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【何を掴もうというのか】

 山田はキャンバスに片ひざを付き、茫然としていた。

「肘だ!レフリー、反則だ!」青コーナーから恋塚が叫び声を上げる。

 当然レフリーも気付いている。レフリーが村上に詰め寄る。

「村上、なぜ肘で打った。反則だぞ」

「すみません、ワザとじゃありません」

「ワザとに決まってんだろ!汚ぇぞ、村上!」恋塚が叫ぶ。

 レフリーが山田の元へ近寄って様子を窺う。

「大丈夫か、山田。立てるか」

 山田は立ち上がろうとした。しかし、足に力が入らない。頭も朦朧としていた。

「山田、大丈夫か」会長の飯島が青コーナーから声を掛ける。

 レフリーは村上をリング中央へ連れて行くと、リングの外に座っているジャッジに向かって、順に減点1を告げていく。村上は殊勝に頭を下げている。

「減点1じゃ生ぬるい!反則負けにしろ!」恋塚が興奮している。

 村上にニュートラルコーナーに行くよう指示をすると、レフリーは再び山田の様子を窺った。山田はゆっくりと立ち上がる。足踏みをしながら自分の体を確かめる。そして虚ろな目つきでニュートラルコーナーの村上を見つめた。

 山田と目が合うと、村上は口元に笑みを浮かべた。そしてあごを上げて山田を見下すような目つきで眺めると、下から手招きをして山田を挑発した。

「あの野郎…、やっぱりワザとだ!レフリー、村上まったく反省してねぇぞ!」恋塚が捲し立てる。山田の頭に血がのぼる。虚ろな目つきが鋭い目つきに変わった。

「やれるか、山田」レフリーが山田に確認する。

「やれます」山田が力強く返事をする。山田は怒りに満ちた表情で村上を睨んでいる。

「ファイ!」レフリーの掛け声で試合が再開される。次の瞬間、山田は怒声を上げながら村上に突進した。

「何舐め腐っとんじゃコラァァアアアアア」山田の声が会場に響き渡る。

 山田がオーバーハンドの右を繰り出す。それをサイドステップを踏んで躱した村上が左のジャブを放つ。ジャブが山田の顔を直撃する。山田はお構いなしに左右のパンチを振るっていく。大振りのパンチだ。

「バカ!山田!パンチがデカい!」青コーナーで恋塚が声を上げる。村上がバックステップで山田のパンチをやり過ごす。山田は距離を詰め、ブンブンとパンチを振り回す。村上はそのパンチをスウェーとヘッドスリップで躱すとワンツーを山田の顔面に叩き込んだ。パンチを喰らいながらも前に出る山田。大振りの左フックと右のパンチを繰り出していく。村上は冷静にそのパンチをかいくぐる。そして的確なパンチを山田の顔面に打ち込んでいく。

「山田!シッカリとガード上げろ!」

「冷静になれ山田!パンチがデカい!力み過ぎだ!」青コーナーで恋塚と飯島が叫んでいる。山田は完全に頭に血がのぼっていた。セコンドの声が届かない。興奮した面持ちでブンブンとパンチを振るっていく。村上のジャブが山田の顔面を捉える。お構いなしにパンチを返す山田。そのパンチも当たらない。村上の右ストレートが炸裂した。面白いように村上のパンチが当たり始める。

「山田!落ち着け!いつものようにガードを上げろ!」恋塚が必死で叫ぶが、山田の動きは変わらない。パンチを喰らいながら、ブンブンと力んだパンチを放ち続けている。村上がステップを踏みながら丁寧に左ジャブで距離を測る。山田のパンチの打ち終わりに右ストレートを放つ。そのパンチが山田のあごを捉える。グラつく山田の体。そしてサイドステップを踏み、再び左ジャブで丁寧に距離を測ると、村上が渾身の右ストレートを叩き込んだ。そのパンチが山田のあごを横から直撃した。首が捻じ切れんばかりの勢いで顔が横に捻じ曲がる。山田の動きが止まる。更に返しの左フックが山田の顔面を正面から捉えた。山田は勢いよく後方に倒れると、そのままキャンバスに後頭部を打ち付けた。会場がどよめく。レフリーは山田の様子を窺うと、躊躇する事なく試合を止めた。村上がガッツポーズを見せる。壮絶なKO劇、山田の敗北の瞬間だった。会場が沸き上がっている。山田は必死に体を起こそうとする。試合が終わった事が分からないのか、何かに捕まるような素振りで拳を前に突き出し、上体を起こそうともがいている。

「山田、大丈夫か!しっかりしろ!」レフリーが山田に声を掛ける。青コーナーから飯島と恋塚が駆けつける。山田はまだ立ち上がろうと必死に体を動かしている。自由の利かない体を動かそうと、必死にもがいている。

「山田!動くな!ジッとしてろ!」

「山田!ジッとしてろ!もう終わったんだ!」飯島と恋塚が山田の体を押さえつける。

「ドクター!」飯島がリングサイドのドクターを呼んだ。

 山田はまだ必死にもがいていた。何が見えているのか、大きく見開かれた両目は焦点が定まらず、何を掴もうというのか、前に突き出された拳は宙を揺れていた。

 その様子を、観客席から勝が見つめている。両手を強く握り締め、体を震わせながら、両目を見開いて山田の姿を見つめていた。その両目から、大粒の涙が零れ落ちた。


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