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【成長】

 後楽園ホール。本日のセミファイナル、日本フェザー級ノンタイトル八回戦、小向竜也vs山田憲太郎の試合が行われていた。リング上の山田の顔は赤味を帯びていた。パンチを受けた痕跡だ。しかし、以前のように腫れあがってはいない。山田はわずか九戦目にして、完全に自分のボクシングを掴もうとしていた。ガードを高く掲げ、上体を振って前に出る。相手との距離をガンガン潰し、中に入って打ち合いに挑む。序盤からそんなボクシングを展開していた。相手は日本ランキング七位の小向竜也。ここまで無敗の若手のホープだ。小向は中間距離を得意とするボクサーだ。これまでの試合では、鋭いジャブで自分の距離を保ちながら、タイミングよく放つ右ストレートと左右の連打で試合をコントールしてきた。しかし、そのパンチを物ともせずに前進してくる山田を前に、小向は次第に自分の距離を保てなくなる。下がったら山田の思う壺だ。小向は打ち合いに応じる作戦に出た。いや、応じるしかなかった。インファイトの乱打戦。しかし、それは山田の距離だった。いつもの山田のパターンだ。小向がジャブの連打と右ストレートを放つ。山田はそれをウェービング、ブロッキングで捌き、すぐさまワンツーを返す。小向がそれをブロッキングし、ガードが上がったところへすかさず左ボディを叩き込む山田。さらに返しの右ボディ。ボディを嫌がった小向がバックステップを踏む。すぐさま距離を詰めようと前進する山田。ジャブ、ジャブ、右ストレート、左フック、右ストレート、小さくコンパクトにパンチを放っていく。

「いいよいいよ!大きいのいらないよ!小さく速く!その調子で行け!」青コーナーからトレーナーの恋塚が指示を飛ばす。

「下がるな小向!回り込め!」赤コーナーからも指示が飛ぶ。

 左フックを放つと同時に、山田の右側へと回り込む小向。山田の体がつんのめる。小向がワン・ツー・フックと三連打を放つ。フックが山田の顔面を捉える。さらにワンツーを繰り出す小向。ワンをブロッキング、ツーをヘッドスリップでかわすと山田も左フック、右ストレートと打ち返す。更にワンツーを叩き込み、相手との距離を詰める山田。山田は止まらない。打たれてもすぐに打ち返し、前に出て相手に距離を作らせない。一進一退の攻防に見えるが、明らかに山田のペースだった。

「…やっまっだっ!やっまっだっ!…」山田コールが巻き起こる。観客席では、山田の職場の先輩、秦が小太鼓を叩きながら声を張り上げていた。

「やっまっだっ!やっまっだっ!」

「…こっむっかいっ!こっむっかいっ!…」小向陣営の応援団も負けじと小向コールを巻き起こす。その声は山田の耳にも届いていた。気分が高まるのが分かる。山田はリズミカルにパンチを放っていく。小さく、速く。セコンドの指示通り、いや、日頃の練習通りの打ち方だ。本当は小さく、速く、強く打ちたいところだが、強くを意識すると力んでしまう。あくまでも小さく、速く、コンパクトにパンチを繰り出すよう心掛けていた。小向のパンチは力んでいた。ペースを乱され、ガンガン前に出てくる山田を押し返そうと、力いっぱいパンチを放っている。自分のペースで戦う山田と、相手のペースに巻き込まれて戦う小向。小向の動きが鈍ってきた。明らかに疲れが出始めている。山田の連打に後退する小向。ロープに詰まる。必死にガードを固めている。そのガードの上からガンガンパンチを浴びせかける山田。小向がアッパーを放つ。それが山田のあごにヒットするが、打たれながらも繰り出した山田の右ストレートが小向の顔面を捉える。更に連打を繰り出す山田。小向も必死に打ち返す。しかしパンチが雑になっている。小向が大振りのフックを繰り出してくる。それをダッキングで躱し、コンパクトに左ジャブを放つと、山田は渾身の右ストレートを繰り出した。小向もパンチを振るっている。その右ストレートがもろにカウンターとなって小向の顔面を捉える。更に左フックが小向のあごを捉えると、小向は前方に体を倒し、そのままキャンバスに崩れ落ちた。ダウン。山田が右手を上げながらニュートラルコーナーに下がる。レフリーが小向の様子を窺うようにキャンバスに膝をつき、そのまま頭上で両手を交差させて試合を止めた。テクニカルノックアウト。山田の勝利の瞬間だ。山田は両手を上げてガッツポーズを決める。

「山田!よくやった!お見事!」

「ナイス!山田!」

 会長の飯島とトレーナーの恋塚がリングに入ってくる。会場が沸いている。観客席では勝が山田の雄姿を見つめていた。いつものように、両手を強く握り締めながら。

「ここまで見事な試合するとは思わなかった」

「成長著しいな、山田」

 恋塚と飯島が山田をタオルでくるみながら感心したように声を漏らす。

「ありがとうございます。お二人のご指導の賜物です」山田は興奮していた。相手は日本ランカーだ。もっと苦戦するかと思っていた。日本ランカー相手に、自分のボクシングが通用した。いや、日本ランカーを凌駕した。信じられない気持ちだった。自分の練習は間違っていなかった。この調子で練習していけば、まだまだ強くなれる。どこまでも勝ち上っていける。山田は確かな手ごたえを胸に、自信を感じていた。自分の成長に、嬉しさが込み上げていた。

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