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【イカれてやがるのか?】

 三ツ森は電車に乗っていた。その三ツ森の様子を隣の車両で窺いながら、山田も電車に乗っている。山田は今日、仕事が休みだった為、昼間にジムで練習をこなし、夕方三ツ森のアパートを訪ねるつもりでいた。三ツ森のアパートに近付いた時、三ツ森がちょうどアパートから出てくるのが見えた。どこかへ出かけるようだ。三ツ森が普段どんな所へ出かけているのか興味を抱いた山田は、そのまま三ツ森の跡を尾ける事にした。電車が停まり、終点の新宿駅で電車を降りると、三ツ森は東口へと歩みを進めた。山田も後を追う。そのまま駅を出た三ツ森の跡に尾いていくと、新宿歌舞伎町に辿り着いた。三ツ森は歌舞伎町の中を進んでいく。こんな所に何の用だ?山田は訝しがったが、飲食店にでも入られたら厄介だ。山田は減量中だった。そう思った山田は三ツ森に近付き、早々に声を掛けた。

「みっちゃん」

 三ツ森が振り向く。そして驚いたような顔をして「山ちゃん!」と声を上げた。「何やってんの?こんな所で」と三ツ森が山田に訊ねる。

「それはこっちの台詞。何やってんだよみっちゃん、こんな所で」

「いや、別に…。何って事もないけど…」と三ツ森がしどろもどろに答える。「山ちゃんこそどうしたの?」再度三ツ森が質問すると、「みっちゃんに会いに来たんだよ」と山田が答えた。

「こんな所に?」

「どんな所でもいいよ。みっちゃん電話繋がらねぇし」

「電話?電話なんかきてないよ?」

「みっちゃん携帯代払ってねぇだろ。電話止められてんだよ」

「嘘。マジで?」そう言えば三ツ森は最近携帯代を払った記憶がなかった。携帯なんて滅多にいじらないから止められている事に気付かなかったのだ。だから面接の合否の連絡もなかったのか。三ツ森は合点がいった。

「そうだったのか…。それで、俺に何か用?」三ツ森が質問を重ねる。

「別に用って事もないけど、最近会ってないからさ」

「ああ、そうだね」

「会長も気にかけてたぜ、みっちゃんの事。最近ジムに顔出さないっつって」

「会長が?」三ツ森が意外そうな顔を見せる。

「それと近況報告。俺、村上健吾とタイトルマッチする事になった」

「嘘。マジで?」三ツ森が驚きの声を上げる。

「イカれてるだろ?もうタイトルマッチだぜ?しかも村上健吾と」

「凄いじゃん。こんなに早くタイトルマッチって組めるもんなんだ?」

「村上健吾が俺を指名してきやがったんだよ。断わりゃいいのに、会長も恋塚さんも意気揚々として受けやがった」

「へー」

「どいつもこいつも、こっちの都合なんかお構いなしだ」山田は少しイラつきながら喋っている。

「でも勝てばチャンピオンでしょ?」

「勝てればね。ほとんど無謀なんだよ。今村上健吾に挑戦するなんてのは」山田の口調は強気だが、中身は弱気だった。

「そうなんだ」村上健吾を知らない三ツ森はそれ以上コメントのしようがなかった。

 二人はアテもなく歌舞伎町を歩いている。段々と人通りの少ない方へと歩みを進めていく。

「チケット、買うよ」三ツ森がそう申し出る。

「いいよ。チケット買ったって、どうせ観に来ねぇだろ?みっちゃん」

「……」三ツ森は何も返せなかった。

「それにチケットは売れてるんだよ。お陰様で」

「へー、さすが山ちゃん。人気あるんだ?」

「相手が村上健吾だからな」山田の口調はどこか投げやりだ。

「みっちゃんは?最近何してんの?ジムにも来ないで」

「ん?」三ツ森は何と答えていいのか分からなかった。「一応、転職考えてる…」

「へー。みっちゃんも遂に動く気になったか」

「まだ…、分からないけどね」三ツ森は曖昧に返事をした。

 遠くで車のクラクションの音が聞こえる。そのクラクションの音が近付いてくるようだ。パッパァー。パッパァアー。すぐそこの路地の方から聞こえてきていた。結構なスピードで近付いてくる。パッパァー。パッパッパァーー。

「何だ?」山田がそう言いながら路地へと近付いていく。三ツ森は興味がないのでその場から動かないでいた。パッパァアアー。クラクションを鳴らしながら、なかなかのスピードで車が近付いてくるようだ。人も結構歩いているのに、イカれてやがるのか?三ツ森がそう思っていると、すぐそこまで車の音が近付いていた。パッパッパァー!そして路地から物凄い勢いで車が飛び出してきた。路地を覗きに近付いていた山田目掛けて突っ込んでくる。山田が轢かれる。三ツ森がそう思った瞬間、山田はジャンプして車のボンネットの上に飛び乗った。急ブレーキを踏む車。遅ぇよ。三ツ森は心の中で突っ込みを入れた。キキキィィ!激しいブレーキ音が響き渡る。山田はフロントガラスに体をぶつけるようにして横たわると、そのまま車の上からずり落ちた。車は黒塗りのベンツだ。地面に転がり落ちた山田は驚いたような顔を浮かべながらも、すぐに立ち上がった。大事には至らなかったようだ。三ツ森はホッとした。ベンツの四つのドアが一斉に開く。四人の男たちが降りてくるのが見えた。二十代から三十代のガラの悪そうな男たちだ。そしてベンツの横で突っ立っている山田を取り囲む。一人の男が山田の襟首を両手で掴みながら、「何やっとんじゃコラお前」と凄んだ。男はピンク色の革ジャンを着ていた。「人の車に何してくれてんだコラ」と言ってホスト風の長髪の男が山田の横っ腹を足裏で蹴りつける。山田が襟首を掴んでいる革ジャンの男の両手を振り払う。「何だコラ、やんのか」そう言って角刈りの男が左手で山田の襟首を掴み、右の拳で殴り掛かる。その拳を山田は左腕でガードした。山田の腹に革ジャンの男が膝を入れる。くの字に折れる山田の体。あご髭を生やした男が山田の髪の毛を引っ掴み、そのまま顔面を殴りつける。山田はその拳も右腕を使ってガードした。そのガードの上からガンガン殴りつけてくるあご髭の男。横から蹴りを喰らわす長髪の男。山田は反撃しない。ただただされるがままになっている。山田がやられている。手も出さず、一方的に。三ツ森はそれを不思議そうな顔で眺めていた。革ジャンの男が山田の腹を殴りつける。角刈りの男が山田の太ももを蹴りつけた。山田はまだ手を出さない。されるがままだ。そんな山田の様子を眺めながら、三ツ森は過去に思いを巡らせていた。

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