6.なんてこった!!(2)
目の前に立ち塞がるレッドショルダーと呼ばれる重装甲騎兵たち。その名前の由来は彼らの両肩に装着されている真紅の装甲版から来ていた。
彼らの正体は、今は海の底に沈んじまった俺らの生まれ育ったシュトラウス大公国の東に隣接して存在していた軍事大国、パンゲア帝国の力の象徴であり切り札でもある皇帝直轄の恐ろしいまでに強力な兵団だった。
その総数は未知数ではあるが、選りすぐりの兵で組織されたせいぜい千名程度のエリート部隊だと聞いている。その指揮は、パンゲア帝国南西方面軍ククルカン要塞司令官ハイデン・ハイン将軍が執って居るはずだ。
反乱を起こしたカーン伯爵討伐の時に手を貸してくれたのは、奴の右腕でありオレンジの悪魔とも呼ばれるブライアン・ロジャース中佐の部隊だった。
彼は人としても、兵士としても尊敬に値する立派な男だった。まさに漢だった。
だが、総指揮官であるあの男は別だ。
我が国との国境付近にあるククルカン要塞の司令官であるハイデン・ハイン。奴は昔からいけ好かない奴だ。出来るなら二度とその面は見たくないもんだが、まさかこんな所にまで出張って来てはいねーと思いたいが、レッドショルダーを寄越したって事はそれなりの指揮官が率いているはずだ。ロジャース中佐なら話が早いんだがこいつらの鎧の胸のプレートはオレンジじゃあねえ、真っ黒だ。
真っ黒・・・真っ黒って確か・・・、いやそんな事は有り得ん。レッドショルダーの本隊がこんなへんぴな所に出張って来るなんて有り得ん事だぞ。
もし本隊が来たとなると、指揮官は・・・奴か?
こりゃあ、ちと面倒な事になって来たぞお。どうするよ、どうする?
このまま逃げるか?甲冑を着ていない分こっちの方が逃げ足は間違いなく早い。逃げ切れるだろう。だが、アウラはどうする。
見捨てるか?いや、そんな事は・・・。だが、あいつらと戦いながら探すのは不可能と言っていいだろう。
ざっと見た限りレッドショルダーは三十人はいるんじゃねーか?その後ろには一般の重装甲歩兵がわんさかと居やがる。さすがの俺でも、この人数を相手するのは骨が折れるぞ。
だが、悩んで居る時間はなかった。
「熊のような姿が丸見えだぞ、さっさと出て来い!」
言ってくれるぜ。俺が姿を現わしたらてーへんな事になるんだぜ、いいのかよ。
やれやれ、なんで最近はこんな事ばっかりなんだ?ホント不幸だぜ。
ちっ、しかたがねー、やるっきゃねーか。
俺は意を決して、すっくと・・・ではなく、よろよろと立ち上がった。
そんな俺に連中はとんでもなく失礼な事を言いやがった。
「「「「「「「「熊じゃないぞおお、泥の巨人だああぁっ!!泥のバケモノだああああああぁっ!!」」」」」」」」
なんて言い草だ。バケモノだとおぉ?もう怒ったぞ、話し合いでもしてやろうと思ったが、容赦しねーぞ。
俺は背中の大剣を抜いて奴らと正対した。
もう、どうなっても知らんぞ。
その時だった。突然大きな笑い声が草原に響き渡った。
「わははははははは!!!愉快、愉快!」
この厭味ったらしい声。間違いねー、奴だ。畜生やっぱり来てやがったんか。
「いくらお前が怪物並みに強くてもこの人数のレッドショルダーを相手にしたら無事では済まんと思うぞ。バカな真似は考えん事だ。大人しく投降する事だ」
ちっ、どこまでも神経を逆なでする声だぜ。もうどうなっても知らん!どうあっても奴に一太刀喰らわせん事には収まらん。やってやるっ!!
俺は半分乾き始めた泥を撒き散らしながら物凄い速度で、声のする方向に向かって突撃を掛けた。大剣を振り回しながら。
だが、おかしい。これだけ剣を振っているのに、ただの一合も剣が合わされないなんて事 あるか?
振っても振っても剣は空を斬るばかり、どういう事なんだ?俺の剣筋が見切られているっていうのか?
それに、こいつらヤル気ねーのか?斬りかかると下がるばかりじゃあねーか。どーなってやがる。
その後も力任せに大剣をふりまわしたが、まったく手ごたえが感じられず疲れるばかりだった。
「ちっ、きりがねーぜ」
ん?左手の方が露骨に包囲が甘い?俺を誘ってやがんのか?舐めんなよ。
「上等じゃあねーか。誘いにのってやるぜ!」
俺は、大剣を握り直して、左手に向かって猛ダッシュをかけた。
すると、兵士達が音もなくさっと左右に分かれ、そこには地面に刺した自慢の剣に両手をかけて仁王立ちをする、まごう事の無い奴の姿があった。そう、レッドショルダーの元締めであるハイデン・ハイン、奴だ。
その表情はいつもながらに憎たらしい位に自信に満ちていた。
「てめえぇぇぇっ、こんな所に居やがったか!!なんで、こんな辺境の地にてめーみたいな立場の奴が来てるんだ?ヘマやって左遷でもされたか?」
そんな俺の煽り文句にも、奴は表情一つ変えなかった。逆に、表情を変えたのは俺の方だった。
奴の隣には、今の今まで必死に探していたアウラがちゃっかり立って居るじゃねーかよ。いったいどうなってるんだ?
捕らえられ人質になっているのか?いや、それにしては手も縛られていないし、自由にしているようだが・・・。まさか、裏切ったのか?
「久しいなムスケル。ひとつだけ訂正しておこう。私はお前と違ってヘマはしない。此度は、新たに現れたこの新大陸の調査に赴いたのだ」
冷静に、冷静に、こいつのペースに乗せられちゃいけねー、あくまでもこっちのペースでいくんだ。俺はキッと奴を睨んだ。
「パンゲア帝国南西方面軍ククルカン要塞司令官ハイデン・ハインさんよ。要塞の方は放っておいてもいいのか?」
なんとか奴の平常心を崩そうとするも、奴には全く効かなかった。
「私には優秀な部下が綺羅星の如くいるのでな、心配はいらんよ。それにな、今の役職はパンゲア共和国軍最高司令官である」
「へっ、帝国は辞めたんかよ」
「こちらも色々と訳アリでな」
「そんな最高司令官様がこんな辺境で命でも落としたら大変な事になるんじゃねーのか?」
「ご心配なく。私はむざむざ死ぬつもりはないし、よしんば死んだとしても代わりは育てて有る。何も問題は・・・ない」
「へいへい、そうですかい。で?調査が終わったら・・・どうするつもりだ?」
すると躊躇なく返事が返って来た。
「勿論、我が祖国の所領とする」
それを聞いたとたん、おもわず俺達は吹き出してしまった。
その姿を見てムッとした奴が、面白くない表情で聞いて来た。
「どういうつもりかはわからないが、子供だましの手でこの場をどうにかしようとしても事態は変わらんぞww」
「子供だましだってぇ?」
「違うのか?」
心底不思議そうな表情で聞いて来るので、かわいそうだから少しだけ教えてやる事にした。
「以前、手助けをして貰った恩もあるし、ここは借りは返しておいてやろう。オメー達が全滅する際の状況は責任を持って祖国に伝えてやるから安心しなよ」
「ほう、この状況でまだ我々に勝てると思っているとは、頭が悪いにもほどがあるぞ、ムスケルよ」
まあ、そう思うだろうなぁ。無理も無い。だが、果たして真実を聞いても強気でいられるか、見ものだぜ。
思わず顔がにやけるのが自覚出来たが、そんな俺の態度に疑問を覚えたのか、奴が聞いて来た。
「なにがおかしい?恐怖で気がふれたか?」
これがにやけずにいられるかってんだ。
「どうせオメー達は自滅するんだから俺達は何もする気はねーよ。オメー、この大陸が何でここに出来たかわかっていて、ここを所領にするって言ってるんか?」
「なんだと!?」
「ここはな、この大陸はな、俺達の為にあるお方がわざわざ造ってくれたんだよ。だからオメー達の物にはぜってーにならんよ」
「何を訳の分らんことを言っている?そうやって我々を混乱させようとしても無駄だぞ」
「これだけ言ってもわからんのなら、俺達に気兼ねしねーで、どうぞどうぞ全滅して来てくれて構わんよ。俺は止めないぜ」
どうやら俺の態度に、何かを感じ取ったのか、奴が思案を始めた。ふん、バカではなかったか。
その時、思案顔の奴の隣でずっと黙っていた、隻眼の男が不意に口を開いた。
「そんな与太話で、我々が動揺するとでも思ったか。時間稼ぎにもならないわ」
あー、こいつは奴と違ってバカかもしれん。
「ディック!我々に盾突くような命知らずは、さっさと捻り潰してしまえっ!」
「ははっ」
隻眼の男に指名されて、一歩前に出て来たディックと呼ばれた男は、身長は俺よりもちょっとばかし有りそうではあったが、レッドショルダーではなく、ただの重装甲歩兵だった。俺も舐められたもんだぜ。
「わはは、このディック・アレン様が相手してやるんだ、光栄に思って黄泉の国へ旅立つがよいぞ」
相手の力量も見極められないとは、やっぱりこいつはバカだ。
おい、こんな所で無駄な死人出してもいいのか?止めないでいいのか?俺は奴に視線を送ったが、奴は僅かに頷くだけだった。
そうかい、そうかい、やっちまっても構わねーって事かい。しょうがねーなあ、相手してやるかい。
すると、意外な方向から声が掛かった。
「おかしらぁ、構わないから、かる~く相手してあげてぇ~」
をい、力が抜けるじゃあねーかよ。声の主はあいつの横に立って居るアウラだった。
軽くってなぁ・・・あ、そういう事か。俺が力を示さねーと収拾がつかねーって事かよ。
奴の考えそうなこった。俺がこんな下っ端に負けるはずねーのを知っているくせによ、面倒な事をさせやがるぜ。俺の事をどこまでも舐めてやがるんだ。
いいぜ、やってやろうじゃあねーかよ。
俺は軽く肩を回しつつ、自慢の大剣を・・・構えず鞘に収めた。そして新たに腰に下げていた二本の短剣を両手に持った。
それを見ていたアレンとやらの形相が一段と険しくなったのは言うまでも無かった。
なぜ、言うまでも無いのかは、言うまでも無いだろう。
せっかく怒り狂ってくれているんだ、盛大に煽ってやろうじゃねーか。
「さあ、いいぜ、アレンちゃんだったっけか?相手してやるぜ。掛かって来るがよいぞ。ん?ほれ、ビビってねーで、来な」
ムスケルに煽られて怒り心頭になった重装甲歩兵ディック・アレンは剣を下段に構えて、我を忘れた猪のように正面から突っかかって行った。
対するムスケルは余裕の表情だった。正面から突っ込んで来る相手ほどいなしやすい相手はいないからだ。
ましてや、見るからに格下の突撃が脅威になる訳もなく、ムスケルは構えもせずに立ち尽くすのみだった。
その態度が余計にディック・アレンの怒りを呼び、本来ならもっと思慮深い性格の彼に素人の様な単調な攻撃を選択させてしまっていた。
勝負は一瞬で決まった。
二人が交差した瞬間、甲高い金属音と共にディック・アレンの持っていた大剣が宙を舞っていた。
どすッという音と共に地面に突き刺さった自分の大剣と自分の両手を交互に見て、呆然とするディック・アレンだったが、ムスケルはその姿を見て微笑みさえ浮かべていた。
「そ そんな馬鹿な・・・」
「動きが遅いんだよ、止まっているようだぜ。まあ、そんな鎧を着て居たら、素早くは動けんわな。せっかくの大剣が泣いて居るぞ」
「なにおうっ!」
再び自分の大剣を手に取り、掛かって来ようとしたその時、パンパンパンと手を打つ音が響いた。
音の主は帝国側の最高指揮官であるハイデン・ハインだった。ニコニコと笑顔で拍手をしていたのだ。
「見事だムッキー。相変わらず技が切れているな」
その瞬間、俺の血は沸騰した。
「よせえええぇぇっ!!!その名前で呼ぶんじゃあねー!!何度言ったらわかるんだああ!!今度その呼び方をしたらどうなるかわかっているんだろうなあっ!!」
「知らんなぁwww」
俺の頭はもう臨界点に達して居たのだが、沸騰しきる前にその場の状況が変わったのだった。
みんなが奴に詰め寄ったのだった。
あっけに取られていると、次々に奴に懇願をしだしたのだ。
「次はぜひ自分にやらせて欲しい」と。
レッドショルダーの奴らもその輪に加わっているじゃねーかよ。冗談じゃねーぞ、あんな奴らまとめて来やがったら・・・疲れるじゃねーかよ」
「ははは、みんなで掛かったら、それは弱い者いじめになるぞ。栄光有る我が騎士団は弱い者いじめは認めん。だが、一対一であるなら止めはせんぞwww」
「な 何てこと言いやがる。そこは止めるもんじゃあねーのか?それになんだ?弱い者いじめだとお?誰が弱い物じゃああぁっ!!」
「お おかしら、突っ込むところはそこ?」アウラが呆れているが、今はどうでもいい。
「おいっ!たとえ一対一だろうが、この人数じゃあ不公平じゃねーんか?何考えてやがるよ」
負けるとは思わんが、この人数を相手にすると、流石に半端なく疲れるじゃねーかよ。
なんで、誰も助けにこねーんだ?
俺は、思わずみんなが居るであろう背後の崖の方をチラ見したのだが、あの野郎しっかり見てやがった。
「ほう、あそこにお仲間が居るのだな。お前がこいつらの相手をしないのであれば、部下をあそこに行かせても良いのだぞww」
「な・・・」
「あの、元気なお嬢さんも、あそこにいるのだろうか?再会が楽しみであるなww」
けっ、そのおじょーさんを探しに俺らはここまで来ているんだがな。
「まあいい。まずはお前の与太話とやらを聞いてやろうじゃあないか。こっちに来るといい」
そう言うと、奴はさっと俺に背を向けて歩き出した。
こいつ、背を向けやがったぞ。これはチャンスじゃねーか?
だが、俺の手は自慢の大剣を抜けなかった。奴の背中越しのオーラに気後れでもしたのか、ピクリとも動かなかったんだ。
情けない事だったが、奴の配下に促されるままに後をついて行くしかなかった。
歩き出すと、すぐにアウラが寄って来て小声で話し掛けて来た。
「良かったね、おかしら。話を聞いて貰えそうだよww」
ちっ、なにニコニコしてやがるんだ。これじゃあ、捕虜と同じじゃねーかよ。
その後俺達は奴が幕舎にしている大きなテントに案内される事となった。




