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【気のせい】

 ボクシングジム。リングでスパーリングが行われている。

「はいラスト一分!」リングサイドからトレーナーの恋塚が叫ぶ。

 ガードを固めた山田が上体を振りながら前進する。対戦相手の選手がワンツーを放つ。ワンをガードでブロックし、ツーをウェービングで躱した山田がコンパクトにワンツーを返す。そのパンチが相手選手の顔面を捉える。相手選手が後方へよろめいた。

「よし、一気に詰めろ!」恋塚が指示を出す。

 山田が一気に距離を詰め、相手選手のガードの上からパンチを叩き込んでいく。相手選手もパンチを返す。それをブロッキング、ダッキングで躱し、左のボディブロー、右のフックと打ち込んでいく山田。山田の右フックが相手選手のこめかみに炸裂する。更に左のボディを叩き込んだところで相手選手がキャンバスに膝をついた。

「はいストップ!」恋塚がスパーリングを止める。

「大丈夫か?川口」会長の飯島がダウンした山田の対戦相手に声を掛ける。

「押忍…」川口は苦しそうに腹を抑えながら肩で息をしている。

 山田が息を切らしながらリングのコーナーに下がる。

「今日のスパーリングはここまでだな」恋塚がそう言いながら山田のグローブを外し始める。「だいぶいいぞ。山田。特にディフェンス力が上がってる。ディフェンスが良くなってるから攻撃までもがスムーズだ」恋塚が山田を褒める。

「村上に通用しますかね」山田が不安そうな口調でそう訊ねる。村上は山田の次の試合の対戦相手、日本フェザー級のチャンピオンだ。

「通用するだろ。もっと自信を持て。疲労も溜まってきてるだろうに、ここまでできれば大したもんだ」恋塚が山田を励ましながら山田のグローブを引っ張って外す。

「調子が上がってるな、山田。その調子でタイトル、取るぞ」飯島が近付いてくる。

「押忍」ヘッドギアを外しながら山田が返事をする。

「ところで山田」飯島が話題を変えるようにそう切り出す。「三ツ森、最近全然顔を出さないけど、あいつ何やってるんだ?」

 キョトンとした表情を浮かべる山田。「みっちゃんですか?そう言えば最近会ってないですね」

 それを聞いた恋塚が、「何で三ツ森の話が出てくるんだよ。どーでもいいだろ、あんな奴」と気に喰わないといった様子で声を上げる。「会長、前から三ツ森にこだわってるけど、何?あいつに何を期待してるわけ?」恋塚が疑問を投げかける。

「いや、別にこだわってるわけじゃないけど」と飯島。

「こだわってないなら何なん?」

「あいつ、いいもの持ってるじゃないか。本気でボクシングに打ち込めば、いい選手になれると思うんだがな」

「まだ言ってんのか。あんな根性なし知るかよ。やる気の欠片も感じられねぇじゃねぇか」

「まあ、それはそうなんだが…。あいつを見てると、何だか放っておけなくてな」

「何で」

「あいつ、何だかいつも寂しそうじゃないか」

「そうか?」

「何とかボクシングで更生させてやれないかと思って」

「更生って、あいつグレてんのかよ」

「まあ、俺の気のせいならそれでいいんだけどな」そう言って腰に手を当て、足元に目を向ける飯島。

「気のせいに決まってんだろ。今は山田に集中しろよ。三ツ森にかまってる暇なんかないっつんだよ」恋塚が毒づく。

「今夜辺り電話してみますよ、俺」と言ってリングを降りる山田。すぐにシャドーボクシングを開始する。

「いいよ、しなくて」と恋塚。

「そうしてみてくれ」と言いながら、飯島は歩み去っていく。

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