【充足】
後楽園ホール。東日本新人王トーナメント、フェザー級準決勝の試合が行われていた。リング上の山田の顔は腫れている。
山田はインファイトを得意とする選手だ。山田自身は打たせずに打つヒットアンドアウェーの戦術を繰り広げたいと常々思っているが、山田にそんな器用な真似はできなかった。いつも乱打戦になる。どうしてもパンチをもらってしまうのだ。しかも先手を取られてしまう。序盤にうまく主導権を握れない。ペースを握られてしまう。それでも、打たれてからが山田の本領発揮だった。徐々に手数を増やして、自分が打たれる以上にパンチを繰り出し、ペースを巻き返す。打ち合う事で相手を自分のペースに巻き込んでいく。いくつものピンチをチャンスに変えてきた。常に激闘だった。激しい打ち合いの末、最終的には相手を倒す。それがいつものパターンだ。この日もパンチの応酬だった。相手選手の顔は山田以上に腫れている。
「ジャブからジャブから!」
「下がるな!行け!」
「単発で終わるな!もっと手を出して!」
「相手も苦しいよ!ここ勝負!」
「待つな!自分から行け!」
「ガードしっかり!体振って!」
両セコンドから激しい声が飛ぶ。山田がジャブの連打から右ストレートを繰り出す。それをガードした相手選手が右ストレートを打ち返す。その右ストレートが山田の顔面にヒットするが、お構いなしに前に出る山田。左右のパンチを振っていく。ガードの上からパンチを叩き込んでいく山田。下がりながらもパンチを打ち返す相手選手。右ストレートからの左ボディ、山田の渾身の左ボディが相手選手のレバーを捉える。相手選手のガードが下がる。それを見逃さず、すかさず右のストレート、左のフックを相手選手の顔面へと叩き込む山田。相手選手がバランス崩す。会場が沸く。下がった相手との距離を丁寧に左ジャブで測り、素早く左右のストレートパンチを連打していく山田。そのパンチが見事に相手選手のあごを捉える。溜まらず崩れ落ちる相手選手。ダウン。
「よし!ナイス山田!」トレーナーの恋塚がコーナーから叫ぶ。
右手を掲げながらニュートラルコーナーへと下がる山田。
「立て!まだやれるぞ!」相手選手のセコンドも必死に声を出す。
「…スリー、フォー、ファイブ…」カウントが進む。相手選手がキャンバスに右手をつき、立ち上がろうとするがうまく立ち上がれない。よろめいたところでレフリーがその体を支え、片手を振って試合を止める。テクニカルノックアウト。山田の勝利の瞬間だった。
よし!右手でガッツポーズを決める山田。会長の飯島とトレーナーの恋塚がリングの中へと入ってくる。「ナイス山田」「よくやった」口々に山田を讃え、タオルで山田の体の汗を拭う。「ありがとうございます」笑顔の山田。その顔が腫れている。「しかし相変わらずの試合展開だな。もっとディフェンスを磨かないと体持たないぞ」飯島が心配そうに声を掛ける。「なぜかこうなっちゃいますね」山田が照れたような顔でそれに答える。「まあ勝ったんだから。課題が多いって事はそれだけ伸びしろがあるって事だ」と恋塚が前向きに捉える。
審判に右手を掲げられ、勝ち名乗りを受ける山田。
「山田ー、いい試合だったぞー!」
「よっ、激闘王!おめでとう!」
観客から声援が飛ぶ。常に激闘を繰り広げる山田には、既にファンが付きつつあった。
「また観に来るからなー」
「応援してるぞー」
「新人王取れよー」
リングの四方に向かって、深々と頭を下げていく山田。充足している。山田はそんな感覚を覚えていた。自分の人生に、こんなにも人から讃えられた瞬間があっただろうか。こんなにも人から応援された事があっただろうか。ボクシングで人生を変える。可能かも知れない。人生を、変える。人生を、変えてやる!ボクシングでなら、できるかも知れない。期待感が胸に膨らむ。このまま、どこまでも勝ち続けてやる。このまま、ろくでもない人生からおさらばしてやるぜ。降り注ぐ拍手を浴びながら、山田はそんな事を思っていた。




