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【興味】

 三ツ森は街を歩いていた。目的地はパソコン専門ショップだ。三ツ森のアパートの近所にはなかったが、三ツ森は歩いていく事にした。自転車に乗るのは好きじゃない。車と比べて、労力の割に前に進まないからだ。疲れる割に進まない、それが三ツ森の抱く自転車のイメージだった。車を所持できるほどのお金もない。だから三ツ森は出掛ける時は歩く事にしている。のんびり歩くのは嫌いじゃない。どーせやる事なんて何もない。時間を潰そうにも、何をすればいいのかが分からなかった。何に対しても興味が沸かない、趣味もない。やりたい事など何もなかった。子供の頃は違った気がする。何にでも興味を示した。やりたい事など、いくらでもあった気がする。友達と一緒に漫画を描いた。友達と将棋を指した。詰将棋の本を買ってもらい、夢中で解いた。サッカーも好きだった。家の前の路上で長時間リフティングの練習をした。三ツ森は歩きながら、そんな記憶を辿っていた。自分の過去を思い出そうとしていた。そうする事が、今の自分には必要である事のような気がしていた。今は何にも興味が持てない。テレビも見ない、新聞も読まない、漫画はたまに読むが、趣味と呼べるほどのものではない。ボクシングは趣味と言えるのだろうか。煙草もやめられない。三分間戦うだけの体力も身に付かない。自分がボクサーを名乗る事は、ボクシングに対する冒涜のように思えた。自分は失格だ、そんな気がしていた。テレビは興味がなかったわけじゃない。元々テレビは見せてもらえない家庭で育った。下らないとか、下品だとか、残酷だとか、そんな理由だった。アニメも、バラエティー番組も、見たいものは何も見せてもらえなかった。見せてもらえた番組もあった気がするが、それは全て母親が判断した。下らなくなくて、下品でもなくて、残酷でもない、要は母親が子供の教育上、悪影響を及ぼす事はないだろうと判断した番組のみ、見る事を許された。そんな番組、僅かだった。俺に清く正しい人間に育ってもらう為に、清く正しい番組のみを見せたかったのか知らないが、それはただの母親のえり好みであり、母親の狭く偏った価値観によって判断されたものだけが選ばれた。三ツ森はそう思っている。周りのみんなが見ているものを見られない。周りのみんなが楽しんでいる事を楽しめない。それは随分と理不尽な事のように思えたし、むしろ悪影響だったのではないかという気もするが、その影響は、もっと深いところまで三ツ森を追い込む事になる。そうだ、俺は子供の頃、漫画家になりたかったんだ。三ツ森は思い出していた。小学生の頃、俺は友達と一緒になって毎日のように漫画を描いていたような気がする。キン肉マンに影響されて超人レスラーの漫画を描いたり、ゲゲゲの鬼太郎に影響されて妖怪の漫画を描いたりしていた。その漫画が、母親の価値観に沿うものだったかどうかは分からない。見せた事がなかったから。キン肉マンもゲゲゲの鬼太郎も家では見せてもらえなかった。どちらも、友達の家で漫画を読んで影響を受けたものだ。キン肉マンの友情パワーを、母親は下らないと一蹴した。友情の何が下らないのか、三ツ森には分からなかった。そんな環境下で、俺は漫画を描く事への興味を失う事になる。漫画家になれば母親は俺の作品を読むだろう。その時、母親の狭く偏った価値観で自分の作品を読まれる事が何だか嫌だったし、下らないと一蹴される事が怖くもあった。俺が漫画を描く時、母親の価値観にそぐわない作品を描く事は許されない事であるような気もしていた。いや、許されないと思ったわけではない、母親の価値観とはそぐわない作品を俺が書く事を、母親は快く思わないのではないか、喜んではくれないのではないか、そんな事を思い、憂鬱になるのだった。漫画家になれたとして、母親が快く思わない物語を描き続ければ、母親との関係は気まずいものとなるかも知れない。母親との関係に、溝ができるかも知れない。そんな中で関係を保ち続けていかなければならない事を考えると、何だか煩わしさを覚えた。母親に認めてもらえない作品を描き続けながら、俺は漫画家として、人生を楽しめるのだろうか。心から楽しんで漫画を描く事ができるのだろうか。そんな事を思うと、母親という存在がありながら漫画の世界で生きていく事に息苦しさを感じるようになった。母親の価値観に沿うような漫画を描く自信なんかなかったし、そんな縛りを受けた作品を描く事の何が面白いのかも分からなかった。そんな煩わしさを抱える中で、俺はいつしか漫画を描く事をやめていた。作品を創る事や、物語を考える事への興味を失っていた。将来を思い、何だか楽しめなくなっていたのだ。こうして俺の興味が一つ、俺の人生から消え失せた。俺の漫画家になるという幼い夢は、こうして幕を閉じたのだ。影響はそれだけには留まらない。俺はテレビや芸能の世界に関わることへの興味も捨てた。元々強い関心があったわけじゃない。それでも、母親の価値観とはそぐわない世界と関わる事に躊躇いを感じるようになった。そうした世界に身を置く自分を想像すると、分かりあえないだろう母親との関係に、息苦しさと煩わしさを感じるからだ。そんな世界で生きたとしても、俺はきっと楽しめない。楽しめもしないだろう世界と積極的に関わろうなんて事は考えられなかった。親子の縁は死ぬまで続く。幼い頃の俺は、そう思っていた。そんな母親の影響下で、小学生だった俺は、何かを作品として表現する事への興味を失った。いや、捨てた。人知れず諦めたのだ。そこには自由など欠片も感じなかった。心の自由も、発想の自由も。ただただ、息苦しいだけなのであった。

 パソコン専門ショップに着いた三ツ森は、ホームページ作成ソフトを購入した。素人でも簡単にホームページを作成できるという代物だ。三ツ森は自分の事を誰かに知って欲しかった。日々、苦しみの中で生きる自分の事を、この狂ったような現状を。そして自分も知りたかった。なぜ、自分はこんな状態に陥ってしまったのかという事を。誰に知って欲しいのかは分からない、それでも、誰かに知って欲しいと思った。自分の中だけに留めておくのは苦しかった。吐き出したい事もたくさんあるような気がした。でも、誰を相手に、何を、どう吐き出せばいいのかが分からなかった。俺の事なんかに、誰も興味はない。何を吐き出されても迷惑なだけだ。だからホームページへ吐き出す事に決めた。ホームページを使って、自分を分析する事に決めた。読みたい奴だけが読めばいい。誰も読まなくたって構わない。溜め込んでいても苦しいだけだ。とにかく吐き出す場所が欲しかった。カタルシス、そんな言葉を聞いた事がある。それも兼ねていた。気持ちが少しでも楽になるのなら、何でもやってみたかった。今の俺は間違いなく異常だ。心が壊れている、破綻している。頭がおかしくなりそうだ。もう既になっているのかも知れない。もう、終わった後だ。そんな考えが頭をよぎる。自分の内面を覗く時、そう思えるくらい今の自分は異常に思えた。しかし、死なない限り人生は続く。何か手を打たなければ、本当に気が狂ってしまうかも知れない。それとも、もう狂っているのだろうか。なぜ、自分はこんな状態になってしまったのか。ワケが分からなかった。まずは心を整理する。分析する。そこから始めてみよう。思い付く事からやってみよう。そう思った。とにかく苦しかった。気が狂っているから苦しいのか、本当に狂ってしまえば楽になるのか。自分が分からなかった。自分を見失っていた。自分を知るところから始めよう。自分を分析するところから始めよう。その為に、過去を掘り起こすところから始めてみよう。本当か?そんな事に本当に意味があるのか?そんな疑念が沸き起こる。それでも、何もしないよりはマシに思えた。とにかく、過去を洗い出そう。自分を見つめ直す為に。過去があって、今があるのだから。足掻けるだけ、足掻いてみよう。そして全てをぶちまけよう。ホームページを使って。そんな取り留めのないゴチャゴチャとした思考と雑念の中、三ツ森は帰路についていた。

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