4.要塞の中へ(2)
先頭に居たルー・ガーリックが、驚きとも呆れとも受け取れる不思議な声を上げたので、他の二人は反射的に剣を抜いて戦闘行動に移ろうとした。
「敵か!?ついに出たか?」
だが、声を上げた本人に全く戦おうという気配が無い事に気づいた二人は、ルーの横に並び前方に視線を飛ばした。
最初に異変に気が付いたのは、三人の中で一番若いボッシュだった。
「ムスケル殿、あれは、、、、、あれはまさか」
気の抜けたような声を発したのはボッシュだけではなかった。ムスケルも口をあんぐりとあけて、独り言のように呟いたのだった。
「に く? あれは・・・肉か?何でこんな所に肉が?」
こちらも驚きで口をあんぐりと開けたルーがムスケルのセリフに突っ込みを入れた。
「肉じゃないですよ、あれはおそらく・・・ボア。それもジャイアント・ボアなのでは?」
「ボア?なんで、この大陸にボアがいるんだよ!?俺はそんな事許可しとらんぞ!」
「ムスケル殿の許可は、この際置いておいて、おそらく大陸が沈んだ際に何頭かがこの新大陸に泳ぎ着いたのではないでしょうか?」
ルーはこんな時にも冷静だった。
「ボア・・・アナ様からは、そんな動物が居たとお聞きした事がありましたが、実物は初めて見ました」心底驚きの表情のボッシュだった。
「そうか、お主は新大陸産まれだから、見た事が無いのも当然だな。あれは俺達の主食だったんだ、かつてはな」
「ムスケル殿、主食は麦ですよ。肉は副食ですって」
あくまでも真面目なルーの返しを敢えて無視する様にムスケルは続けた。
「ボアの中でも、ジャイアント・ボアは病気に強くてな、産む子供の数も半端ねーんだ。年に二回十から二十匹くらい産んでくれるんだぜ」
「そ そんなに・・・」
「おおよ、その上成長が早いんだぜ。おまけにあの巨体だ。食べ応えバツグンなんだぜ」
今にも涎を垂らしそうなムスケルだった。
「奴らはその貴重な肉資源を隠して独り占めにしていたって事ですね。我々には肉なんて全く支給されなかったというのに・・・」
プルプルと両手の拳を強く握りしめたルーの目は怒りに燃えていた。
「あの肉があれば、死なずに済んだ子供がどれだけいた事か・・・許すまじ、フィレッチア!」
そうだよな、その気持ち俺にも良くわかるぜ。
「あー、それはそうと、みなさんは何処へ行ったのでしょうか?見た所姿が見当たらないのですが?」
不安そうに周囲を見回すボッシュだったが、広大な草原で視界に入るのは無数に蠢くジャイアント・ボアの群れだけだった。
「確かになぁ、人影らしいものは一切見えねーしなぁ。どうしたもんだろうな」
だだっ広い草原を見渡しながら、俺はため息を吐いた。
「そうですね、どの方向に動いたらいいものか悩みますな」
「ちなみに、この空洞大き過ぎて向こう端まで歩いて行くのも大変そうですね。どうしましょうか?」
こいつら、自分で考えんのか?みんな俺に任せる気かぁ?
「あ・・・・」
不意にボッシュが声を上げた。
「ん?なんだ、どうした?」
前方を凝視したままボッシュが続ける。
「もしかしたら、、、我々は考え違いをしていたのかも」
「どういう事でぃ、何を考え違いしてるっていうんだよ」
「向こう端に行くのが大変なんだったら、無理して行かなければいいんですよ。無理して行こうとするから悩むんです」
「意味がわからんぞ?もっと具体的に言えや」
ニヤッと微笑んだボッシュは俺の後ろを指差した。
「ああ~、そういう事なんですね。ボッシュさんの言いたい事がわかりましたよ。それは盲点でしたね」
「ルー、おめーはわかったって言うんか?」
「ええ、なんとなく。この広大な空間からの出口は向こう端でなくて、今来た方向にあるのでは?と」
俺も振り返って今来た方を見た。
そこには垂直に切り立った壁が一面にそそり立っていて、俺達が入って来た通路の出口が五メートル位高い所に見えている。俺達はその出口を出て、結構急だった斜面を降りて来たのだった。
「ほら、あそこ。この空間は一面に草がびっしりと生えているのに、あそこ、あの所だけ草がまばらです。おそらく、人が頻繁に歩いて居るのではないでしょうか?」
ボッシュの奴、そんな些細な事にまで気が付いたって言うんか?侮れねー野郎だぜ。
草がまばらな所の壁面に近寄ってみると、ひとつ気が付いた事があった。この辺りだけ牧草とは違う毛色の低木が密集して生えていた。
「これは、意図的にこの辺りにだけ植えてありますね。ボアの嫌いな味、もしくは臭いを発しているのではないでしょうか?」
「なんの為にわざわざそんな事をするんでぃ」
「おそらく、ボアにこっちに来て欲しくないとか?ほら、ごらんなさいよ、この付近にだけボアがいないでしょう?」
「言われてみれば、確かにな」
「出口がある証拠だとは思いませんか?」
「確かに・・・」
しばらくその周辺の壁を見ていると、ルーが叫んだ。
「ああ、ほらここです。ここに穴があいてますよ」
そこの壁には、丁度人の腕が入る位の穴があいていた。
「これは手を突っ込めって言う事か?」
俺はおそるおそる・・・いや、堂々と手を突っ込んだ。このムスケル様が恐る恐るなんて有り得ない事だ。
すると、中に紐の様な物の感触があった。
「ん?紐か?これを引っ張ればいいんか?」
俺は紐を引っ張った。すると意外にもするすると手前に引く事が出来た。
やがて、それ以上引けなくなった時、カチッと壁の中で音がして、人が通れる大きさに岩の壁が石の擦れる音とともに手前に開いたのだった。
「おー、こうなってやがったんだな。しゃらくさい真似をしやがるぜ。余計な手間とらせやがって。ちゃんとわかるように『秘密の通路』とでも書いておけよ!」
「みなさんんもここを通っていったんですね」
「そうですね、アドさんが居られますから、簡単にこの扉も見付けられたのでしょうね。さ、急ぎましょう。早くみなさんに追い付かねば」
ボッシュがそう言うと、ルーが剣を片手に真っ先に通路に入って行った。
今度の通路は、別に豪華ではなく土を掘ったままの普通の通路だった。
「ここには貴族は来ねーのか?広さはさっきよりも有るが又薄暗い通路になっちまったぞ」
「この通路は最悪の時の避難用なのか、下働きが日常使用している所なのですかねぇ?あまり貴族様が普段来るようにはみえませんねぇ」
周りをキョロキョロしながら走っているルーに聞いて見た。「おう、おめーが居た頃は、こんな通路なかったんか?」
「ありませんでしたよ。本来の城郭以外にはそんな無駄な構造物など領民の負担になる普請は一切しませんでした。そんな事をする余裕があるのなら領民の為になる普請をしなさいと言うのが領主様の口癖でしたから」
ルーの言葉には、自信と誇りが感じられた。
俺も、大人げねー事だったと後で後悔したが、余計な事を言っちまった。
「そうか。無駄な普請はしねーで、その挙句乗っ取られちまったってわけか。ざまーねーなぁ」
その一言にムッとしたルーの奴が、きっとこっちを睨んできた。
「あんたなぁ~、あんたはご領主様の事を知らないから、そんな事が言えるんだ!ご領主様はなあ・・・」
物凄い剣幕にさすがの俺も、まずったかと咄嗟に訂正しようとした。
「あ、いやあ、悪い、言い過ぎた・・・」
だが、そこでボッシュが俺達の間に入って来た。
「ストップ、仲間内で言い争いをしている時ではないですぞ。なにやら前方がおかしい」
真剣そのもののボッシュの横顔でなにかが起きている事がわかった。
歩みを止め、姿勢を低くしながら前方に神経を集中した。もちろん剣はしっかりと握りしめて咄嗟の事態に備えている事は言うまでもない。
「確かにな。変な殺気が前方から流れて来て居るぞ」俺は前方を見据えながら低い声で呟いたんだが、ルーはまださっきの事を根に持っているようだった。
「変でない殺気なんてものがあるなんて、知りませんでしたなぁ」
明らかに俺に対して嫌味を言っているんだが、そんな事に構っている場合じゃあねーみたいだ。
少しずつ歩を進めていくと、前方からなにやら人の気配がしてきているのがわかってきた。
「前方が明るくなってきていますね。表にでるのでしょうか?」
そうボッシュが呟いた時だった。突然、俺達の前方三メートル程度の床に、一本の矢が飛んで来て刺さったのだ。
誰かに攻撃をされた?そう思った時だった。
通路内に強い声が響いた。
「何者だっ!!名を名乗れっ!!」
名乗れだと?得体の知れない奴に名乗る訳ねーだろうがよ。俺達は通路の隅に身を隠し、息を潜めた。
向こうは人数を増やした気配がした。
「名を名乗れっと言っている!!名乗らんのなら敵とみなし、排除するっ!!」
ほう、排除かい。俺も舐められたもんだぜ。そんなら排除してもらおうじゃあねーかよ。
そう思って立ち上がろうとした時、ルーが左手で俺を制した。
「待って、ここは自分に任せてください」
ん?何か思う事があるのか?そう思っていると、ルーは正体不明の相手に向かって叫んだ。
「肉が食べたい!三人分だ」
お?この非常時に何言ってるんだ?頭がおかしくなったか?
だが、頭がおかしいのは向こうも同じだった。
「肉か?どう調理して欲しい?」返事が返ってきやがったぜ。どうなっているんだ?
その時ルーの横顔がニヤッとしたのを俺は見逃さなかった。
「串に刺してあるのを三本頼む」
おいおい、会話になってるじゃねーかよ。
「大丈夫です。味方です、どうやら追い付いたみたいですね」ホッとしたようにルーが言った。
「野戦食堂へようこそ。ゆっくり入店してくれ」正体不明の相手はそう言って来た。
「さあ、行きましょう。大丈夫ですよ」
そう言うとルーはおもむろに立ち上がって歩き出した。
「ルー・ガーリックだ。ムスケル殿をお連れした」
その言葉は向こうに届いたらしい。
「おー、ガーリック殿か。良くお戻りで」
何人かの兵士が出迎えてくれている。俺もやっと警戒を半分ほど解いて立ち上がった。
「あーっ!お頭だああぁ」
ああ、その声はアウラか。どうやら味方らしいな。俺は警戒を完全に解いた。
駆け寄って来るアウラは、こいつがまだ赤ん坊の頃拾ってやって以来の付き合いだから、ほんとに長い付き合いになる。
「おい、どーなってる、なんでこんな所で立ち止まってるんだ?あいつは見付かったのか?」
あいつとは、もちろん失踪したシャルロッテの事だ。ほんと、めーわくな娘だぜ。
「お嬢は、まだ見つからないんだけど、変な事になっているのよ」
「変なことだと?」
「詳しくはアドちゃんに聞いてくれると話が早いかも」
なんだって言うんだ?前方を見ると、少し先には光が燦々と差し込んで来ている通路の出口と思われるものが見えているが、同行の兵士達は通路からは出ずに通路内に溢れていた。
「やっと出口にまで来たのに、何で出ないでこんな暗闇の中でわしゃわしゃしているんだ?」
そんな俺の質問に、人混みの中から出て来た一人の少女、アドが答えてくれた。
「遅かったのですね」
「そんなこたーどうだっていい。なんでこんな所でたむろしているんだよ?さっさと先に行かねーとだめだろうがよ」
「先に行かないといけないのは分かっているのですがね、ここに来て新たな勢力が現れてしまったのですよ」
「新たな勢力だと?」
「ええ、それで、その勢力のお相手をお頭さんにお願いしようと、ここで立ち止まっていたのですよ」
「チッ、しょーがねーなー、面倒ばかり押し付けやがってよ。そんで?その新たな勢力って言うのは何人なんだ?そもそも人なんか?それとも化け物なんか?」
「そうですね、ある意味化け物に近いと言っても差し支えないともいえますかね。色々なケースが考えられるのですが、敵認定して戦うよりも味方に引き入れた方がリスクが少ないと判断しました。そうなった場合、交渉役はお頭さんが一番最適かと思いお待ちしておりましたww」
「をいをい、何で俺が最適なんだ?有り得んだろうがよ。俺は交渉よりも先頭に立って戦う方が向いて居るんだ。交渉なんてーのは、他の奴に・・・」
だが、この小娘は相も変わらずに顔色一つ変えず、俺に言い寄ってくる。笑顔で。
「ご自分の目でお確かめくだされば、ご自分が最適な交渉相手だと認識出来ることでしょう。さ、出口の所に行って確かめて来てくださいな」
なんなんだ、この自信は。どうして、そこまで断言できるんだ?
しょうがねーんで、俺は兵士を掻き分け掻き分け、その先頭に出た。
どうやら、ここの出口は少し高台にあるようで、眼下にはそこそこ広い平地が広がっていた。
「ほう、こんな所に出るんかい。あの東部要塞の後ろの山を越えた反対側に位置するんだな。良くあんな長いトンネルを掘ったもんだ」
「そんな事に感心していないで、もっと目の前に広がっている状況に目を向けてくださいよ」
「わ わかってるって、前方、前方って、いったい何があるっていうんだよ」
俺は渋々と前方に広がって居る平野を見た。そこは要塞の優に三倍はあると思われる草原だった。
「ん?」その平原は三方を山に囲まれていて、一方、おそらく北側なのだろう、その方向には海?海だよな、海が広がっていた。
左の方を見ると、ドドドドドドと轟音をあげて崖の中腹から水が噴き出していて川を作って海に向かって流れ込んでいた。驚いて見ているとアドが説明してくれた。
「あれは、脱出時に排水の為に山に開けた穴の出口なのでしょうね」
ああ、なるほど、そういう事かあ。又しても地形を変えてしまったのか、あいつらは・・・。
視線を海の方に戻すと、遠く海岸には大型の船が何隻も、いや何十隻もが停泊しているのが見えた。
「あれが、新たな勢力って訳か。んで?船を降りた奴らはどこに・・・?」
今俺達が居るこの岸壁はぐるっと弧を描くように草原を挟んだ向こう側にまで続いて居る。
正面の岸壁の麓にはそこそこの規模の森が広がっていて、上陸して来た第三の勢力の連中は、どうやらその森を囲む様に布陣しているようだった。
「あの森の中に、連中の気を引く何かがいるって事なんだな?」
「正解。恐らく東部要塞を脱出した例の連中が、ここに新たな本拠地を造っていたのでしょう。ほら、森の脇に建物が何棟も見えますでしょ?」
「確かになぁ。連中、こんな所に逃げ出して来ていたんだな」
「ええ。でも彼らにとって不幸だったのは、まだこの新たな拠点は造成半ばで防備が完璧でなかったって所でしょうか?あの様に森の中に逃げ込んでいる所からも推測できますね」
「なるほどな。で?その新たな勢力ってーのは、誰なんでい?」
「ほら・・・あの兵士の鎧」
「あ、あの色、あの鎧は・・・まさか」
そこには、赤い肩当てを装着した見覚えのある鎧を着た兵士が何人も混じっていた。
「あれは・・・」




