5.なんてこった!!(1)
やっと長いトンネルが終わりを告げて、外の綺麗な空気を腹いっぱい吸えると期待していたのに・・・。
確かに、湿ったくそ熱い空気は終わりを告げようとしていた。やっと地下のモグラ生活が終わりを告げ、そこには美味しい空気と眩しいばかりの広い草原が広がって居る素晴らしい世界が待っているはずだったのだが・・・。
確かに眼下には広い草原が広がってはいたのだが、清々しい空気ではなかった。言ってしまえば、吐き気をもよおすような胸糞悪い空気が広がっていたのだ。
原因は明白だった。眼下には垂直にそそり立つ岩の壁に三方を囲まれたそこそこ広い草原が広がっていたのだが、その向こう端の岩の壁にすがりつくように、ちょっとした集落程度の規模の森が広がって居るのが見えるのだが・・・・。
その森の周囲には、この距離からでも大勢の人族が群れており、どうやら二手に別れて戦っているであろう事がわかる。そして、この胸糞悪い空気の原因があの森の周囲で対峙している糞バカ野郎達のせいだと言う事も明らかだった。
森に籠って抵抗しているのは、おそらく当座俺達が敵認定しているフィレッチアの一派で間違いないだろう。
問題は、森に籠っているフィレッチア派を攻めているもう一方の勢力の方だ。俺達の敵と対峙しているんだから味方なんだろうって?
とんでもねーーっ!!じょーだんじゃねーー!!ふざけんじゃねーー!!バカ言うんじゃねーー!!
いつもいつも敵の敵は味方だなんて論理が通用するとは限らねーんだ。全部ひっくるめて敵だって事もあるんだ、この世の中にはよ。
「おい、引き返してもいいか?」俺は勝ち誇った顔をしている可愛くない小娘に言った。
なんで、又あいつらと顔を突き合わさねーとなんねーんだ?おまけに俺にあいつらと交渉だと?何考えてやがんだ!
そんなの、まっぴらごめんだね。悪いけど、茶番はここまでだ。俺は帰る。
「あらぁ、天下のムスケルさんともあろうお方が、尻尾撒いてお逃げになると?ほほほほほほ、時と言うものは怖いですわねぇ、あの天下にその名を轟かせた『うさぎの手』のお頭でもあるムスケルさんも、寄る年波には敵わなかったとみえますね。今や老いぼれてこんなにも弱気になってしまうとは、嘆かわしいことです」
「ななななななななななんだとおおおおぉっ!!誰が老いぼれただとおおっ!!ふざけるなっ!!俺は老いぼれてなんぞいねーわ!!ただ、あいつに関わり合いになりたくねーだけだ!」
普通、俺が怒鳴れば大概の奴は恐れおののくもんだ。それなのに、それなのに、なんなんだこいつは、顔色ひとつ変えやしねーばかりか、余裕しゃくしゃくじゃーねーかよ。俺は舐められてんのか?
「・・・・・・」
な なんだよ、その目は。黙ってねーでなんか言えよ!おめーは知らねーんだ。あいつに関わるとロクな事がねーって事がよ。
「・・・・・・」
今、眼下の草原でフィレッチア一派と対峙してやがるのは、俺が一番会いたくねー奴だ。間違いね-。肩に真っ赤な肩当を付けたあんな目立つ鎧を着た連中なんて、あいつら以外にありえねー。大陸で最強との呼び声も高い帝国軍の『レッドショルダー』だ。あいつらが来ているって事は・・・奴も居るはずだ。
あいつにだけは会いたくない。だから俺はここから引き返さねばならない。これは自明の理だ。世界共通の認識だ。
葛藤しているムスケルを前に顔色ひとつ変えずに居たアドラーがここで口を開いた。
「お頭は、あの指揮官にお会いしたくないのですよね?」
「おっ、おめー、それが分かっていて、俺に交渉に行けって言ってるのか?根性悪いぞ!」
「過去の私怨で、大勢の味方を危険に曝そうとしているあなたには言われたくありませんわ」
「うぐっ・・・」
なんで、こいつと話をしていると、いつもいつも俺が追い詰められていくんだ?おかしーじゃーねーかよ。
「人生経験の差ですよ」
こいつ、今ボソッと何言った?俺の聞き間違いか?
「どうするんです?逃げるんなら、お帰りはあちらですよ?」
そう言うとこいつは、通路の奥の方を指差した。
「むぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・」
悔しい、悔しいが、今は何も言葉が浮かばない。ちくしょー、ちくしょー、なんなんだー!!何でこんな小娘にいいようにあしらわれなきゃならねーんだ?
「勝負あったねww」
「うん、完敗だねww」
「ぼろぼろやでーww」
「ぐうの音もでないねww」
こいつらぁ、わざと俺に聞こえるように言いやがってえぇ!!
「理想は、フィレッチア派が勝って帝国軍を追い返してくれたら、その後がやり易いのですが、それは無理というものでしょう」
「ま まあそうだな。そもそも、俺以外であいつらとやり合える奴はおらん」
「でしょうね。ですので帝国との交渉はお頭にお任せします。そして、我々としては少しでも楽を・・・でなく、損害は出したくないので、フィレッチア勢の駆逐は帝国にお任せしたいのです」
「お おめー、性格悪くねーか?」
「あらあら、そんなに性格良いと思われていたのでしょうか?光栄ですわww」
ちっ シャルロッテのねーちゃんもたいがいだったが、こいつも悪魔の様な奴だぜ。頭が弱い分シャルロッテの方がマシかもしれん。
「さ、戦いの趨勢は一瞬で決まりますよ。お頭はすぐに支度を整えて交渉に向かってくださいな」
「お おいおい、いきなり交渉ったって何をどう交渉すればいいんだ?」
誰にもわかるように大きく溜息を吐くと、アドラーはムスケルの正面に立ちゆっくりと諭すように話し始めた。
「彼らは何をしにわざわざ海を越えてやって来ているのでしょう?遠足なのですか?」
「あ いや、そんな事はあるめー。探検か・・・いやいや、それは有り得ん。探検なら、奴らの切り札であるレッドショルダーなんか連れては来ないはず。なんらかの方法でここに大陸が出来たの知って、確認と、あわよくば新たな領土の開拓と考えるのが妥当だろうな」
「でしたら、「はいどうぞ」とこの土地を差し上げるので?」
「いや、そうはいかんだろう。やっと避難してきたこの大地をおめおめと差し出す訳にもいくまいよ」
「でしたら、どうしたらいいか、わかりますよね?」
「いやいや、そんな事言ったってなぁ、「はいそうですか」なんて、あいつらが聞いてくれる訳ねーだろうがよ。そんな事ははなから決まり切った事だぞ」
「話し合いで決着がつかないのでしたら、お頭があちらの将軍様と一対一で決闘でもすればよろしいのでは?お頭は日頃から「俺は無敵だー」って仰っていましたよね?あちらの将軍様を倒せば、あちらさんも撤退せざろうえないのでは?」
「いやいやいや、何バカな事言ってんだ!おめーはあいつを知らねーんだ。あいつは化け物なんだぞ、勝てる訳ねーだろうがよ」
「あら、お頭もたいがいですわよww化け物同士、いい闘いになるのでは?一般の兵に大勢損害を出すよりは、どちらが負けても最小の損害で済む訳ですからお得だと思いますよww」
「お得ってなぁ、おめー、人の事何だと思ってんだ?」
「怪物!」
「ゾンビー!」
「未知の生物!」
「てめーーらあぁっ!!」
好き勝手言ってくれちゃってる小娘共と俺の間に割って入ってくれたのは、アウラだった。
「まあまあ、皆さんそれくらいにしましょうね」
おおーっ、さすがアウラだ。小さい頃から可愛がってきただけあるぞ。ちゃんとフォローにはいって・・・
「お頭にだって若干は神経くらいあるんですから、そんなに言ったら傷つきますわよ。一日経てばきれいに忘れるにしてもねww」
んがー。おめーまで・・・。
流石の俺も傷ついたぞ。
だが、そんな中アウラは意外な申し出をしたのだった。
「お頭が暴走しないように私が監視について行きますから、みなさんは不測の事態に備えてくださいよ」
それまではわいわいと騒がしかったのだが、その一言で場は静まった。
「そうね、アウラさんが一緒に行ってくれるのなら安心だわ。危なくなったら、さっさと逃げて来て下さいね」
「お おめーなぁ」
「はい、お頭置いてさっさと逃げて来まーすww」
おい、アウラ!てめー。
「ほなら、うちも一緒に行ったげようかぁ?」
ポーリンだけだぜ、思いやりがあるのはよお。
だが、そんな申し出もアドの一言の元に却下されやがった。
「いいえ、ポーリンさんは大事な戦力です。そんな危険に曝す訳にはいきません。あなたは、ここで守りに就いていてください」
「だってぇ、頑張ってなぁ~ww」
おめーも、もっと抵抗しろやぁ、根性なしめ。
「さあ、お頭、行くわよ。急がないと戦いが終わっちゃうわよ」
もうアウラは行く気満々だったが、そんなに急がなくてもいいだろうが。
「そんなに慌てんでもいいだろう、戦いには参加しねーんだからよお」
主役はゆっくりと登場するもんだろうがよ。
だが、アウラの考えは違って居た。
「駄目ですよ。戦いの混乱に紛れて接近するんですからね。このまま行ったら向こうに着く前に見付かって、面倒な事が増えてしまいますよ」
ううう、そこまでは考えていなかった。
「さ、行きますよ」
アウラはさっさと崖の斜面に造られた道を降りて・・・・行かなかった。
どこからか出して来たロープを目の前の崖から垂らし始めた。
「あの長い斜面の道を降りて行ったら、でかいお頭は間違いなく見つかってしまいます。ロープで最短距離で下に降りますよ」
そう言うと、アウラはするすると降りて行った。ちっ、しかたがねーな。
俺も颯爽とロープにつかまってするすると降り始めたんだが・・・・。
どうして、こいつらと居ると俺って三枚目になっちまうんだ?
ロープに飛び移ったとたん、、、ブチッと俺の目の前で切れやがった。
「あ・・・」
当然俺は落下しちまった。落下しながらあらん限りの言葉で神を罵ろうと思ったんだが、思いつく前に背中から地面に激突してしまった。
思ったよりも低かったのもあるが、どうやら地面が異様に柔らかかったみたいで、俺は半湿地みたいな地面に背中からめり込んでいた。
「助かった・・・のか?」
落ちた衝撃で呼吸が出来なくなったのは一瞬で、さほどダメージがない事に気が付いた。後はこのずぶずぶとした泥から抜け出すだけだった。
みょーにずぶずぶだった為、なかなか抜け出せなくてジタバタしているとアウラが姿勢を低くしたまま駆け寄って来た。
「何やってるんですか?さっさと行きますよ」
さっと身を翻すとアウラは走って行った。あいつ、この泥沼で足を取られないのか?
おっと、そんな事感心している場合じゃなかったな。早くここから抜け出えないといかんな。
俺は身体をやっとの事で反転させうつ伏せになった。まずは四つん這いになって・・・
これが、なかなか難しい。両手を突っ張るとずぶずぶと上半身が沈んで行くし、下半身に体重を移動させると今度は足が沈んで行く。
すったもんだしながらも、なんとかコツを掴み、泥沼地獄から抜け出た。
どうやら崖に近い方が地面が緩く、離れるにしたがって水分が少なくなって地面も固くなっていくようだった。
やっと泥沼から完全に抜け出した頃には、俺は頭のてっぺんから足の先まで全身泥だらけのまるで泥で出来たゴーレムのような異様な見た目になってしまっていた。
だが、今はそんな事を気にしている暇は無かった。アウラの奴帝国軍の陣営に向かって一人で走って行きやがった。急いで後を追わなくちゃえれー事になっちまうぜ。
全身にへばりついた泥がやたら重くて思う様に走れなかったし、姿勢を低くして姿を隠しながら接近しなきゃなんねーから、余計に速度が上がらなかった。
とりあえず帝国兵の話し声が辛うじて聞こえる程度には近づいたのだが・・・アウラはどこだ?
帝国兵はみんなフィレッチアの方に意識を集中・・・してねーじゃねーか。
なんでフル装備の重歩兵達がこっちに向かって横一列で歩いて来るんだ?それもみんな思い思いの武器を構えて。アウラの奴見付かっちまったんか?それとも俺が見付かった?まさかな。
おいおいおい、なんだぁ?横一列から俺を遠巻きに包囲しようとしてねーか?
まずいぞ、事は荒げたくないがこのままじゃあ戦闘突入じゃあねーか。アウラの安否もわからねーし、どうするよ。
ひとまず撤退か?いや、もう囲まれつつあるから撤退は無理か。しかたねー、戦いながらアウラを探すか?
そんな葛藤をしていた俺は、一歩出遅れてしまった。
「そこに居るのはわかっているぞ。大人しく出て来い!」
いきなり見付かった?俺の事か?俺の事だよな。あの人数は厄介だがしかたがねー、戦いながらアウラを探すしかねーか。
「熊のような姿が丸見えだぞ、さっさと出て来い!」
言ってくれるぜ。俺が姿を現わしたらてーへんな事になるんだぜ、いいのかよ。
やれやれ、なんで最近はこんな事ばっかりなんだ?ホント不幸だぜ。
ちっ、しかたがねー、やるっきゃねーか。
俺は意を決して、すっくと・・・ではなく、よろよろと立ち上がった。
そんな俺に連中はとんでもなく失礼な事を言いやがった。
「「「「「「「「熊じゃないぞおお、泥の巨人だああぁっ!!泥のバケモノだああああああぁっ!!」」」」」」」」




