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【ヒーローのまま】

 その山田が今目の前でやられている。三ツ森は不思議な気持ちでその光景を見つめていた。山田がやられている事が不思議だった。三ツ森は山田がやられているところを見た事がない。山田はいつだってヒーローのようにそこに存在した。その山田がやられている。現実味が乏しかった。四人の男たちはいつまでも山田に暴力を振るっている。山田はいつまで経っても反撃しようとはしなかった。ピンクの革ジャンを着た男が、山田の襟首を両手で掴み、何度も山田の腹に膝を喰らわしている。長髪の男、角刈りの男、あご髭の男が代わる代わる山田に蹴りを入れていた。それを見物する人間が周りに集まってきていた。三ツ森はそれらの様子をボーっ眺めている。何一つリアルに感じられなかった。三ツ森はゆっくりと男たちに近付いて行った。まるで夢遊病患者のような足取りで。そしてピンクの革ジャンの男の肩に手を置いた。革ジャンの男が振り向いた。その革ジャンの男の顔面に、右ストレートと左フックをお見舞いした。そして最後に左のボディブローを叩き込んだ。革ジャンの男は苦しそうにその場に倒れ込んだ。

「何だテメェ」長髪の男が声を上げた。その長髪の男の顔面に右のフック、返しの左ボディブロー、間髪入れずに再び右フックを喰らわせると、長髪の男も地面に崩れ落ちた。

「テメェ!」角刈りの男が三ツ森に殴りかかる。そのパンチをヘッドスリップで躱し、三ツ森は右ストレート、左フック、再び右ストレートを男の顔面に叩き込む。あっという間に三人の男が地面に転がっていた。あご髭の男はそれを見て戦意を失っていた。驚いたような顔をしてその場に立ち尽くしている。その男の顔面にパンチを繰り出そうと三ツ森が足を踏み出した瞬間、三ツ森の体に体当たりするようにして山田が止めに入った。

「みっちゃん、警察だ!逃げよう!」そう言って山田は三ツ森の腕を引っ張り、走り出した。三ツ森は辺りの様子を窺った。野次馬はたくさん集まっているようだが、警察の気配は感じなかった。それでも、三ツ森は山田の後に付いて走り出した。

 二人は新宿駅西口にあるビルの麓まで走って逃げた。そこに置いてある椅子に山田は腰を下ろした。三ツ森は膝に両手を付きながら、ゼェゼェと息を切らしている。山田の息は大して乱れていなかった。

「ありがとう、みっちゃん。助かったよ」山田が三ツ森に声を掛ける。三ツ森は息を整えるの必死だ。「いや…、ハァハァ、山ちゃん…、ハァハァ、手出さないから…、ハァハァ、どうしたのかなと思って」何とかかんとか声を絞り出す三ツ森。

「手ぇ出したら…、もうボクシングできなくなるからさ。もうリングに立てなくなるかと思ったら、怖くて手なんか出せなかったよ」山田がしみじみとした口調でそう呟く。三ツ森は合点がいった。山田が手を出さなかったのは、ボクシングができなくなる事が怖かったから。山田が怖かったのは、あんな男たちなんかではなく、ボクシングができなくなる事だった。三ツ森は納得のいく思いで山田の顔に目を向ける。

「怪我は?タイトルマッチ控えてるのに」息を整えながら、三ツ森が心配を口にする。

「あんな攻撃効かねぇよ。大丈夫。心配いらない」山田が気丈に答える。

「山ちゃんは、もうすっかりボクサーだね」三ツ森が感心したように声を漏らす。「それに比べて、俺はどうしようもねぇな」三ツ森はそう続けた。

「何で?みっちゃんだってボクサーじゃん」

「俺はダメだよ。煙草もやめられないし、三分間だって戦えない。手だって、出しちゃったしね」

「みっちゃんはいいんだよ。プロってわけじゃないんだから」

「ダメでしょ。素人殴っちゃ」

「いいんだよ。ある意味プロじゃん、あいつら」山田がそんな事を口にした。あいつらは、ヤクザだったのだろうか。それともただのチンピラか。車は黒塗りのベンツだった。ただのチンピラに手が出せるような車じゃない。ヤクザである可能性は高かった。辺りには、近くの道路を走る車の音だけが響いている。三ツ森は自分の浅はかさと一連の行為を思った。山田はボクシングの事を考えて、暴力を振るわれても決して手を出そうとはしなかった。あんな状況下でも、思慮深く判断を下し、そして耐える事を選択した。自分は何の思慮もなく、途中までただただそれを傍観していた。そして何も考えず、途中から思いっ切り手を出した。手を出したのだって、別に山田を助けようと思ったワケじゃない。山田がやられている事に対して、現実味など欠片もなかった。なぜ自分が急に手を出したのかは分からない。ただ何となく、本当に何も考えずに手を出したのだ。そこには何の思いも、何の覚悟もなかった。それが本当に自分の意思であったのかすら怪しく思える。いつものように、ただ本当に何となく、何も考えずに、行動を起こした。そんな自分に、三ツ森はいつも辟易する。そして人に暴力を振るったのだ。結果的に山田を助けたとはいえ、他に取るべき行動があったはずだ。そこには思慮など欠片もなかった。

「ホント、どうしようもねぇな、俺」三ツ森がため息交じりにそう呟いた。

「俺だってどうしようもねぇよ」三ツ森の言葉を受けて、山田もそんな事を呟く。「ホント、どうしようもねぇな、俺たち」そう口にする山田の声は、どこか寂しげに響いた。

 三ツ森は意外な思いでその言葉を聞いた。山田は本気でそう思っているのだろうか。本気で自分の事をどうしようもないと思っているのだろうか。三ツ森は山田のどこがどうしようもないのかが分からなかった。山田は立派だった。ボクシングを続けるために、男たちの暴力に耐えた。山田のボクシングに対する思いと覚悟が伝わった。山田は今や立派なボクサーだ。何一つ、恥じるところはないように思えた。決してどうしようもなくなんかない。どうしようもないところなんて一つもない。三ツ森はそれを山田に伝えたかった。しかし、何と言っていいか分からず、言葉にする事はできなかった。

「俺は抜けだすぜ、みっちゃん」山田は自分の拳を見つめている。その拳に、三ツ森も目を向けた。山田はもう抜け出している。山田の人生は、もうどうしようもないものではなかった。ボクサーとして、立派に人生を歩んでいる。三ツ森は、山田が誇らしかった。改めて、三ツ森は山田を見直していた。俺も。三ツ森は純粋な気持ちでそう思った。山田は、三ツ森にとって、いつまで経ってもヒーローのままだった。

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