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【期待】

 ボクシングジム。スポーツバッグを肩にかけ、山田が入口から姿を現す。「こんばんわー。よろしくお願いしまぁす」挨拶をしながら中に入ってくる。

「お、山田、来たか。ちょっと事務室に来い」山田の姿を認めるなり、トレーナーの恋塚が声を掛けた。

「あ、はい」そう返事をしながら、恋塚と一緒に事務室へと向かう山田。事務室では会長の飯島が机の前の椅子に座り、ボクシング雑誌を広げていた。

「お、来たか、山田」飯島が山田の方へ顔を向ける。

「こんばんは」山田が挨拶をする。恋塚は事務室の奥にあった椅子を引き寄せ、飯島の後ろに腰掛けた。山田は入り口付近に突っ立っている。

「昨日発売の拳闘マガジン、見たか?」飯島は山田の方へ体を向けると、山田にそう訊ねた。

「いえ、見てません」山田が答える。

「お前のランキングが七位に認定されたぞ」と言ってランキングが載っているページを山田に差し出す飯島。

「あ、本当ですか?」山田が顔を前に傾け、そのページを覗き込もうとすると、「そこじゃないでしょ、会長」恋塚がそう言って雑誌を取り上げた。雑誌のページをパラパラと捲り始める恋塚。あるページで手を止めると、山田に見えるようにして雑誌を突き出した。

「村上健吾のインタビューが載ってる、読んでみろ」

 山田は雑誌を手に取った。村上健吾は山田と同じ階級、フェザー級の日本チャンピオンだ。日本タイトル四度目の防衛に成功していた。五度防衛に成功したら日本タイトルを返上して東洋を狙う。そう宣言している。世界を狙える日本人期待のホープ、それを踏まえてのインタビューだった。山田は記事を目で追う。村上はインタビューの中で、山田の事についても触れていた。インタビュアーが山田についての質問をしたのだ。

 ―村上選手が四度目の防衛を果たしたのと同じ日、同じ会場の同じリングで、村上選手の後輩にあたる小向選手が、新人王を獲得した山田選手に敗れました。村上選手にとっては残念な出来事だったと思いますが、同じ階級のこの山田選手についてはどう見てますか?今フェザー級で最も勢いのある選手だと思うのですが―

 その質問に村上健吾が答えている。

 ―そうですね。同じ階級の選手という事で、僕も小向と一緒に山田選手の試合のVTRを見ました。確かに勢いはありますね。今は乗りに乗っているという感じがします。でも山田選手のボクシングは現代ボクシングでは通用しないと思います。上に行けば行くほど通用しなくなるんじゃないですかね―

 ―と、言いますと?―

 ―今は打たせずに打つボクシングが主流です。ダメージを残さず、長く勝ち続ける為にも、打たせないという事が重要になってきます。山田選手のボクシングはインファイト一辺倒。打たれるリスクを常に孕んでいる。実際打たれる場面も多い。前に出るだけの単調なボクシングじゃ、今のレベルでは通用するかも知れませんが、上に行けば通用しなくなると思いますよ。世界を狙えるようなスタイルじゃない。小向が負けたのは残念ですが、山田選手のボクシングは僕には通用しないですね。山田選手に打たせる事なく、僕がKOできると確信しています―

 ―自信満々ですね―

 ―そうですね。次タイトルを防衛したら返上して僕は東洋を狙います。東洋ももちろん通過点です。…―

 そこまで読んで顔を上げた山田に、「ムカつくだろ、村上」と恋塚が声を掛ける。「偉そうに人のボクシング否定しやがって」。

「はい…」と答えながら、山田はそこまでムカついていなかった。自分が話題に上がっていてちょっと嬉しくなったくらいだ。それに、村上の言う事にも一理あると山田は思っていた。ボクシングにおいて、打たせないという事は重要だ。ダメージが蓄積すれば必ず体にガタがくる。山田だって打たれたくはない。打たせずに打つボクシングをしたいと考えている。でも、自分は器用なボクサーではない。打たれたくはないが、打たれる事を覚悟して前に出る、距離を潰して打ち合いを挑む、そうやって相手を自分のペースに巻き込んでいくしかないと思っていた。世界を狙えるようなスタイルではないと言われても、自分はこれで狙っていくしかない。どんなスタイルの選手と対戦しても、相手にそのボクシングをさせないボクシング。どんな展開になっても、自分のボクシングを貫くボクシング。インファイトを極めるしかない、そう思っていた。

「今のレベルでは通用するかも知れないけど?山田の対戦相手のレベルが低いとでも言いたいのか。同門の小向やこれまで山田と戦ってきた選手に対しても失礼だろ。何様のつもりでいやがんだか」恋塚が怒りを露わにする。

「ちょっといい気になってるよな」会長の飯島も同調する。

 確かに村上は強かった。くっついて良し、離れて良しのオールラウンダーだ。カウンターもいい。パンチも強い。四度の防衛戦は全てKO勝ち。日本人選手の中では頭が一つ抜けていた。

「次防衛したらタイトル返上しちまうのか。ダメ元で対戦オファー出してみようか。東洋狙うなら山田を倒してから行け、つって」恋塚がそんな事を口走る。山田はそれを他人事のように聞いていた。「まあ、言わせておけばいいんじゃないですか。いずれ対戦する時がきたら、その時は倒せるように頑張りますよ」そう口にしていた。

「呑気だなお前。自分のボクシングがバカにされてんだぞ。もうちょっと頭に来いよ」恋塚がそう言い放つ。「今すぐ対戦させてくださいくらいの事言えないのか?」恋塚の怒りの矛先が山田に向いてきた。

「いや、俺まだ八回戦に上がったばかりですよ…」山田はそんな言い訳を口にする。

「関係ねぇよ」恋塚は腹の虫が納まらないようだ。ひったくるようにして山田の手元から雑誌を奪う。実際山田は、今村上と対戦する気にはなれなかった。今対戦しても、勝てる気がしない。でも上を狙うならいずれは対戦しなければならない選手だ。今は練習でじっくりと腕を磨き、シッカリと成長していきたかった。いずれ対戦する時が来たら、確実に勝てるように。ゆっくりと、しかし確実に階段を上っていきたい、そう考えていた。

「じゃあ俺、練習します」そう言って事務室を出る山田。更衣室へと足を向ける。

「おお、じっくりしごいてやるからな」山田に続いて恋塚も事務室を出る。

「よし、やるか」会長の飯島も事務室から出てきた。

 今の山田は日々が充実していた。それもこれもボクシングのお陰、自分にボクシングを指導してくれる、飯島と恋塚のお陰だった。山田は飯島と恋塚の期待を感じていた。二人の期待に応えられるよう、日々、これまで以上に本気でボクシングに取り組もう。いつかタイトルを取って、恩返しができるように。そして村上を倒し、更に上を目指せるように。そんな決意を、新たにしていた。

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