その名前をあげる
私は、何もしていない。
ただ、親が犯罪者だっただけだ。
それだけで、 私の人生は決まっていた。
視線。 噂。 距離。
どこに行っても同じだった。
だから私は、正しく生きることにした。
人に優しくする。 嘘をつかない。 迷惑をかけない。
当たり前のことを、誰よりも丁寧に。
そうすれば、 いつかこのレッテルも消えると思った。
——実際、消えた。
周りの目は変わった。 名前で呼ばれるようになった。 笑われることも、減った。
やっと、“普通”になれた。
幸せだった。
本当に。
「見つけた」
声がした。
振り向く。
知らない男。
だが、すぐに分かった。
ああ、この人だ。
「よくもまあ、普通に生きてるな」
男の手には、ナイフがあった。
まっすぐ、こちらに向けられている。
「お前の親に、人生めちゃくちゃにされたんだよ」
静かだった。
怒鳴りも、震えもない。
ただ、事実を言っているだけの声。
「……そう」
私は答える。
知っている。
最初から。
男が踏み込む。
ナイフが振られる。
——止める。
手のひらで。
熱い。
血が落ちる。
でも、それだけだ。
「なんで……」
男が固まる。
理解していない顔。
当然だ。
「知ってたから」
私は言う。
「あなたが来ることも」
「どうしてそうなるかも」
少しだけ、笑う。
「あなたが警察に告げたことも、知ってる」
男の顔が変わる。
初めて、感情が揺れる。
「どうするか、考えたよ」
「煮るか、焼くか、壊すか」
「でもね——」
一歩、近づく。
「どれも、すぐ終わるでしょ」
静かに、言う。
「だから、やめたわ」
間。
「あなたには、“私”をあげる」
男は動けない。
理解が追いつかない。
「私はずっと、“犯罪者の娘”だった」
「何もしてないのに」
「ただ、それだけで」
血のついた手で、男の服を掴む。
「次は、あなたの番」
「あなたが、犯罪者になる」
遠くで、サイレンの音。
「そして——」
「あなたの娘が、“犯罪者の娘”になる」
男の目が見開く。
「どんな気分?」
「怒り?」 「悲しみ?」 「それとも——」
少しだけ考えるふりをして、
「どうでもいいか」
サイレンが近づく。
「さようなら、犯罪者」
手を離す。
「よろしくね、“犯罪者の娘”」
私は、何もしていない。
ただ——
そうなるようにしただけだ。




