながらそう話しかける。
それを見た、ヴォルドがフレンを見下ろし、少し注意の言葉をかける。
「あははっ、すみません……」
「いえっ! き、気にしないでください」
さすがに悪いと思ったのか声のトーンを下げ、少しうつむき、頭の後ろに右手をやり謝るフレン。
そんなフレンを見てナオヤは思わず慌ててフォローを入れる。
「そうですか、よかったです。でわ本題に入りましょうか」
ナオヤがあまり気にしてないのを確認してフレンが頭を上げ安堵する。
そして視線をナオヤの方へとやり、眼鏡を上げ一変した真面目な表情となる。
ナオヤも真剣な眼差しをフレンへとやり、フレンが話を始める。
「私たちが魔物と戦っているのは知っていますよね?」
「はい、エルナから聞きました。この大陸を支配している魔物達を倒すために戦っているんですよね」
「ええ、いつごろから現れたかはわかりませんが、文献によると十何年か前、魔物達はついにこの大陸にあった国々を滅ぼし支配しました。私もまだ幼かったからですからね~詳しい事はあまりわからないんですよね」
フレンがこの大陸についてナオヤへと軽く説明する。
魔物が国を滅ぼすなどとても信じられそうにないものであったが、ナオヤはフレンの話へと耳を真剣に傾ける。
「ヴォルドさんは何か知りませんか?」
「いや俺も国にいなかったから詳しい事はわからんな」
フレンがヴォルドの方を見上げ、視線をやり、そうたずねるもヴォルドは首を横に振る。
「そうですか、まぁその話は置いておきましょう」
フレンがナオヤの方へと視線を戻し、話の続きを始める。
「それでさっきの続きですが、それから十年近くたったころ私は大陸の北東端に位置するここ旧バルドニル領、バルドニル城を拠点とし解放軍を結成いたしました。後ろに海があるので守りに適しているんですよね」
「なるほど」
ナオヤは相槌を打ちながらフレンの方を向き、話に耳を傾ける。
「まぁ、こんなところですかね。それから私たちは村を魔物から守ったりしながら戦っているのですが中々活動がはかどっていないんですよね……」
「昨日のようなケルベロスが現れたりすると撤退を余儀なくされる事も多く、見苦しい事ですが解放軍の活動範囲はまだ大陸東部にしか行き届いていません」
フレンが少し困った笑みを見せそう言い少しうつむく。
その話から事態がけっこう深刻な状況である事をナオヤは確認した。
「フレンさんはどうして放軍を結成しようと思ったんですか?」
話を聞き終えナオヤは素朴に思った疑問をフレンに聞く。
「え?」
「あ、すみません! 当たり前のことですよね! 変な事聞いてすみません……」
その質問に何故か驚いた表情を浮かべる顔を上げるフレンに、ナオヤは思わず慌てて謝る。
「……復讐」
「えっ?――」
しばらくの沈黙の後フレンがうつむいて口を開き、一言ポツリとそうつぶやく。
復讐? フレンの口から出たその言葉にナオヤは耳を疑い固まってしまう。
「何て、冗談ですよ! ははっ」
フレンが顔を上げまた最初の頃のような明るいテンションへと戻りナオヤへと笑いかける。
さきほどの言葉は本当に冗談であったのだろうか? 言葉の真意がわからぬもナオヤはフレンの顔を見てただきょとんとする。
「さて、話がそれましたがナオヤ君。私たちに協力していただけますかね? あ! 無理にとは言いませんよ!」
フレンが真剣な顔をへと戻り、ナオヤへと目をやる。
「けど僕が解放軍に入ってもいいんですかね? 僕はあれだけのことをしてしまったんですよ……」
ナオヤはうつむいてポツリとフレンへとそうつぶやく。
「ん~ナオヤ君はその事を悔やんで、償いたいと思っているんですよね?」
「はい……」
フレンが少し上を向いて考えた後、ナオヤの方を向きそう尋ね、ナオヤはうつむいたまま控えめな返事を返す。
「でしたら私は歓迎しますよ。ヴォルドさんもそうですよね?」
「ああ、もちろんだぜ」
ヴォルドの方へと同意を求めて顔を見上げ振り返るフレンに、ヴォルドはニヤリと笑いずっと腕を組んだまま同意する。
「とういうことですナオヤ君。まぁこの解放軍はあなたみたいに何かしら理由がある人が多いんですよ。ですからナオヤ君もあまり罪の意識を感じないでくださいってのは無理な話ですかね、あははっ……」
フレンなりにナオヤをフォローするように乾いた笑いをしそう言う。
それを聞いたナオヤはしばらくうつむいたまま考えた後、顔を上げゆっくりと口を開く。
「わかりました、フレンさん、こんな僕でよければ協力しますよ。みんなのためにも、ミアのためにも……」
考えた末にナオヤはそう答えを出した。
このままここにいても何も変わらないし、状況は悪化していくであろうと言う気持ちもナオヤの心の中にはあった。
「いやーよかった、断られたらどうしようかと思っていました。あらためてよろしくおねがいしますね、ナオヤ君」
それを聞いたフレンがナオヤの方を見て嬉しそうな笑みをうかべ息を吐く。
「はい、よろしくお願いします、フレンさん」
フレンが立ち上がりナオヤの方を見下ろし手を差し伸ばし握手を求める。
その手を掴むようにナオヤも席から立ち上がり、フレンの方を向き、握手を交わす。
ここからナオヤの解放軍としての長い戦いが始まろうとしていた。
「よし、小僧、俺について来い」
「あ、はい」
腕を組んで見ていたヴォルドが、ナオヤへとそう言い手招きしホールから立ち去るように歩き始める。
手を離しフレンへと頭を下げ、ナオヤもヴォルドの後ろ姿をを慌てて追いかける。
人通りの少ない廊下をゆっくりと歩くヴォルドの後ろをナオヤはついて行くように歩く。
どこへ連れて行く気なのだろうか? とナオヤは思っていたがとりあえずヴォルドにそのままついて行くことにする。
「小僧、フレンのことをどう思った?」
ヴォルドが歩きながら背中越しのナオヤへと突然そうたずねる。
「はい。何というかつかみどころのない人ですね……」
それに対しナオヤは率直な感じたままのイメージをヴォルドの背中へと答える。
いい人そうではあったがつかみ所がなく不思議な感じのする人であったのは確かであった。
「だよな、俺もずっと付き添っているが何を考えているかあまりわからん。まぁあれでも解放軍をしっかりまとめているんだ、悪く思わんでくれ」
「はい」
ヴォルドが歩きながら少し苦笑いを浮かべナオヤへとそう言う。
その事からフレンに対するヴォルドの信頼がうかがえた。
「あ、ナオヤ、父上!」
「おう、エルナ!」
廊下の向こう側からエルナが、ナオヤとヴォルドへと向け元気良く駆け寄ってくる。
それに気づいたヴォルドが笑みを見せ、歩みを止めエルナへとむけ右手を上げる。
「どこにいかれるのですか?」
「ああ、小僧を連れてちょっと外に剣の修行に行こうとおもってな」
「え? ヴォルドさん、そうなんですか? ていうか僕まだ病み上がりなんですが……」
ナオヤを連れ歩くヴォルドに不思議そうな顔をしてエルナがヴォルドの前に立ち尋ねる。
そう答えたヴォルドに対し、ナオヤは驚きの表情をうかべヴォルドの横に立ち、顔を見上げて控えめに異論を申し立てる。
「なーに気にするな小僧、男は根性だ。がはははっ」
ナオヤの言葉を流し、ヴォルドが上を向いて笑いながら力強く痛いぐらいにナオヤの左肩を叩く。
「がんばってね、ナオヤ」
「うん……」
エルナがナオヤの方へと顔をやり、笑いかけ応援の言葉をかける。
だがナオヤはこれからヴォルドの見た目や性格からして、待ち受けるであろう激しい修行を思い浮かべ、うつむき落胆の表情を浮かべる。
「あ、パパ、ママ!」
「パパ?! ママ?!」
落胆するナオヤとエルナ達の元にミアがエルナの後ろから駆け寄ってくる。
ナオヤ達を見てそう言うミアにエルナはミアの方へと振り返り驚いた表情を向け叫び声を上げる。
「あっ! エルナそれには訳が……」
驚き硬直するエルナへとナオヤは慌てて事情の説明を始める。
――――
「なるほどな、しかし気恥ずかしいな。私は今年でまだ十九だぞ」
まだ少し驚いた様子のエルナが右手を顎に当てそう言う。
「へぇ~意外だな。エルナはもっと年上だと思ってたよ」
エルナの凛とした性格や容姿からもっと年上だと思っていただけに、ナオヤは素直に関心をこめた目で右隣に立ちエルナの方を見て驚く。
「む、私はそんなに老けて見えるのか……」
「あ、違うんだよ! 綺麗で大人っぽかったからもっと年上かなって!」
意味を取り違え落ち込みうつむくエルナにナオヤは慌ててフォローを入れる。
「あっ、そう言うことね。しかし面と向かって言われると照れるわね……」
顔を上げ少し照れくさそうな表情を見せるエルナ。
エルナのそのまんざらでもない表情を見て、ナオヤも何故か照れくさくなりうつむいてしまう。
「がははは、何だかもう本当に夫婦みたいだな。じゃあ俺はミアのおじいちゃんか!」
そんな目の前のナオヤとエルナの様子を見ていたヴォルドが上を向き楽しげに笑う。
夫婦と言う言葉にナオヤとエルナ頬を赤くし顔をそむけ黙りこんでしまう。
「うん、ヴォルドおじいちゃん!」
ヴォルドの右隣に立ちミアが顔を見上げ嬉しげにそう叫ぶ。
「はは、まぁとりあえず、お前のパパを借りて行くぞ」
「うう……」
ヴォルドがエルナ達へと背を向け、ナオヤの腕を引きずるように廊下を歩き始める。
「がんばってねパパ!」
「がんばってね」
エルナとミアがナオヤ達の方を向き手を振って見送る。
――――
青空が広がり、広々とした城の前の平原でナオヤとヴォルドが向き合うように立ち尽くす。
「小僧、これを持ってみろ」
ヴォルドがそう言い、腰に刺してあった鉄でできた剣をナオヤの目の前へと投げ捨てる。
「はい」
ナオヤはその言葉に従い、前かがみになり、剣を右手で拾おうとするも、少し持ち上がるだけでとても構えるのは無理であった。
魔剣の意志から脱却した時に剣を持てたから持てるものだと思っていたナオヤだが、あれは火事場の馬鹿力だったらしい。
「ふむ、なるほどな。今はまだあの魔剣しか持てないって事か」
「はい、すみません……」
息を吐きそう言うヴォルドにナオヤは申し訳なくなりうつむく。
「仕方ねえさ! とりあえず体力作りと行くか。適当にこの辺り五十周近く走って来い小僧。あ、あんまりこの城からは離れるなよ、魔物が出るかも知れねえからな」
「もう少し、数を減らしていただけませんかね?……
「うだうだ言ってないでさっさと言って来い!」
「はい……」
その量にさすがに命の危険を少し感じたナオヤだったが、ヴォルドはナオヤの異論をあっさりとはねのける。
そしてヴォルドにせかされるようにナオヤは城の前の平原をゆっくりと走り始める。
それから息切れ切れに走りこみを終えたナオヤは、休む間もなく木刀での素振り、打ち込みとヴォルドの激しい訓練は朝から夕方近くまで続いていった。
「よし、今日の特訓は終わりだ。明日も暇だったらまた特訓だ」
「は、はい……」
日が落ちかけている夕暮れ時、ヴォルドが木刀を立てて立ち、目の前にいるナオヤへとそう言いは放つ。
ナオヤはボロボロの体を木刀で支えて立ち、声を搾り出すようにして返事をする。
「それじゃな、小僧」
「はい、ありがとうございました」
ヴォルドがナオヤへと背を向け手を上げ、城の中へと入っていく。
ナオヤは腰に木刀を刺し、手を足の横に置き、そのヴォルドの背中に深く頭を下げ見送る。
「ふぅ」
ヴォルドの姿が見えなくなるのを確認して、ナオヤは崩れるように倒れ平原の上に仰向けになり大の字で寝転がる。
寝転ぶナオヤの横を気持ちのいい夕暮れ時の風が通り抜ける。
しばらく寝転がり、歩けるほどに回復した後、ナオヤはゆっくりと起き上がり城へと戻ることにした。
「はぁ~疲れたな」
下を向きよろめくように廊下をゆっくりと歩くナオヤ。
「お疲れ、ナオヤ」
「お疲れ、パパ!」
「あ、エルナ、ミア」
ナオヤが足を止め顔をあげると、そこにはエルナとミアが立っていた。
「ふふ、随分お疲れのようね。はい、タオル」
「ありがとう、エルナ」
濡れたタオルをエルナから右手で受け取り、ナオヤは顔の汗を拭う。
「すごく厳しい特訓だったけど、エルナもヴォルドさんから剣の指導を受けてたの?」
「ええ、私も父上から剣を教わったわ。まぁそこまで厳しそうな訓練ではなかったけどね」
「へぇ~」
ナオヤがそうたずねると エルナは思い出すように遠くを見る。
「きっと嬉しかったんじゃないかしら。私は一人娘だったから息子が出来たみたいで、さっき嬉しそうに廊下を通り過ぎて行ったわ」
「そういえば、エルナのお母さんは?」
父親のヴォルドの姿はあったが、母親がいないことに疑問を思いナオヤはエルナの顔を見てそう聞いてみる。
「私が幼いころに亡くなったわ……」
「あ、ごめん! つらい事思い出せちゃって……」
しばらくの沈黙の後、エルナがぽつりとうつむいてそうつぶやく。
うつむいて黙り込んでしまうエルナにナオヤは慌てて軽く頭を下げ謝る。
「気にしないで、私が生まれたときに亡くなったそうで、どんな人か私もわからないの」
エルナが笑みを浮かべて顔を上げ、謝るナオヤの顔を見てそう言う。
「そうなんだ……」
「そ、それじゃ僕は少し自室で休むね」
その場に少し重い空気が流れ、ナオヤは思わず口を開く。
「ええ、お疲れ様、夕飯時になったら呼びに行くわ」
「おつかれパパ!」
「うん、ありがとうエルナ。またねミア」
手を振るエルナとミアに背を向けナオヤは部屋へと向かい歩き出す。
「ふぅ~……」
部屋へと入ると同時にナオヤは倒れこむようにベッドの上に仰向けになる。
疲労困憊のナオヤはエルナが呼びに来るまで少し眠りへとつくことにした――――。
――――
「――っ!」
その日の深夜、ナオヤは額に汗を浮かべ、毛布を跳ね除け、飛び跳ねるようにベッドの上から起き上がる。
「はぁはぁはぁ……」
呼吸を乱しながら、ナオヤはうつむき右手で頭を抑え苦悩する。
魔剣に操られていたときの光景が脳裏へと浮かび、うなされて目を覚ましたのであった。
夜風に当たろうと思いナオヤは靴を履き城の中にある三階のテラスへと向かう事を決める。
扉を静かに閉め、人がいない無音の城の廊下をゆっくりと静かに歩くナオヤ。
そして三階にあるテラスへと到着し、ナオヤは外壁の上に腕を置いて立ち顔を上げ、空を眺める。
幸い空は晴れ渡っており、綺麗な星空が見えていた。
「がんばらないとな……」
ナオヤは自分にいい聞かせるようにそうつぶやく。
心が落ち着くまで夜空を眺め、ナオヤは自室へと戻ることにした。
読んでくださった方々に感謝です!。