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【武者震い】

 大手チェーンのラーメン店の店内。まだ昼前のため、客はテーブル席に二組しかいない。ホールでは、黒い制服を着た山田が、客の食べ終わった食器を片づけている。

 入口の鐘が鳴る。「いらっしゃいませ~!」店員の秦が元気よく声を張り上げる。「あ、なんだ。店長か」入ってきたのは店長の小泉だ。小泉は軽く手を上げ、「オッス。お疲れ様」と声を掛けた。秦は四十二歳になるベテランの社員で、小泉は五十三歳、この店の経営を任されている。

「お疲れ様です」皿を両手に持って通り過ぎながら山田が店長の小泉に挨拶をする。山田の顔を見て、慌てた様子で山田に声を掛ける小泉。

「おい、お疲れ様ですじゃないよ、山田。またそんなに顔腫らして。ホールをうろつくなホールを。厨房に入ってろ厨房に」

「厨房にいても俺調理できないんで、できる事少ないんで」山田が立ち止まって応答する。

「そろそろ覚えろよ調理。お前もこの店入っていい加減長いだろ」

「押忍」山田がかしこまって頭を下げる。

「またボクシングか」小泉が訊ねる。

「押忍。勝ちました」

「勝ち負けの問題じゃない。顔の問題だ。そんな顔でホールうろついたら客がビックリするだろ」

「すみません」

「オイ誰か山田に調理教えてやってくれ」小泉が中のスタッフに声を掛けながら厨房に入っていく。

 山田も厨房に入り、下げた皿を食洗器に突っ込んでいく。

「でも店長」秦が厨房の入り口から小泉に声を掛ける「こいつ、東日本の新人王になったんですよ」

「東日本の新人王?」小泉が秦の方を振り返り、オウム返しに訊ねる。

「そうです。次勝てば全日本新人王です。な、山田」秦が山田に話を向ける。

「押忍」山田が短く言葉を返す。

「へー、凄いじゃないか」小泉が感心したような声を漏らす。秦が続ける。

「俺この間チケット買わされて試合観に行ったんですけど、こいつの試合、面白いですよ。超インファイト。絶対下がらないんですよこいつ。壮絶な打ち合いでしたね」

「買わされたって人聞き悪いですよ。頼んだら買ってくれたんじゃないすか秦さん」山田が慌てて口を挟む。

「まあ、買って損はなかった」と秦が満足気に頷く。「店長も一度観に行ったらどうです?山田の試合」と小泉に観戦を勧める秦。

「そうだな。時間が合えば観に行ってみるのもいいな」小泉が話に乗る。

「次勝ったら後援会でも立ち上げて、みんなで山田を応援しましょうよ」秦が他のスタッフにも聞こえるような声で提案を持ち掛ける。

「みんなで応援に行ったら店を閉めてかなくちゃならないじゃないか」と小泉が店長らしい心配を口にする。「でも全日本の新人王になったら後援会作るのも悪くないな」と腕を組む小泉。

「本当ですか?」山田が驚いたような口調で小泉に訊ねる。

「ああ、山田が本気ボクシング頑張ってるなら、こっちも本気で応援したいからな」と小泉が返答する。

「決まりですね」と秦。

「会長はお前な、秦」

「え、マジっすか?店長がやって下さいよ」

「言い出しっぺはお前だろ」

「店長の方が顔広いじゃないすか」

 そんなやり取りを聞きながら、山田は信じられない思いでいた。人生が大きく動こうとしている。全日本新人王になれば、自分にも後援会ができる。たくさんの人に応援してもらえる。人生が、変わり始めている。そんな実感が沸いてきた。ボクシングで人生を変える。それが現実味を帯びてきた。勝ちたい。いや、絶対に勝つ。体が震えていた。自分がにわかに興奮しているのが分かる。全日本新人王決定戦を前に、山田は武者震いが止まらなかった。

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