運命の出会い
あれからどれだけの村を襲い、どれだけの人と魔物を切ったことであろう。
血塗られたナオヤとその手に握られた血塗られた魔剣は、ただ血を求め、次の村を探し広大な平原の上をゆっくりと歩く。
ナオヤの意識はあの時から、表へと出る事はなく、代わりに体を乗っ取った魔剣がその体を使い四六時中、村を探し周り殺戮を繰り返していた。
道中で襲い掛かる魔物すら魔剣は軽く斬り捨て、その行進を止められるものなどもはやいなかった。
そして日が暮れはじめ曇り空が広がる中、魔剣が次の村を見つけ、村の入り口で前を見据えて左手に剣を握りしめ立ち尽くす。
村の中にはまだ人がちらほらとおり、それを見てナオヤの体を乗っ取った魔剣はニヤリッと嬉しげに笑い、左手の剣を胸の辺りに構え一人の村人へと見定める。
「さて、今日も食事と行くか」
そして村の中へと魔剣は一気に駆け込み、近くにいた村人の横腹を驚く間も与えず、剣を横に振り斬り捨てる。
『ぎゃぁぁぁぁ!』
切りつけられた村人からの断末魔の叫び声が響き渡り地面へと崩れ落ちる。
剣を持たない村人たちはこの場から逃げることも叶わず、魔剣による一方的な狩りが行われていく。
まるで村の終焉を告げるかのように頭上では雨が降り始め、雷が鳴り響く。
「さてこれで終わりだ」
村人の死体が無数に転がりわたる中、魔剣が中年と思わしき逃げる男の背中に剣を突き出し迷いなく突き刺す。
「ふふ、この感じだ。生命が溢れてくる」
降りしきる雨の中、ナオヤの体を乗っ取ってる魔剣は、血塗られた剣を顔の前へと上げ、恍惚の笑みを浮かべる。
「おとうさぁぁぁん!!」
家の中から一人の幼い短めの茶色い髪をした十歳ぐらいだと思われる少女が、扉を勢い良く開け飛び出てくる。
少女は先ほど魔剣が突き刺した中年の男の隣へと膝を着き座り、泣きながら呼びかける。
父親であったのだろうか? 少女は力なくダランとする男の遺体の顔を見て泣きながら何度も強く揺する。
「ちっ、まだいたか。まぁいい、子供の生命は最高のご馳走だ」
家の中も確認したつもりであったが隠れていたのであろう、少女を見て魔剣が少し不機嫌な顔を見せる。
魔剣は泣き叫ぶ少女の隣へと歩み寄り、見下ろしながら左手の剣をゆっくり大きく上へと振り上げ殺そうとする。
「待て!」
「む?」
その時村の入り口から響き渡るような叫び声が、雨の音にも負けず魔剣の耳へとはいる。
魔剣がその声の方へと剣を上に上げたまま首だけ振り向かせる。
魔剣の視線の先には腰まで届く長い赤い髪をしたナオヤより上の身長の女が立ち尽くしていた。
女の右手には白光りした剣が握られており、白いスカートのようなものをはいており、茶色い腕が見える服の上に肩から胴にかけ青銅で出来た鎧を身にまとっていた。
降りしきる雨の影響で女の赤い長い髪からは水滴が落ち、青銅の鎧は雨に濡れ輝いていた。
「はぁぁぁぁ!」
事態を重く見たのであろう、女が言葉より先に剣を両手に持ち、魔剣が操るナオヤの体へと駆け寄ってくる。
女は地面を強く蹴って飛び跳ね剣を勢い良くナオヤの体へと向け左横から縦に振り下ろす。
魔剣は女の方へと振り返り、左手の剣を上に上げるような動作だけで軽々とその一撃を受け止める。
女を振り払うかのように魔剣は剣を左横に振るい、女が一度後ろへと飛び跳ね、ナオヤの方を見据え、剣を両手に持ち体勢を立て直す。
「ここ、最近この辺りの村で起きている惨劇の原因はお前だな?!」
「ああ、そうだ」
問いただす女の質問に、ナオヤの体を操っている魔剣は悪びれた表情もなく、剣を下げて女の方を向き不敵な笑みを浮かべ平然と答える。
「くっ! なぜこんなことをする。お前も同じ人間だろうが!」
「俺の食事のためだ。まぁ説明してもわからんと思うがな」
「なにっ?!」
剣を両手に持ち、上げたまま驚いた表情を見せる女をよそに、魔剣は少女の方を向き直し、剣を再び少女へと向け、大きく縦に振り上げる。
「くっ!」
話をするつもりすらないナオヤの体を乗っ取った魔剣を見て、女が焦りの表情を浮かべ、剣を持ち再びナオヤへと駆け寄り始める。
女は再度ナオヤの体へと向け左横から両手で剣を縦に振り下ろす。
魔剣はその一撃をまたしても上げたままの状態で軽々と受け止め、実力の差は一目瞭然であった。
「しつこいぞ、女。おとなしく逃げてればいいものの」
魔剣は少し不機嫌そうにそうつぶやき、女の方へと緯線だけやり、剣を左横へと鋭く振るい、女の剣を弾き飛ばす。
女の剣が上空へと舞いナオヤの右隣の地面へと突き刺さる。
剣が無くなってはどうしようもなく、女は後ろへと飛び跳ね、ナオヤを睨みながら唇をかみ締め立ち尽くす。
「さて、そこで見ていろ。この少女が殺されるところをな! フハハハッ!」
「くっ! やめろ!」
「いやぁぁぁぁぁ!」
ナオヤの体を乗っ取った魔剣が少女を見ながら高笑いをし、剣を高々と上に上げ、勢い良く少女へと向けて下に振り下ろす。
女が左手を前に伸ばしながらナオヤの方へと走り始め、慌てて止めに入ろうとするがそれよりも先に剣は振り下ろされそうであった。
もはや誰も止められるものはおらず、泣き叫ぶ少女の命は風前の灯火であった。
「――ぐっ! なんだ……」
だが剣は少女へと届かず少女の頭上でカタカタと振るえながら止まり、魔剣が右手で頭を抑えうつむき苦しみ始める。
(これ以上僕の体を好き勝手に使うなぁぁ!!)
少女の悲鳴を聞いたからなのだろうか、うちに眠っていたナオヤの意識が目覚め、体を奪い返そうとする。
だが魔剣は必死にうつむき頭を抑え、ナオヤの意識を跳ね除けおいだそうとする。
「まだ意識が残っていたのか!……人間の小僧の分際で俺の邪魔をするとは!」
(くっ! これ以上操られて誰かを殺すぐらいだったら……)
頑固として抵抗する魔剣にナオヤは苦肉の策を思いつく。
それは自分の左腕を切り落とし、魔剣を離そうとすることであった。
もはやこれしかないと思い、ナオヤは地面に突き刺さっていたさきほどの女の剣を抜き、右手に構える。
そして勢い良く、ナオヤは左手へと覚悟を決め歯を食いしばって剣を横に振り下ろす。
ナオヤの左腕が切断され、左手と魔剣が地面へと転がり落ち、残された左腕から血飛沫が上がる。
「なんだ?……」
女は落とされた剣と左腕と、立ち尽くす少年を、呆然と固唾をのんで立ちすくんだまま驚きの表情を浮かべ、ただ見ていた。
「くっ! 何をする小僧!」
腕と共に落ちた魔剣が目を開き慌てて声を発し動揺する。
まさかこのようなことが起こりえるとは思っていなかったのであろう。
慌てふためいており、最初にナオヤに見せた威厳のかけらなどもはやどこにもなかった。
そんな惨めな魔剣を、ナオヤは汗を浮かべながらうつろな目で見下ろし覗き、大きく右手で剣を上に振り上げる。
「はぁはぁはぁ……僕の中から出ていけぇぇぇ!!」
ナオヤは叫びながら地面へと転がり落ちている見開いた魔剣の目の部分へと一気に剣を下に振り下ろす。
「ぐぎゃぁぁぁ!!」
剣が目へと突き刺さり、魔剣の断末魔の叫び声が響き渡る。
剣から黒い霧が巻き起こり、目がなくなり邪悪な意志が消えたと思われる黒い剣がその場へと残りはてた。
それと同時に降りしきっていた雨が止み、雨雲が消えていき、星の輝く夜空が見え始める。
「はぁはぁはぁ……」
もはや限界に近いナオヤは、うつろな目で前の方の地面へと目をやる。
その視線の先には気絶している少女が地面へと寝転がっていた。
ナオヤはその無事な姿を確認して、少しの笑みを浮かべ意識を失い、前の方の地面へとうつ伏せに倒れこんだ。
この出来ことでの女と少女との出会いがナオヤの運命を変え、激しい戦いへと巻き込まれていく幕開けとなる――――。