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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ナイフがある

作者: TS

「好き」

 そう言われると同時に、俺の体は地面に組み敷かれ、ナイフを首に突きつけられていた。見つめあう形で俺の腰にまたがる、見ず知らずの女。

 あまりに突然の出来事。今わかることは、女が同じ学校の人間で、リボンの色から同学年だということ。そして鬱陶しいぐらい俺の顔にかかる女の長い髪が、よく手入れをされているのか、いい匂いがするということ。そして、ここが二人以外に誰もいない高校の屋上だということだ。


 首にひんやりとした感触を覚えながら、そのままの姿勢で何も言葉を発しない女をじっくりと眺めてみる。

 顔はまあまあ可愛いが、いかんせん俺の好みではない。俺の好みは、体にもっとメリハリのある女性だ。服の上から見ると凹凸があまりないように思われる。まぁ、着やせするタイプなのかもしれないが、少なくとも俺の体に乗っていても、ほとんど重さを感じないし、出来ればもう少し肉が付いていた方が好みなのは確かだ。


 そんな俺の失礼で不躾な視線にも、女はたじろぐことは無く、見開いた目でこちらを見つめている。その熱視線から恋慕の情を感じることは難しいが、俺以外を映そうとしないその瞳に、ありありと強い執着が見て取れ、背中に走るぞくりとした感覚に体が震えた。


 依然、ナイフを突きつけたままで、押そうとも引こうともしない女。これでは埒が明かないし、そろそろ帰りたいのでこちらから話を振ってやる。


「俺が好きなのか」

 女は俺の言葉に、人形のようにカックリと首を落として頷いた。


「どこが、好きなんだ」

「さぁ」

 女が二度目に出した言葉は短いうえに、感情というものが全部削げ落ちたような抑揚のない喋りなので、意図が読み取りづらいことこの上なかった。

 ただ、女のかすれも雑音もない澄んだ声だけは、わりと俺の好みだった。


「いつ、好きになったんだ」

「入学式」

「どうして、好きになったんだ」

「さぁ」

「好きになった理由はないのか」

「……」

 再び無言でこっくりと頷く女。そのまま首がもげそうだ。

 余分な装飾は一切せず、要点だけを伝えるせいか、いちいち質問しなければいけないのはかなりわずらわしい。

 とっとと終わらせたいので、どうにでもなれと何も考えず一番聞きたかったことを聞いてみた。


「どうして、ナイフを俺に向けるんだ」

「……」

 無言。頷きも、否定もしない。


「俺を殺したいのか」

「……」

 また、無言。ただ、ナイフを握る手がわずかに揺れた気がした。


「おい、何か答えろよ」

 それでも、女は無言だった。

 いらいらが募った俺は、感情のまま女にまくしたてる。


「いい加減にしろよ。何か喋れよ。おい、お前に言ってるんだぞわかってんのか。大体、本当に俺のことが好きなのかよ。告白するんなら、もうちょいマシな方法でしろよ。それとも、俺が憎いのか。なら、さっさと刺せよ。こうやって押さえつけられてんのも体が痛ェんだよ。殺したいなら刺せよ。簡単だろうが。ああ一応言っておくが、ただ刺すんじゃなくて裂いた方がいい。そっちの方が早く死ぬしな。オススメは首を掻っ切るのがいいな。女でも簡単に殺せるぞ。まぁ、お前がじわじわ殺したいっていうなら話は別だけどな。人間って意外と脆いから、結構致命傷の前にショック死しちまうんだ。知ってるか。爪と肉の間には痛点が多いらしくてな、そこに針を刺すとやばいんだよな。どんな頑丈なやつでもそこはどうしようもないから、結構重宝するんだ。って話が逸れたな。あ〜、つまり何が言いたいかっていうと、刺したいならさっさと刺せってことだ。わかったか。おい。刺せよ。腹でも、足でも手でも首でも目でもなんでもいいから、刺せよ。刺せおい刺さねえのかよとっとと刺せばいいだろ。それで終わりなんだから刺せよ。おい。刺せ。おい。おい刺せ」


 女はそれでも無言だった。

 俺はとうとう我慢出来なくなり勢いよくナイフに向かって起き上がった。

 しかし、ナイフは俺の首の肉をわずかに裂いただけに止まった。なぜなら、女がナイフを持つ手を引いてしまったからだ。


「なんだよ、そのナイフはお飾りか。結局刺せもしねぇんだったら初めからやるんじゃねぇよ。糞が」

 そう言い捨て、呆然としゃがみこんだ女を放置して、屋上の扉へ向かう。

 くだらねぇと心で呟くものの、胸にはわずかな失望だけが残った。そのままノブに手を掛けた瞬間、


「待って!」

 初めて聞く女の切羽詰まった声。同時に背中に何かがぶつかる衝撃。女が俺の背中に縋り付くようにもたれかかる。

 女の触れている部分が、焼けるように熱い。特に腰より少し上の部分は、熱された棒を直接押し付けられたようなともすれば痛みとさえ感じられる熱を感じる。いまにも肉が焼けただれてしまいそうだ。


「好き」

 女は最初よりも剥き出しの感情で俺にささやきかける。


「殺したいくらい好き」

 泣いているのか、震えるようなかすれ声で話続ける女は、「でも」と言葉を結んで告白した。


「好きだから死んでほしくない」

 背後でカランと何かが落ちる音がした。振り返ると、地面にナイフが転がっていた。俺は地面から目を離し、女を見る。

 女の顔を初め見た時は、人形のように無表情でつまらないと思ったものだが、今の女はくしゃくしゃに顔を歪めて泣いていた。涙に濡れたその表情を見た途端、俺は女が急に愛しくなった。


 俺は地面に落ちた血濡れのナイフを拾い上げると女をぎゅっと抱きしめた。女もそれに答えるように俺の背中に手を回し、抱き合う。


「好き」

「俺もだ」

 女は甘えるように俺の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。

 顔を上げた女の頬は赤く染まっており、俺にはにかむような笑みを向けた。

 それにたまらなくなった俺は、女にそっと顔を近づける。女も俺の行動の意図を察したのか、ゆっくりと目を閉じた。

 俺はそのまま女に顔を寄せ、赤い柔らかそうな唇にくちづけをした。

 数秒ほどくちづけをしていたが、それでは満足出来ず女のわずかに開いた口へ舌をねじ込み、口内に舌を這わせる。女もそれに答えるように俺の舌を絡めとる。

 ぴちゃぴちゃと二つの水音が混ざり合い、それが二人の興奮を高め、互いの舌をむさぼるように入念に絡み合わせる。俺はナイフを女の背中に突き立てた。ぐりぐりと中身を抉り出すように掻き回す。俺の口内は血と唾液で溢れて一杯になっていたので、舌で女の口へ流し込む。ごくりと女の喉が鳴る。しっかりと嚥下しているようだ。


「んく、んっ、ふ、う、んんっ、ぷはっ」

 俺が女から舌を抜き取り口を離すと、女と俺の間に赤い唾液の橋が出来たが、すぐに崩れて女の口周りを赤く汚した。


「ふふ」

 女は嬉しそうに笑っている。とても綺麗に笑っている。それを見ていると俺もなんだか嬉しくなり一緒に笑った。女がごぼりと血を吐き出した。俺は女の唇を舐め、再びくちづけを交わした。




  ***



 結局、彼女がどうして俺のことを好きなのかは分からず終いだった。

 あの後、意識を失った俺たちを見つけたのは、屋上の鍵が開いてるのに気が付いた先生だった。確認のため扉を開けたら、血を流した二人が折り重なるように倒れていたそうで、かなり驚いたことだろう。しかも、先生が見つけたころにはかなりの出血のため、既に死んでいたそうだ。

 もう、彼女から話を聞くことは出来ない。死人に口なしとはよく言ったものだ。

 死んだ今でも彼女のことばかり考えている。こうやって俺はずっと彼女に囚われたままなのだろうか。


 出棺直前にそんなことを考えていたが、棺の中の死体は家族の添えた花で一杯でとても安らかな顔をしていた。こうして思い悩んでいる俺とは対照的なのが、なんだか無性に悔しかった。

 蓋が閉じられ、挨拶が終わると棺が外へ運び出される。棺を見送る人の中には、腹の底から唸るような恨み言を吐き出している人もいた。

 どうして、死ななければならなかったのか。あいつが死んでいれば良かったのに。そう憎々しげに悲しみ呟く姿に、俺はいたたまれなくなり、そっとその場を後にした。


 火葬場は家の近くだったので、俺は一人歩いて向かった。

 俺が着いたころには既に棺が火葬場に運び込まれていたが、俺は死体が焼かれるところなど見たくなかったので、外で待つことにした。

 一時間程したころだろうか。火葬場の煙突から煙が上っていく。天に消えていく煙を見ていると、なんだか意識がぼんやりとし、このまま俺も消えてしまいそうだなと思った。

 煙をぼんやりと眺めながら、俺は煙の向こうに彼女を夢想した。


 結局あれは恋だったのだろうか。少なくとも彼女はこれで俺の特別になった。焼けつくような、身を焦がすようなあのどうしようもない感情をなんと呼ぶのか。俺にはわからない。

 そして、彼女は本当に俺のことを好きだったのだろうか。

 いつか、彼女と死後の世界で出会うことがあるならば、彼女に聞いてみたいなと思う。今は彼女が俺のことを好きだといいなとさえ思える。

 そんな自分の変化に苦笑するとともに、やっぱり無理かもしれないとも思う。

 なぜなら、人殺しの俺はきっと地獄行きで、あんな綺麗に笑う彼女は天国に行くだろうと思ったからだ。いや、彼女には天国に行ってほしいな、とそう思った。


 そんなことを考えていると、彼女にどんどん会いたくなってきた。すると、先ほどまでの今にも消えそうなぼんやりとしていた意識が、急にはっきりとするのだから現金なものだ。

 俺はすっきりとした気持ちで煙に背を向けると、しっかりとした足取りで歩み始めた。

 初めは気長に待とうと思ったが、この消化不良のままでいるぐらいなら、彼女に会いたいなと素直に思えた。

 彼女に会えるかなんてわからないが、今ならなんでも出来る気がした。


 一度立ち止まり、空を見上げる。

 あの世でいつか会える日を夢見て。


「待ってろよ」



 俺は彼女の元へ歩き出した。

 背中には、いまだに彼女の熱が残っている気がした。





あとがき



どうも、初めましてTSと申します。

色々消化不良でわけのわからない内容ですが、ここまで読んで頂きありがとうございます。


最後に投稿してから1年半が経ち、そろそろ何か投稿しようということで、初めての短編に挑戦してみました。

いままではラブコメもどきしか書いたことがなかったので、こんな恋愛もどきを書くのはとても新鮮でした。

次は、もっと純愛ものも書いてみたいですね。



誤字、脱字、質問、批評などは気軽に書き込みください。

あと、書き込む場合はどれだけつまらなくても、全部読んでから書き込みをお願いします。


最後にもう一度。

読者の皆様、ここまでお読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 展開の早さについていけませんでした。 主人公が奇人であるということで、全てを解決しても、消化不良感は否めません。 一つ一つの表現は綺麗だと感じたのに、題材に適した前置きがないので内容に入り…
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