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【暗澹たる気持ち】

「全日本新人王って…、凄いね」クラウンの助手席に座る三ツ森が、運転席の山田に話し掛ける。夜の街に車で乗り出し、二人でドライブを楽しんでいるところだ。

「日本ランキングにも入ったんでしょ?」と三ツ森が山田に質問する。

「うん」山田は窓の部分に右肘を載せ、右手で頬杖をつきながら左手一本でハンドルを操作している。チラッと横目で三ツ森の顔を窺い、また前を向く山田。三ツ森はそれ以上口を開く様子がない。しばし沈黙が続く中、山田が先に口を開く。

「みっちゃん」

「ん?」返事をする三ツ森。

「何で試合、観に来ないの?」と山田が三ツ森に質問する。「……」三ツ森は無言のまま何も答えない。

「チケット買ってくれるのは有難いけどさ、何で試合観に来ねぇんだよ」と言って三ツ森を問い詰める山田。返答に詰まる三ツ森。「うん…」とだけ言ってまた黙り込む。

 再び沈黙が続く。チラッと横目で三ツ森の顔を窺い、再び口を開く山田。「みっちゃんてさ、普段何考えてんの?」と質問を変えて再度三ツ森に訊ねる。

「……」黙ったままの三ツ森。

「ホント何考えてるのか分からねぇからな、みっちゃんは」半ば呆れたような調子でそう口にする山田。三ツ森は何も答えられなかった。三ツ森自身、自分が何を考えているのかよく分からないのだ。何も考えてないような気もするし、勝手に何かを考えているような気もするが、そこに自分の意思など感じられない。流れるまま、流されるがまま、考えているようで、何も考えてなどいないのだ。何を考えればいいのかすら分からない、考える事がめんどくさい。重症だ。三ツ森はそう思っていた。最近は自分の過去を洗い出そうと考えている。ホームページを使って、色々吐き出そうと考えている。それは自分の意思だった。でもそんな事をして何になるのか、そんな事に本当に意味があるのか、それは三ツ森にも分からなかった。三ツ森は自分を見失っていた。自分が分からなかった。だから自分を分かりたい、自分を掴みたい、その為に、そうする事が必要であると感じただけだ。そして少しでもストレスや苛立ちを発散させるために、色々と吐き出したい、そう思っただけの話だった。でもそんな話を、山田にする気にはとてもなれなかった。

「日本ランキングに入ったって事は、日本タイトルも見えてきたね」気まずさを取り繕う為に、三ツ森はそう言って話題を変えた。

「うん、見えてきた」と山田が答える。

「今のフェザー級の日本チャンピオンって、誰?強いの?」と三ツ森が山田に訊ねる。山田もフェザー級のボクサーだ。

「村上健吾、二十二歳。十三戦全勝十KOのボクサーで、日本タイトルを三度防衛中。正直、強い」山田がチャンピオンの経歴を暗唱する。

「強いんだ?」三ツ森がオウム返しに訊ねる。

「うん、ハッキリ言って超強ぇ。全階級の日本チャンピオンの中でもかなり強い方だと思うよ。正直今の俺じゃ勝てる気がしないね」

「まあまだ新人王戦を戦い終えたばっかだからね。これからでしょ」と励ますような事を口にする三ツ森。

「日本タイトルを五回防衛したら東洋狙うって言ってたから、とっとと日本タイトル返上していなくなってくれねぇかな、と思ってるよ」

「そんなに強いんだ」

「まあいずれは倒さなくちゃならない相手だけどさ、今じゃねぇと思ってる」山田が心境を吐露する。

「そっか、まあ、山ちゃんならいずれ倒せるよ」と三ツ森が軽い口を叩く。すると、「俺の試合観た事もねぇくせに、みっちゃんもテキトーだな」と山田が苦笑する。

 何とも言えない表情になる三ツ森。何も返せなかった。

「みっちゃんも何か見つけないとな」そう言って三ツ森の顔に目を向ける山田。

「いつまでも工場の派遣ってワケにはいかないだろ?」山田が同意を求めるようにそう口にする。

「……」三ツ森は何も答えない。

「みっちゃんも何かないの?やりたい事とか、興味のある事とか」と三ツ森に訊ねる山田。

 三ツ森は考える素振りを見せる。だが、考えるまでもない。やりたい事など何もない。自分が何に興味を示すのか、自分が一番知りたかった。

「俺たちももう二十五だぜ。足掻くなら今しかねぇよ」山田が真剣な表情でそう話す。三ツ森の表情も真顔になる。山田の言う事は尤もだ。三ツ森もそう思っている。だが、自分は何をどう足搔けばいいのかすら分からない。自分のしている事に意味はあるのか、そんな事にすら自信がなかった。山田にはボクシングがある。しかし、自分には何もない。このままじゃいけない事は分かっている。このままじゃマズイ事だけは確かだ。でも、どうすればいいのかが分からない。三ツ森は暗澹たる気持ちを抱えていた。

「ところで、ここどこ?」山田が急に我に返ったような顔をして声を上げる。

「ん?」三ツ森は窓の外に目を向ける。看板を見てみるが、知らない土地の名前が書いてあるばかりだ。知らない道をテキトーに走らせていた為、二人は迷子になっていた。

「道に迷うのはドライブだけで十分だよな。人生で迷いたくねぇよ」そう言いながら、山田はハンドルを大きく回し、来た道Uターンさせる。

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