決戦前
翌日早朝、フレンの判断により明日魔物の討伐へと向かう事が決定された。
レンカが加わった事が大きく、戦力的にも大丈夫だと判断したからであろう。
城を旅立つ前のその日の昼時、ナオヤ達は城の外で最後の訓練をしていた。
エルナとミーシャが見学する中、ナオヤとヴィンはヴォルドとレンカから剣の手ほどきを受けていた。
「――おし、それじゃ次はレンカ相手に打ち込みをしてみろ」
「はい!」
「うっす! ヴォルドの旦那!」
ヴォルドがそう言いナオヤとヴィンが木刀を構える。
それに合わせレンカもナオヤ達へと向け木刀を左腰に構えだす。
「生き残ってもらわねば困るからな。どこからでもかかってくるがよかろう!」
「うっす! レンカの姉御、それじゃ行くぜ!」
腰を低く落とし左腰に右手の木刀を構えるレンカに、ナオヤとヴィンは二人で突っ込んでいく。
もちろん魔剣を手に持ってないナオヤにとって、二人がかりで挑んでも勝てるわけわけがなくあっさりとうちのめされる。
それでもナオヤとヴィンはすぐ起き上がり、彼女を相手に訓練は続いていった。
――――
「ぐはっ!」
それから何度目かの打ち込みを終え、ヴィンがレンカの木刀を喰らい、地面へとひれ伏す。
それと同じようにナオヤも力尽き、ヴィンの横に仰向けになって寝転ぶ。
何度も打ち込みをする二人を(特にナオヤを念入りに)彼女は容赦なく叩きのめした。
二人とも打ち身や擦り傷だらけなのに対して、彼女はもちろん傷一つなく、汗すらかいておらず涼しげな顔をしていた。
「ナオヤ大丈夫?!」
傷だらけのナオヤを見てさすがに心配になったのであろう。
エルナとミーシャが寝転ぶナオヤへと近寄ってくる。
「痛たっ…… うん、なんとかね……」
体をさすりながらナオヤはゆっくりと体を起こす。
いくら木刀と言えどレンカの剣速で振り出されれば十分威力があった。
「鬼……」
「うっ……仕、仕方ないではないか! 体が勝手に動いたのだ!」
ナオヤの隣に座りミーシャはナオヤへと杖を振りかざし治療をはじめる。
そのまま白い目でレンカのほうを見上げ一言そうつぶやく。
その言葉を聞き、少しダメージを受けたのかレンカが慌てたそぶりを見せる。
「悪魔、人でなし、魔物……」
「うっ……申し訳ない……」
慌てるレンカへとさらに毒を吐くミア。
その言葉を聞き、レンカが下を向きしゅんとなる。
意外に彼女は打たれ弱いみたいだ。
「レ、レンカさん、そんな落ち込まないでください! 僕が悪いんですし!」
「う、うむ……」
何だか申し訳ない気持ちになりナオヤはレンカへとフォローを入れる。
それを聞いた彼女は、少しまだ浮かない表情をしながらも顔を上げる。
「あの、ミーシャ。俺に対しての治療は?……」
「自分で何とかしろ」
「くっ! 兄貴と俺に対するこの温度差は何だ……」
起き上がっていたヴィンがミーシャへと頼み込むような控えめな視線を送る。
そんな彼にミーシャは顔もやらずそう冷たく言い放つ。
「おしっ、それじゃ今日の特訓はこれぐらいで終いにするか!。おめえらも明日に備えて、じっくりと休めよ」
そう言いヴォルドがナオヤ達に背を向け城の中へと向け歩き出す。
「それじゃ拙者もこれにて」
「うっす! ありがとうございました姉御!」
「ありがとね、レンカさん」
ナオヤ達へと頭を下げレンカも城へと戻っていく。
残されたナオヤ達はそのまま平原の上でしばらく休憩をとることにした。
――その頃、城一階の廊下をゆっくりと歩くレンカ。
「さて、これからどうするか……」
特に何も予定がなかったので彼女は考え出す。
もっともこの城で出来る事いったら訓練か剣を磨くぐらいのことであったが。
「あ、あの時の人!」
「ん?――」
廊下の向こう側から、ミアが、レンカの足元へと駆け寄ってくる。
それに気づき、物思いにふけっていたレンカがゆっくりと顔を上げる。
「また、パパをいじめに行くの?!」
まだ根に持っているのであろう。
少し怒った表情を浮かべレンカを見上げるミア。
「いやもはやあのような事はせぬ。あの時は取り乱してすまぬかった」
「そう、よかった~!」
パパ? と言う言葉に少し疑問を浮かべるレンカであったが、素直に頭を下げミアへと謝る。
その言葉を聞いてミアが、誰もが穏やかな気持ちになれそうな人懐っこい笑みをレンカへと見せた。
「しかし、どうしてナオヤ殿をパパと呼ぶのだ?」
「えっとね、パパがきっと私に寂しい思いをさせないためにそう提案したの。私には両親がいないから……」
「そうか……すまぬ……」
「ううん、気にしないで!」
ナオヤからミアの事を聞いていたレンカだがうっかり口にしてしまう。
もしこの子に記憶が戻ったら自分と同じように復讐しようとするのだろうか?
彼女の心の中にそんな思いが少し浮かんだ。
その場に少し重たい空気が流れる。
「そうだ、昨日の無礼をかねて拙者に何か頼みたい事はないか?」
「ぶれい?」
「えーっとだな、ようはミア殿の願いを何でも一つ聞こう」
彼女なりの義理と礼儀なのであろう、首をかしげるミアへとそう提案をする。
「それじゃね! ミアと遊んでくれる?!」
「そのような頼みでいいのか?」
「?」
「いやなんでもない。その願いしかと承った」
これ以上子供に聞くのは無粋だお思い、言及をやめるレンカ。
そして笑みを浮かべミアの手を引きゆっくりと歩き始める。
特に子供が苦手と言うわけでもないらしい。
彼女はこの日、日が落ちるまでミアと遊ぶ事にした。
「それでは、何をして遊ぼうか?」
「えっとね♪ ――――」
――――――
――その頃、正午過ぎ、エルナの自室にて。
「いたた……」
「大丈夫ナオヤ?」
「うん、なんとかね」
ベッドの前の床へと座るナオヤとエルナ。
ナオヤはエルナからさきほどの訓練で受けた傷の治療を受けていた。
ミーシャのおかげで見た目の腫れやアザなどは消えたが、それでもまだ体の節々が痛んでいたからだ。
「はい、これで終わり」
エルナが薬品のついた麺棒のようなものをナオヤの体から離す。
「ありがとね、エルナ。いつもここに来てから世話になりっきりで……」
「ううん、気にしないで頂戴」
エルナが立ち上がり、机の中に薬瓶と麺棒をしまい、再びナオヤの前へと座りこむ。
「……」
「……」
そこで会話が途切れ、特におもだった話題がなくなり黙り込む二人。
思えば今まで忙しかったのも加え、ミアなどもいたため二人きりになることなど一度もなかった。
何だか急に気恥ずかしくなり、二人は頬を赤らめうつむいてしまう。
何とも言えない空気が二人の間に流れ、ただ時間だけが過ぎ去っていく。
「そ、そうだ! エルナはいつから解放軍として戦うようになったの?!」
「え、えっとそうね! だいたい十七ぐらいの頃からかしら。それまでは父上に剣を教わっていたわ」
「へ~そうなんだ。そんな子供のうちからすごいな……」
何とか会話の糸口をナオヤは探そうとする。
だがこれを皮切りにまた会話がとぎれ沈黙が続いてしまう。
黙りこむ二人、こんな時ミアがいればと二人は同じ事を考えていた。
「――ふふっ、あははっ」
「ど、どうしたのナオヤ?!」
「いや、今になってこんなに人と話ができたり、関われたりするのが急に嬉しくなってね。けど僕がこの世界に来たせいで色んなトラブルが起きてしまったんだけどね……」
静寂の中、突然笑い出すナオヤにエルナは驚く。
その笑いは嬉しさから来るものであった。
「へー向こうではナオヤはどのような生活をしていたの?」
「……向こうではベッドの上から一日中窓の外を眺めていることがほとんどだったかな」
「僕の両親は、自分の医療費のためなどでほとんど働きづめで会う事が少なかったし……」
そう懐かしむようにナオヤが窓の方を見て静かに話す。
突然消えてしまい、今まで世話になった両親に大変申し訳ない気持ちになるナオヤ。
「そう、聞いちゃいけないことを聞いてしまったみたいね……ごめんなさい……」
「大丈夫だよエルナ。けど不謹慎かもしれないけど僕はこの世界に来れて今は嬉しいよ」
「エルナやミア、フレンさんやヴォルドさんなど沢山の人と会えて関わりをもてたからね」
今まで生きている意味を実感できていなかったが、この世界に来て皆と笑いあい、勝利を分かち合う事でナオヤは生きている実感を噛み締めていた。
「ナオヤ……そうね私もナオヤに会えて嬉しかったわ」
「え? それってどういう――」
「あ、な、仲間としてよっ! 解放軍の!」
エルナが頬を赤らめ両手を振り慌てふためく。
常に落ち着いた雰囲気のエルナのそんな姿を見て思わずナオヤは少し笑ってしまう。
二人が話し込んでいるうちにすっかり夕暮れ時となり、夕日が差し込み室内はだいぶ暗くなっていた。
「さて、そろそろ夕飯の準備をしないとね」
「うん、そうだね。僕も手伝うよエルナ」
そう思い立ち上がるナオヤとエルナ、扉に手をかけ部屋を出ようとする。
「……何しているんですか? 父上……」
「よ、よう! エルナ! い、いや偶然少し部屋の前を通りすぎただけだぜ!……」
「そ、そうっすよ! 姉御!」
扉を開け部屋の前へと立っていたヴォルドへとエルナは白い目を向ける。
ずっとここにいて中の様子を探っていたのだろうか。
慌てふためき苦しい言い訳をするヴォルド。
そこには同じく慌てるヴィンと無表情のミーシャの姿があった。
もちろんエルナの自室は廊下の突き当たりなので通り過ぎるわけがない。
「お、おし! それじゃお前ら行くとするか!」
「う、うっす! ヴォルドの旦那!」
そう言いヴォルド達がそそくさと去っていく。
一体なんだったんだろう? とポカンとするナオヤと、親バカなヴォルドにため息をつくエルナ。
「まぁいいわ、それじゃ夕飯の支度をしに行きましょ!」
「うんっ、そうだね」
気を取り直しナオヤとエルナは1階調理場を目指し歩き始める。
夕食をとり、皆それぞれ思い思いの気持ちを抱え、城から旅立つ前のその日の一夜を過ごしていった――――。
同じのを書き続ける事より自分の文章力のなさにモチベーションが削られる……。
何はともあれ読んでくださった方々に感謝です!。