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【途中で放り投げるくらいなら】

 後楽園ホール。日本フェザー級タイトルマッチは第四ラウンドを迎えていた。序盤、緊張からか、山田の動きは硬かった。どこかぎこちなさが窺える。いつも通りの動きができずにいた。対する村上は落ち着いていた。これが六度目のタイトルマッチだ。村上はいつも通りのボクシングを展開する。ガードを高く掲げ、上体を振って前に出ようとする山田を、村上はシャープな左ジャブと右ストレートで喰い止めた。山田はそのパンチをガードで防ぐものの、ヘッドスリップやウェービングで躱す事ができなかった。いちいちパンチを受け止める分、スムーズに次の攻撃に繋げる事ができずにいた。いつものように距離を潰せない。村上は距離を保つだけではなかった。自ら前に出て山田に打ち合いを挑む。山田のパンチをブロッキングやウェービング、ヘッドスリップでやり過ごすと、山田以上にパンチを放ち、山田の攻撃の目を摘んだ。そして山田にパンチをヒットさせると、山田が打ち返す頃には再び距離を取り、中間距離からジャブやストレートを叩き込む、そんなボクシングを展開していた。主導権は完全に村上が握っていた。

「力むな!体の力を抜け!もっと膝を柔らかく!まともにパンチを受けるな!上体振ってパンチを躱せ!」青コーナーからトレーナーの恋塚が叫ぶ。山田が上体を振りながら前に出る。村上がジャブを放つ。ガードの上からヒットする。すぐに山田が打ち返す。その山田のパンチをかいくぐって村上も前に出る。左のボディから右のストレート、左フックから更に右のストレートを放つ村上。山田は必死にブロッキングで凌ぐ。山田も左ジャブから右ストレートを放つ。そのパンチをブロッキングとヘッドスリップで躱すと左フックから右ストレートへと繋げる村上。左フックはガードしたものの、右ストレートを正面から喰らう山田。しかし山田も怯まない。すぐに左ジャブから右ストレートを打ち返す。それをガードでブロッキングして右ストレートから左フックを打ち込む村上。更に右ストレートから左ボディへと繋げていく。左ボディが山田の体に突き刺さる。山田のガードが下がったところへ左フックを振っていく村上。山田はそれを間一髪ダッキングで躱すが、その後に放った村上の右アッパーが山田のあごを捉える。山田の膝が揺れる。それでも山田はパンチを打ち返す。それをバックステップでやり過ごすと、ジャブを放って村上は再び前に出た。左右のショートストレート四連打、更に左フック、右ストレート、左のボディから右のフック、畳み掛けるようにして連打を繰り出す村上。山田はガードを固めて必死に凌ぐ。山田が右のストレートを打ち返す。ヘッドスリップでそれを躱し、右のストレートをカウンターで叩き込む村上。山田はそれをもろに喰らう。村上は続けて左ボディ、左フック、右フックと連打を放つ。左ボディが山田の体にめり込む。左フックと右のフックは何とかブロッキングで凌ぐ山田。山田はすぐにワンツーを放つが村上は既にバックステップで距離を取り、そこにはいなかった。ジャブを放ちながら距離を詰める山田。そのジャブをパーリングして村上はすぐにジャブを打ち返す。ジャブが山田の顔面にヒットする。お構いなしに山田は前にでる。ワンツーを放つ。ワンをバックステップ、ツーをヘッドスリップで躱して前進すると、村上がタイミングよく右アッパーを放つ。その右アッパーが山田のあごを跳ね上げた。続いて左のフック、ガードで凌ぐ山田。その後の右ストレートが山田の顔面にヒットする。山田の膝が崩れ落ちる。山田は堪らずキャンバスに右ひざを付いていた。ダウン。会場が沸いている。村上が高々と右手を掲げてニュートラルコーナーへと下がっていく。

「強ぇ…」観客席で、後援会会長の小泉が思わず唸る。

「さすが村上健吾。世界を狙えると言われるだけはある」その隣で秦が神妙な顔を見せた。「山田もいつもの動きじゃないな。体が硬い」そう言ってぎこちなく上体を振ってみせる秦。

「…スリー、フォー、ファイブ…」カウントが進む。山田は片ひざを付いたまま動かない。「シックス、セブン、エイト…」ここで山田は立ち上がった。レフリーにファイティングポーズを取って頷いて見せる。

「今のところまだ冷静だな、山田。カウントエイトまで休みやがった」青コーナーで会長の飯島が山田の様子を窺っている。

「ヤバいな。このラウンド、まだ半分以上残ってる」トレーナーの恋塚が不安そうな声を漏らす。

「恋塚。タオルを投げる準備をしておけ」飯島がそう指示しながら恋塚にタオルを手渡す。恋塚はタオルを受け取りながら、言葉を失った。

 試合が再開された。村上は一気に距離を詰めた。山田も下がらない。ガードを固めて前に出る。そのガードの上から連打を浴びせかける村上。山田は耐える。村上のパンチが途切れると、すかさずパンチを打ち返す山田。村上もそのパンチをガードで受け止めてすぐに打ち返す。山田の顔面にパンチがめり込む。さらに右のボディを叩く村上。山田はガードするのが精一杯だ。左フック、右ストレート、左ボディ、右フック、上下に打ち分けられた村上の連打が山田を襲う。最後の右フックが山田の顔面を捉える。レフリーは山田の様子を窺いながら、いつでも両者の間に割って入る準備をしている。村上が右アッパーから左のフックを放つ。当たりは浅いが確実に山田の顔面を捉えている。山田も必死にパンチを打ち返すが、全てガードでブロックされる。そしてワンツーを放つ村上。山田はガードするが、パンチの威力に押され堪らず後退する。距離を詰める村上。左ボディ、左フック、右ストレートと連打を繰り出していく。右ストレートが正面から山田のあごを捉える。グラつく山田の体。レフリーが一瞬試合を止めようとするが、山田が反撃に転じるのを見て躊躇する。山田のパンチは全てブロックされる。しかし、それでも山田は諦めない。打たれても打ち返す、喰らっても前に出た。

「…やっまっだっ!やっまっだっ!」山田コールが沸き起こる。小泉も立ち上がり、必死に山田の名前をコールしていた。秦は小太鼓を叩きながら必死に叫んでいる。

「凌げ山田!クリンチでいいぞ!」青コーナーから恋塚が叫ぶ。山田がワンツーを放つ。バックステップで躱し、転じてすぐさま前に出る村上。ワンツーを返す。山田はブロッキングするがまともに受け止めた為、足が止まる。すかさず左ボディ、右フック、左フック、右ストレートと連打を叩き込む村上。ボディと右フックが山田を捉えた。レフリーが試合を止めようとする。しかし、山田はすぐさまパンチを打ち返す。またしてもレフリーは躊躇する。

「山田の野郎、根性見せるじゃないか。試合を止める判断が難しいな」青コーナーで会長の飯島が、タオルを持つ恋塚の手を掴んだ。

「山田の奴、諦めねぇよ。タオルなんか投げられねぇよ」恋塚が手に持ったタオルを握り締める。

「山田は絶対に諦めない。止めなければ死ぬまでだって戦うぞ。だからこそ俺たちが判断するんだ」その飯島の言葉に、恋塚は息を呑んだ。

 村上の左ジャブをヘッドスリップで躱し、山田が左のアッパーを放つ。軽くあごをかすめる。村上も左右のフックから左ボディへと攻撃を繋げる。ボディが山田の体にめり込んだ。山田のガードが下がる。そこへ左フックを打ち込む村上。その左フックがテンプルを打ち抜く。山田の体が前方に傾く。続けて村上がアッパーを放とうとしたところで山田が村上に抱き付いた。クリンチだ。村上はそれを振り解こうと必死に体動かす。しかし山田は村上の体を放さない。必死にしがみつく。レフリーが割って入った。二人の体が引き離される。そして試合が再開された。

「ラスト十秒!」青コーナーから恋塚が声を上げる。村上がジャブをつく。それをパーリングで払う山田。次の瞬間、村上がワンツーを放って飛び込んでくる。ワンをガードで凌ぎ、ツーをヘッドスリップで躱すと山田がワンツーを打ち返した。足に力が入らないのか、やや手打ちのパンチとなったが村上の顔面を捉えていた。構わず村上は前に出る。右ストレートから左フック、返しの右フック、左のボディブローと繋げていく。ガードで耐え凌ぐ山田。すぐさまワンツーフックと打ち返す。ガードとバックステップでそれを躱す村上。村上はそのまま中間距離からいきなり右ストレートを放つ。それをヘッドスリップで躱して距離を詰める山田。ワンツーから左ボディを叩く。全てガードでブロックして左ジャブを返す村上。そのジャブが山田の顔面にヒットしたところでゴングが鳴った。山田にとって、長い長いラウンドがようやく終わりを告げた。ゼィゼィと息を切らし、ふらつきながら青コーナーへと戻る山田。椅子を出しながら山田のセコンド陣が山田を出迎える。

「よく耐えた、山田」

「山田、大丈夫か」

 山田が椅子に腰を下ろす。

「ゼィゼィ…、会長…、恋塚さん…」山田が二人の顔を仰ぎ見ながら声を絞り出す。

「何だ」飯島が山田の顔に耳を近づける。山田は必死に声を振り絞る。

「ゼィゼィ…、タオル…、投げないでくださいね…ゼィゼィ」

 飯島と恋塚が顔を見合わせる。

「俺、この試合に人生賭けてるんで…、ゼィゼィ…、途中で放り投げるくらいなら…、死んだ方がマシなんで…」

「喋るな、山田。呼吸を整えろ」山田の太ももに氷嚢をあて、山田の体を冷やし始める飯島。恋塚は山田のトランクスのベルト部分を引っ張りながら口を開く。

「よし、試合はここからだぞ。ダウン奪われて硬さが取れたか知らないが、村上のパンチをヘッドスリップで躱せるようになってきてる。上体は常に振って、肩の力を抜いてパンチは小さく速くだ。力むなよ。デカいのはいらない。ガードは絶対に下げるな」

「ダウンして…、力が抜けたんだ…。そしたら、躱せた…」

「山田、喋らなくていい。聞け。村上はここまでハイペースで試合を展開して、後半には必ず落ちる。ここ耐え凌げば必ずチャンスは来る。手数を増やしていけ。単発で終わるな。連打を意識しろ。いつも通りのボクシングを見せてくれ」

 山田はダウンして開き直っていた。これ以上ないくらいのピンチを凌いだ。気持ちで負けなかった。いくらでも打ってこい。どこまでも耐え凌いでやる。ダメージからか、いまいち体に力が入らないが、力なんて、入らないくらいで丁度いい。ガードを高く掲げて、上体を振って前に出る。打たれても打ち返す。パンチは小さく速く。単発で終わらないように連打を心掛ける。相手以上に手数を増やし、自分のペースに持っていく。頭の中で自分のボクシングをお浚いしていた。ダメージはあるが、ようやく自分のボクシングが掴めてきた。ここからだ。ここから本領を発揮してやる。俺のボクシングを、見せてやる。体はボロボロなのに、気合が漲っていた。ピンチには変わりなかった。でも、この状況をどこか楽しんでいる自分がいる。第五ラウンド開始のゴングが鳴った。

「タオル…、投げないでくださいね…」山田は最後に懇願して立ち上がる。飯島と恋塚は再び顔を見合わせた。リング中央まで歩み寄ると、山田はガードを固め、上体を振りながら前進していく。

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