【君のような人の方が】
三ツ森はスーツ姿で夜の街を歩いていた。面接の帰り道だった。この日、三ツ森は仕事終わりに企業の面接を受けていた。キャバクラや夜のお店を紹介する雑誌を手掛ける出版社の面接だった。自分が本当にその仕事をやりたいのかは分からない。就職雑誌を見ても興味をそそられるような仕事は見つからなかった。ただ、今の生活から抜け出す為には、何かを変えなければならないと思った。変えられるものがあるとすれば仕事だった。環境を変えれば何かが変わるかも知れない、そんな淡い期待を抱いていた。やりたいと思える仕事が見つからない三ツ森は、キャバクラに自分との接点を見出した。風俗やキャバクラに通う事以外、自分の生活には何もなかった。ボクシングジムにも、もう随分と顔を出していない。社会保険にも加入していないような会社だったが、他に何も見つからないので取り敢えず応募してみる事にした。履歴書と職務経歴書を送ってみたところ、書類選考を通過し、そして今日が面接の日だった。面接の手ごたえはまるでなかった。志望動機すらまともに答えられなかった。キャバクラにはよく行くので、やってみたいと思って…。そんな事しか言えなかった。キャバクラでは何を話すの?そんな質問をされた。いや、テキトーに…、世間話とか…。そんな風にしか答えられなかった。一事が万事そんな感じの受け答えだった。そんなに多くは質問されなかったが、まともに答えられた質問など一つもなかった。面接官はその会社の社長だった。小さな出版社だ。社長はテキトーに質問を切り上げて、会社と仕事の説明を始めた。そして面接の最後にこう言った。いいよいいよ、この仕事はね、君のような人の方が向いてるんだよね。合否の結果は明日電話するから、と。意味が分からなかった。ひょっとして、このまま採用されるのだろうか。そう思えるような最後の言葉だった。だとしたら採用基準が分からない。ひょっとしたら、本当にブラック企業なのかも知れない。常に人手不足で、どんな人でも採用してしまうような会社なのかも知れない。そう思った。そんな会社に入ったとして、果たして自分はやっていけるのだろうか。キャバクラや夜のお店を訪ね歩き、その店の店長や店員に話を聞いて店の紹介記事を書く。そんな仕事が、果たして自分に勤まるのだろうか。不安ばかりが頭をよぎる。自信などまるでなかった。しかし、ビビっていても始まらない。できなければ、できるようになればいい。少しずつでも、できる事を増やしていくしかない。今からでも、少しずつ、成長していくしかない。そうすれば、いつかは自信も芽生えるかも知れない。三ツ森はそんな事を思っていた。それにしても、社長の最後の言葉が気になった。この仕事は君のような人の方が向いてるんだよね。まるで俺の事を知っているのかのような言い草だった。あんな数少ない質問の受け答えで、俺の何が分かるというのだろう。あの社長は俺の事を知っているのだろうか。俺の何を知っているのだろうか。俺の情報が、どこかから漏れている?そんな事あるはずもないのに、三ツ森は薄気味が悪くなった。前にも感じた事だ。俺はやっぱりおかしいのだろうか。これが俗にいう妄想なのだろうか。釈然としない気持ちのまま、三ツ森は自分のアパートに帰り着いた。
翌日、三ツ森の電話は鳴らなかった。誰からも電話は来なかった。三ツ森の電話が鳴る事は滅多にない。これは不採用という事なのだろうか。あの社長は合否を連絡すると言っていた。不採用でも電話がくると認識していたが、俺の勘違いだったのだろうか。でも、どこかホッとした気持ちになった三ツ森はあまり深く考える事もせず、出版社に電話をかけて確認する事もしなかった。




