【独り言】
工場。円盤の分厚い大きな皿の上に細長い直方体の金属をセットし、円盤が乗っている台の下にあるスイッチを押して機械を作動させる三ツ森。三ツ森の仕事は特殊な機械を使って直方体の金属の一面を一ミクロン以内の誤差の平面に磨き上げる事だ。と、それ以上の事は三ツ森にも分からなかった。その金属の名前も、その金属の用途も、何のために一ミクロン以内の誤差の平面を作っているのかも、その金属が何の役に立っているのかも、三ツ森は知らなかった。説明を受けた事があるのかも知れないけど忘れた。興味もなければ知る気もなかった。向上心など欠片もない、ただただ喰いつなぐ為だけの仕事だった。それ以外に働く理由などなかった。作動する機械の前でボーっと突っ立っている三ツ森の元に、同僚の増本が近付いてくる。手に細長い直方体の金属を握りながら。
「あの、昨日、K‐1の試合観ました?」と言って三ツ森に話し掛けてくる。
「ああ、観ましたよ」と言って三ツ森が答える。
「でも僕はボクシングの方が好きなんだよな」と呟くように口にする増本。
「そうなんですか。好きな選手とかいるんですか?」と三ツ森が質問をする。
「プライドもたまに観るけど」質問とは関係のない答えが返ってくる。
「…格闘技が好きなんですか?」再び質問を口にする三ツ森。
「ピーター・アーツが負けちゃったんだよな」質問には答えない増本。
「…まあ…、相手のミルコ・クロコップも強いですからね」
「最近、夜あんまり眠れなくて…」
「……、増本さんがですか?」
「そう言えば来週知らないバンドのコンサート行く事になったんだっけ」
「……、はぁ」
「気分が乗らないんだよな」
「……」三ツ森が黙る。
「あの…、これまだ四ミクロンくらい誤差があるからもう一度研磨しないとダメですね。よろしくお願いします」と手に持っていた金属を三ツ森に渡し、増本が去っていく。その後ろ姿を目で追いながら、「独り言かよ…。俺いらねぇじゃねぇかよ…。何で話しかけてきたんだよ…」と呟く三ツ森。あいつも病んでやがるのか?そんな事を思いながら。




