戦いの始まり
「ん、ここは?……」
ナオヤが目を覚まし、上半身を起こし壁へと目をやる。
誰かが着替えさせてくれたのだろうか、格好は血みどろのパジャマではなく茶色いズボンと白いTシャツとなっており、ベッドの横には茶色い靴が置かれていた。
てっきりあの傷で死んだものかと思っていたナオヤだったが、体にはしっかりと感覚があり、なくなった左腕には包帯が巻かれており出血は止まっていた。
左手に痛みはなく不思議な感じもしたが、とりあえず辺りを見回し現状を把握する事にする。
窓が一つあり椅子のついた木の机が一つ置いてあった。
「――っ! あれは!」
ナオヤが驚き驚愕する視線の先には机によしかかるように、ナオヤをこの世界に連れてこさせた忌々しい魔剣がたてかけられていた。
なぜこの場所にあるのかと言う疑問より先に、あの時の人の血の臭い、転がり落ちる無数の死体、響き渡る村人の叫び声が今目の前にあるかのようにナオヤの記憶へと鮮明によみがえる。
「そうだ僕があの剣でたくさんの人を殺してしまったんだ……」
体の震えが止まらなくなり、うつむいて頭を抑え、心が押しつぶされそうになるナオヤ。
あの時、死んでいればどれだけ楽であっただろう、そう思えるほどにまだ十六の普通の少年にとっては重く、つらすぎる現実であった。
「やっと目が覚めたようね」
「君は?……」
その時扉が右に開き、あの時の赤い髪の女の人が鎧を見にまとい部屋へと入ってくる。
その後ろから小柄な白い帽子のついたローブを身にまとった少女が右手に杖を持ち、ゆっくりと部屋へと入ってくる。
その少女の耳とお尻の辺りには茶色い猫のような耳と尻尾がついており人間ではないことがうかがえた。
突然入ってきた二人にナオヤは驚き、慌てて震えを止めようとし、何とか平然を装い二人へと視線をやる。
二人がナオヤのベッドの前へと立ち、自己紹介を始める。
「私の名前はエルナ、そっちの白い髪の女の子はミーシャよ。猫族のみ使える治癒魔法であなたの命を助けた恩人よ」
「ん……エルナに頼まれたから助けた」
「猫族? 治癒魔法?……」
赤い髪の方の女が上半身を起こしベッドの上に座るナオヤの前へと立ち、ナオヤを見下ろしながら自己紹介を始める。
彼女の名前はエルナと言うらしく、エルナが左のローブを身にまとってる無表情のミーシャと言う少女へと視線をやる。
ミーシャがぶっきらぼうにベッドのほうを見ながらそう答えるが、こんな小さな少女が助けてくれたなどとてもナオヤは信じがたかった。
それより先に猫族と治癒魔法と言う単語がわからずにナオヤは前を向いて首を傾げるが、エルナはかまわず話を続ける。
「それであなたの名前は?」
「え、あ、僕の名前は秋月尚矢です……」
エルナがナオヤへと名前をたずね、ナオヤは慌てて返事を返す。
「そう、ナオヤね随分と変わった名前なのね。まぁいいわ私たちは解放軍でここは解放軍の拠点の城の中よ」
「解放軍?」
またしても聞きなれない言葉がナオヤの耳元へと入るり再び首を傾げる。
「ええ、いつごろからかこの国に現れ国々を滅ぼし、大陸を支配した魔物達と私たちは戦っているの」
「それで最近この城の近くの村で不可解な事件が起きてるって言う話が解放軍に入りこんできたの。その話を聞いて私が偵察へと向かいにいったら偶然あなたがあの村にいたってわけ」
「……」
「あそこでなにがあったの? あれはあなたがやったの?」
「それは……」
エルナがナオヤへと手短に解放軍について説明をする。
そしてあの村で起きていた悲惨な事件について。エルナは何かを知っているであろうナオヤを見下ろして見つめ問いただす。
ナオヤはこれからの自分を左右するであろうこの質問の回答に戸惑う。
魔剣に操られていたなど真面目に答えていいものかわからず、うつむき下を向いて黙りこむナオヤ。
「……ミーシャちょっとでていってくれる? 大事な話になりそうだから」
「ん、わかった……」
黙りこむナオヤを見て、エルナは何か深い事情があるのだろうと察し、ミーシャの方へと顔をやり、気を利かせミーシャに出て行ってもらうようお願いする。
それを聞いたミーシャは何を考えているかわからない無表情のまま、振り返り部屋の外へと扉を開けすんなりと出て行く。
「さ、これで私だけよ。ナオヤ話してもらえる?」
「……わかりました、信じてもらえるかわかりませんが……」
気を利かせてくれたエルナに対しこのままでは何も状況は変わらないので話す事を決意するナオヤ。
そして顔を上げゆっくりと口を開き、別の世界にいたこと、剣に突然この世界に連れてこられた事、剣に操られた事などを何とか順を追ってエルナへと必死に説明する。
エルナは机から椅子を引っ張ってナオヤの前に座り、ナオヤの話に相槌を打ちながらナオヤの目を見ながら真剣に耳を傾ける。
――――――
「ナオヤは地球ってところから魔剣に呼ばれてきたのね、それと魔剣に操られていたと……」
「はい、信じてもらえないかもしれないけど……」
エルナがその話を聞き少し驚いた表情をして口に右手をあて何やら考え込む。
話を終えたナオヤはただ黙り込みうつむきエルナが喋るのを待つ。
「まぁ私だけじゃこの話の判断は難しいわ。明日解放軍のリーダーにも意見を求めるから少し待って頂戴」
「はい……」
「――くっ! 僕はこれからどうすれば……」
自責の念にかられ右手でシーツを握りしめうつむくナオヤ。
魔剣の支配から抜け出せたもののその代償はあまりにも大きく、ナオヤの心は晴れ晴れとしなかった。
そんなナオヤをエルナが椅子に座りながら見つめ口を開く。
「確かにあなたがしたことは操られていたとしても許されないわ。私たちが本来守るべき人々を殺したんですものね」
エルナがナオヤに冷ややかな視線を送り、冷淡に言葉を発していく。
ナオヤはその言葉一つ一つを胸へとしっかり受け止め、うつむいたまま耳を傾ける。
「けどまだ償う事は出来るわ」
「償う?……」
責めたてるような言葉が続けられると思っていたナオヤだがエルナが予想外の言葉を口にする。
こんな自分に一体何ができるんだろうか? と思い顔上げてエルナの顔を見るナオヤ。
「ええ、そうよ、解放軍に参加して私たちと一緒に人々を魔物から解放するの。あなたにはまだあの剣と右腕があるじゃない」
エルナがナオヤへと先ほどとは対照的に優しい笑みを見せ、左腕でナオヤの右腕へと触る。
これが本来の彼女の表情なのであろう、その笑顔に少しだけナオヤの気持ちが和らぐ。
「けど、あの剣を使えるかどうか……それにまた意識を取り込まれないだろうか……」
様々な不安ごとや恐怖がナオヤの脳裏へと浮かび、またナオヤはうつむいてしまう。
あの魔剣を握る事にも抵抗があったが、また誰かを傷つけてしまう事にも抵抗があった。
「大丈夫よあなたは優しい目をしているわ、きっと魔剣にも取り込まれない。もし無理なら戦わなくてもいいわよ」
エルナがうつむくナオヤへとさらに微笑みかける。
エルナのその言葉に、ナオヤはうつむいたまま答えを出すべく黙り込み深く考える。
『敵襲だーーー!!』
不意に城内へと鐘の音と男の叫び声が響き渡る。
外では人間の叫び声と獣の叫び声が入り混じり聞こえ始め、ナオヤの部屋の前の廊下が走るような音でドタドタと騒がしくなる。
戦いに行くのだろうか? エルナもその鐘の音を聞き、両手をイスにつき、イスから立ち上がる。
「敵襲のようね。それじゃ、私も戦いに行ってくるわ。さっきの話考えといてね、あの子のためにもね」
「あの子? ――っ!」
「エルナお姉ちゃん、お話終わった~?!」
部屋の扉を勢い良く開き、茶色い短い髪をした背丈の低い小学生ぐらいの少女が部屋へと入ってくる。
少女の服装は茶色いTシャツに半ズボンという随分とラフなものであり活発な正確なのがうかがえた。
そしてその少女はあの時村で生き残った唯一の一人であった。
あのような目にあったにもかかわらず少女は生き生きとしエルナの足元へと駆け寄っていく。
だがナオヤにはそのようなことを考える余裕もなく、口を半開きにし少女を見て思考が停止してしまう。
「ええ、ミア。私は少し出かけてくるから、あそこにいるお兄さんと遊んでもらいなさい」
「は~い!」
硬直しているナオヤをよそにエルナが前かがみになり少女を見ながら頭を撫で微笑みかける。
そして何やらエルナがもう一度ナオヤへと駆け寄ってきてこっそりと耳打ちをする。
「あの子はあの時のショックで記憶を失っているの。あなたの事もどうやらおぼえてないみたいね。ミアのことお願いね」
エルナがナオヤの耳へと手をやり耳元で小さな声を出しつぶやく。
ナオヤが我に返りエルナのその言葉に軽く頷く。
少女に失礼ながらも、その事はナオヤにとってわずかながらの救いであった。
「それじゃ私は行ってくるからね」
「は~い!」
エルナがナオヤから離れ、少女に笑みを見せ手を振り扉を開け部屋から出て行く。
残された部屋にはまだ少し硬直状態であるナオヤと、ナオヤへと背を向けエルナに手を振り見送る少女だけとなる。
「あ、お兄ちゃん! 初めまして私の名前はミアだよ!」
「え、あ、僕の名前は秋月尚矢だよ」
扉の方を向いていた少女が、ナオヤの方へと振り返り明るい笑みを見せ、ミアと自己紹介をする。
平然とにこやかに笑いかけ見つめるミアにナオヤは戸惑う。
それでも返事を返さないのも不自然であるため、慌てて少女へと目をやり自己紹介をするナオヤ。
「ふ~ん。へんな名前ー♪」
ミアがナオヤの前へにある木の椅子へと座り、無垢な笑みを見せ楽しげに足をぶらつかせる。
彼女のその様子にあの不幸の影はなく、完全に忘れているようであった。
「ナオヤお兄ちゃんは戦いに行かないの?」
「うん、ちょっとね……」
ナオヤの顔を見上げ尋ねる、ミアの率直な疑問に顔に手をやり困った表情をナオヤは浮かべる。
いまだ心の中では戦う決心がつかず、ナオヤはまだ迷っていた。
「ふ~ん、ナオヤお兄ちゃんはどうしてこの城に来たの?」
「え? えーっと村が魔物に襲われてここに来たんだ」
ミアがまたしても答えにくい質問をし、それに対しナオヤは慌てて嘘をつき答えてしまう。
異世界から来たなど、とても誰かに話せるようなことじゃなかったからだ。
「それじゃ私と同じなのかな、私ね村を魔物に襲われて私だけ生き残っていたんだって。それでその時のショックで記憶がないらしいの……」
「……」
ミアが明るい雰囲気を一変させ、うつむいてそうつぶやく。
エルナがナオヤのことを不自然に思い、とりあえず気を利かせそう言っといてくれたんだろう。
ナオヤは心の中でエルナに感謝すると同時に、自分よりはるかに年下のミアを、こんな不幸な目にしてしまったことに大変申し訳なくなる。
そんな彼女を今だけでも元気付けてあげたく、ナオヤはあることを思いつく。
「そうだミア! ここにいる間、僕のことを父親だと思ってもいいよ!」
もし記憶が戻った後に恨まれてもいい、その覚悟でミアのほうへと笑みを見せそう叫びかける。
ミアはその突然の提案に顔を上げ、驚きぼーっとしたままナオヤの顔を覗く。
「ごめん! 迷惑だよね、ミアの気持ちも考えず……」
「うん! わかった!」
「え?――」
ぼーっとしていたミアが突如笑顔になり頷いた後、椅子から勢い良く立ち上がる。
反応がなかったため、嫌なものだと思っていたが、あっさりと受け入れたミアを見ながらナオヤは少し驚いた表情を浮かべる。
「それじゃ、これからナオヤお兄ちゃんのことパパって呼んでもいい?! 」
ミアがベッドのシーツの上に手を置き、前かがみとなり笑みを浮かべナオヤへと顔を近づける。
「あ、うん構わないよ」
「わ~い!」
ミアがベッドから手を離して立ち尽くし嬉しそうな声を上げる。
明るく振舞っていたミアだが記憶のないことや家族がいない事に対して不安があったのあろうか?。
「それじゃパパ、エルナお姉ちゃんはママかな?!」
「あはは……」
(周りから誤解されそうだな……)
ミアが嬉しさを残したままナオヤの方へとまた顔を近づけ、そう言い放つ。
気恥ずかしさを覚えるナオヤだったが少し嬉しく、ミアの笑顔を見ていると少しだけつらい気持ちが晴れた。
『何だあれは?!』
今までも騒がしかった外で兵士の叫び声とどよめきがさらに際立ち、ナオヤの耳へとはいってくる。
その時、城の外でとてつもない地響きと大きな獣のうなり声が、城の中へも響き渡り、ナオヤにも伝わってきていた。
「ひゃう! すごい叫び声が聞こえたね」
「うん……」
「エルナママ大丈夫かな~?」
ミアがその叫び声に驚き少しビクリッとし、心配そうに窓の方へと目をやる。
外では何か大変なことが起きようとしているのであろうナオヤにはそう思えた。
直感的にここで自分が動かなければさらにまずいことになると思い、机の横に立て掛けられている魔剣へとナオヤは視線を送る。
まだ心の中に迷いがあるが、せめて今だけはと覚悟を決め、ミアのためにもベッドの上に右手を置き、ベッドからゆっくりと立ち上がり靴を履くナオヤ。
「そうだね、心配だね。僕も役に立てるかわからないけど行ってみるよ」
「ミアはここにいてね。必ず無事に帰ってくるから」
「ほんとにパパ?……」
「うんっ、エルナもかならず無事に連れて帰ってくるよ」
「うんわかったパパ。気をつけてね」
まだ心配そうな表情を見せるミアの頭を前かがみになり、右腕で撫でて、立て掛けてある魔剣の前へとナオヤは立つ。
「――くっ!」
魔剣へと右手をゆっくりと伸ばすナオヤ。
その右腕は震え、額から汗がにじみ出て、あの時の記憶が鮮明に蘇る。
それでもミアのために、今外でがんばって戦っているであろう人のために、くぁしい顔をしナオヤは剣を勢い良くぎゅっと握りしめる。
その瞬間、剣を伝わり、右手からナオヤの体に溢れるほどの力が全身へと駆け巡るように湧き上がる。
(これなら何とか戦えそうだな……)
剣を顔の前へと軽々と持ち上げ、妖しく輝く剣をまじまじとナオヤは眺める。
また体を乗っ取られるのではないかという不安と恐怖はあったが、特に異常はなくナオヤは戦う覚悟を固める。
「それじゃミア、ちょっと行ってくるね」
「うん! パパ気をつけてね!」
手を振って笑みを店みせ、見送るミアに背中を向け、ナオヤは心に恐怖と不安をかかえながらも部屋を後にする――――。
――――
周りが海に囲まれた、崖際に立つ少し城壁にひび割れが目立つ解放軍の城。
その城を背に解放軍と思わしき人物達が、目の前に広がる草原の向こう側の森から城へと向け走ってくる大量のワーウルフと激しく交戦をしていた。
その混戦の中にひときわ目立つ、赤い長い髪をしたエルナと、その後ろには上下白いローブに身にまとい眼鏡をかけた短い髪の茶髪の男がいた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
剣を両手に持ち、勢い良く持ち上げ下に振り下ろ正面にいるワーウルフを縦に斬り裂くエルナ。
そのエルナの右横からワーウルフが駆け寄り右爪を勢い良く振り下ろすも、体勢を立て直して右を向き軽々と受け止め、剣を左横に振りワーウルフの胴を難なく斬り捨てる。
その様子から、エルナが戦いなれている事が伺え、すぐ次の敵へとエルナは剣を両手で構え睨みつける。
「やれやれ数が多いですね……」
エルナの後ろにいた茶髪の眼鏡をかけた男が前を向いてため息を着き、何やら呪文の詠唱を素早く始める。
詠唱を終えた、男の足元から光が発し、複数の火の玉が光の中から湧き上がる。
男が手を前へとやると、その火の玉は援護するようにエルナの前にいたワーウルフへと飛んでいき、一気に焼き尽くす。
攻撃の手を休める事はなく、男はまた呪文の詠唱を開始する。
「まったくだ。だがこの程度の魔物なら問題な」
「そうですね、このまま何も起こらなければいいんですがね~」
黙々と手を休めず敵を楽々と殲滅していく二人。
その周りの解放軍もワーウルフを一匹ずつ確実に倒していき、このまま解放軍の勝利で終わると思われていた。
だがその時、大きな獣の叫び声が遠くから聞こえ、森の方から激しい地鳴りと共に足音が聞こえていた。
「なんだ?」
敵を斬り捨てて立ち止まり森の方へと視線をやるエルナ。
『ケルベロスだー!!』
森の近くにいた解放軍の男がそう叫び、逃げるように森に背を向け、慌てて城の方に向かって走ってくる。
その男の後ろには木々をなぎ倒し、数m以上はあるであろう三つ首の犬の化け物が、城へと地響きを起こしながら迫りよって来ていた。
それを見た、その場にいた全ての解放軍の人々がその生き物へと目をやり固まりつつあった。
「いやはや、まさかあんな物まで出てくるとは、困りましたね~」
エルナの後ろにいた茶色い髪をし眼鏡をかけた男が、両手を上げて目をつむりため息をつく。
「どうするんだ? フレン。あれに対抗できるのは私の父上ぐらいかもしれんぞ?」
「あははっ、どうしましょうねぇ~」
「笑っている場合か!」
剣を両手に構え焦りの表情を浮かべ、フレンと言う名の眼鏡をかけた男の方に顔だけ振り向かせ、慌てて問いただすエルナ。
その問いに対し、両手を上げお手上げポーズをしているフレンが目を細めて笑いながらそう言う。
緊張感の欠片と焦る様子もなく笑っているフレンに、非常事態にもかかわらずエルナは振り返り、剣を下げ思わずツッコミを入れてしまう。
「僕に任せていただけませんか? あの魔物」
そんなやり取りをしているエルナとフレンの後ろから、一人の少年が現れる。
そこには茶色いズボン白いTシャツに黒い剣という不似合いな格好をしたナオヤの姿があった。
「ナオヤ?! どうしてここに」
「おや君は確かエルナが連れてきた……」
エルナが驚いてナオヤの方へと顔をやり、フレンがゆっくりとナオヤの方へと振り返る。
二人の姿が目に入っているかわからないほど、ナオヤは目の前に迫りよって来ているケルベロスを強い意志を目で凝視していた。
時間がないと判断したのであろう、ナオヤは二人の返事を聞く前に果敢に数mはあるであろう三つ首の化け物へと一気に駆け寄る。
魔剣による恩恵であろうか、ものすごい勢いで剣を右手に立て、足元へと駆け寄ってくるナオヤに、ケルベロスが気づき足を止め下を向き目をやる。
ケルベロスが真ん中の首から口を開け勢い良く炎の息を前方へと吐き、ナオヤへと向け前右足を素早く振り下ろす。
ナオヤは迫り来る炎の息を前進する事で避け、後ろが焼け野原と化す。
振り下ろされた前右足を軽々とジャンプして避け、ナオヤはケルベロスの足の上へとフワリと着地する。
ナオヤのその跳躍力は並みの人間を軽く超えるほどのものであった。
そのままケルベロスの右足をナオヤは駆け上って行き、剣をお腹の前で横にして構えケルベロスの首を見据える。
ケルベロスの肩へとのぼり、剣を横にしたまま剣先が見えないほどの速さで振るうナオヤ。
さすがは魔剣と言うべきであろうかその切れ味は鋭く、すんなりケルベロスの右端の首は地面へと落とされ残された首元から血飛沫が上がった。
ナオヤはその勢いのまま剣を横んし、真ん中の首、左首と順に軽々と切り落としていく。
胴だけとなったケルベロスが地面へと崩れ落ち、その上からフワリと飛び跳ね地面へと片膝をつき着地しうつむくナオヤ。
崩れ落ちるケルベロスの巨体を見て、その凄まじい光景を固唾を呑んで見ていた解放軍の人々の間にどよめきの後、歓喜の声が大きく沸きあがる。
その歓声を切れ目に緊張の糸が切れたのか、ナオヤは立ち上がった後よろめきながら草原の上へと倒れるように仰向けとなり寝転んだ。
「はぁはぁはぁ……まさかこんなにうまくいくとは思わなかったな……まるで自分の体じゃないみたいだ」
息を切らしながら仰向けのまま晴れ晴れとした青い空を見上げるナオヤ。
怪我が治りきっていない病み上がりな上、元々病弱な体であるのに無茶をしすぎたのであろう。
ナオヤの目はうつろであり視線が定まってないようであった。
そして疲労の限界を迎え、ゆっくりと目を閉じナオヤは気絶するのであった――――。
読んでくださった方々に感謝です!。