3.要塞の中へ(1)
俺達は今、吹き上げて来る熱気、鼻が曲がるような悪臭、薄暗く足元さえおぼつかない廊下、そんな中を俺は汗だくになりながら走っている。
汗で服は体に貼り付いて走りにくいったらありゃしねーぜ。
おまけに、所々濃度が濃い悪臭の塊に突っ込むと目も開けて居られない程の激痛が目を襲う。涙ボロボロなんてもんじゃねー、もし地獄が有るって言うんなら、まさにここが地獄なんじゃねーだろうか。
そんな薄暗い石造りの廊下を、そこかしこに散乱している瓦礫に足をぶつけながら、悲鳴を上げつつも奴の後を必死で追いかけている。
奴とは、聖女のねーちゃんから派遣されて来たらしい護衛の三つ子の末っ子ボッシュの事だ。
別に奴の事が嫌いな訳じゃーねーがよ、どうせならっ絶世の美女と二人っきりで走りたかったぜ。
今、状況がどうなって居るのかは、良くわからねーが、奴の言うには俺が城塞の天井をぶち抜いて何層か下まで落ちたもんで、みんなからはぐれてしまったらしい。
俺が悪いのか?ちげーだろう、運が悪かったんだ。
それで、他の連中に合流する為に、迎えに来た奴とこの不快な廊下を疾走してるってわけだ。
笑えねーだろう。疾走した娘っ子を捜索に来て、俺が失踪しちまって、今、この暗い廊下を疾走してるなんてよお。
しかしよお、なんで奴はこんな薄暗い、それも来た事も無い城塞の中を迷いもせずに走れるんだ?いったいどうなってるんだよ、俺にはさっぱりだぜ。
「次の階段を下に降ります。遅れないで付いて来てくださいね」
「まてまて、上に上がるんじゃあねーのかよ!?」
「この先、廊下が崩れて塞がっているみたいですから、迂回します。さあ、降りますよ」
なんで、そんな先の事までわかるんだ?
「おめー、何でそんな先の事まで分るんだよ!来た事があるんか?」
これは当然な疑問だろう。だが、奴は何でもない事のように返して来た。
「空気の流れですよ。塞がっている所は空気が淀みます。後は、勘ですね」
「勘で娘っ子達の居る方向もわかるって言うのかよ」
「ま、詳しい事はのちほどに。怖くて何かしゃべっていたいのはわかりますが、今はあまりしゃべらない方がいい。しゃべると体力を消耗しますし、この異臭を体内に取り込む事になります。後でどんな反動が来るかわかりませんよ」
「なっ!怖いとはなんだ、怖いとはっ!!この俺様に怖い物なんて・・・」
「はいはいはい、いいですから今はみなさんに合流する事だけ考えて下さいね。遅れるようなら置いて行きますよ」
「!!!!!!!」
なんて生意気な奴だ。この俺に向かって・・・。
それから、ぶつぶつ言いながらも階段を上がったり降りたりを何回か繰り返したムスケル達だったが、突如ホールの様な広い空間に飛び出した。
そのホールは高い天井の四方から光が差し込んで来ていて、今までの薄暗い通路と違って眩いばかりだった。
「どうやら間違いなく皆さんの後を辿ってこれたみたいですね。ほら、あそこ」
ボッシュの指差す方向には通路の入り口と思える扉が三か所見えており、その中の一つの扉が開いていて、その扉の脇には見覚えのある布切れがナイフで壁に刺してあった。
「お、あの布切れは、オメー達が身につけているスカーフと同じじゃあねーのか?」
「ええ、兄の物で間違いありません。一番右の扉ですね。さ、行きましょう」
二人は広いホールを横切り、一つだけ開いていた扉の中へと入って行った。
そこは、今までの通路とはうって変わって明るかった。天上を見ると等間隔に天窓が開いて居て、陽の光と異臭と熱気が降り注いできていた。
「おい、なんだ?この通路。今までの城塞の内部とは全く違って無駄に豪華に造られていねーか?」
見回せば見回すほど武骨な要塞とは似つかわしくない豪華な造りに、呆れたような感想が漏れてしまったが、こいつも同じきもちなんだろう、走る速度は変わらないものの、その横顔には驚きの表情がありありと浮かんでいた。
「なんなんでしょうね、この無駄な装飾は・・・」
俺は呆れたように丁度天井を見上げており、前方に対する警戒が疎かになっていたその時だった。
「なあに、簡単な事ですよ」
突然、前方から声を掛けられたせいで、反射的に急制動をかけたのだが、勢い余ってボッシュの背中に突っ込んでしまい、二人して走って来た速度のままもみ合う様に廊下の床の上を転がってしまった。
「なっ なんなんだ!!」
素早く起き上がって戦闘態勢をとろうとしたその先に居は、一人の男が立って居た。その男とは、俺達にくっ付いて来た護衛の兵士の一人だった。
「これは失礼を致しました。この通路は声が反響しますからな、遠くからお二人の声は聞こえておりましたので、ついお声を掛けてしまいました。ww」
俺達は思わず顔を見合わせてしまったが、今はこんな所で再開を喜んで居る時ではなかった。
「この通路は、貴族が大好きな逃走経路なんですよ。貴族はいつ裏切りがあってもいいように、こうして大金と労働力を大量に投入して自分達の逃げ道を造るものなのです」
「お前はこんな所で何をしているんだ?みんなはもっと先に行ってるんだろうに」
凄む俺に全く怯む事のないこの男はニコニコと微笑みながら返して来た。
「ふふふ、だからですよ。お二人の事ですから心配はないと思うのですが、万が一に備えて自分がここに残ったのですよ。少しでも早く皆さんに合流してほしいものですので」
「どういう事だ」
「ここから先には罠が仕掛けられておりましたので、自分が注意喚起にと思いまして、お待ちしておりました。さ、お話しは後程」
その兵士は、ムスケル達に背を向け通路の奥へと進んで行った。
「ここから先、床の色の薄い所を踏むと・・・」
兵士がそう言った瞬間、俺の足元の床が音もなく下に落ちて行った。
そう言えば俺が踏んで居た床の色・・・薄かったような。
「そういう事はもっと早く言わんかあぁ!」
ボッシュに掴まりながら、辛うじて落ちずに踏み止まったものの、危ない所だった。
「ムスケル殿だから、心配はないかとおもっていたんですけどねぇ」
あ、こいつ、憐れみの目でみやがったな。ちくしょう、歳のせいだとはおもわんぞ、たまたまだったんだ。
よろよろと歩き出したんだが、次の一言でこの兵士に止めを刺されてしまった。
「まさか・・・お歳のせい・・・なんてことはありますまいな?」
「なっ!!」
ちくしょう、畜生っ!あの小娘に会ってから、こんな事ばかりだ。なんなんだよ、もう。
その後、イライラしながら罠地帯を通り過ぎると、又静かな通路に戻っていた。
そう言えば・・・。
「おい、お主、さっき俺の事を知っているような口ぶりだったな?どういう事だ?なんで、こんな賊の頭の事なんて知って居るんだ?」
先ほどまでとは違い早歩き程度まで速度を落としているので、しゃべる余裕があった。
いい機会だと思って聞いて見たんだが、こりゃまた想定外の返事に驚いた。
「何をおしゃっているのだかww。ムスケル殿は聖騎士団の伝説だって自覚はおありなのですかな?聖騎士団に居てムスケル殿の事を知らない者はモグリですな。今でこそ賊に身を落としてはいますが、相変わらず国を救った英雄として語り継がれているのですよ」
「なっ、いったいいつまでそんな事を言って居るんだ。もう、大昔の話しだろうがよ。そんな昔の事なんて忘れた。俺は自由気ままな一人の漢でいたいんだ、それ以上でもそれ以外でもねえ。やりたい事やって、悔いが無く笑って死んで行ければそれでいいんだ。そんな下らねーこと、さっさと忘れちめえ」
俺は吐き捨てるようにそう言ったのだが、ああ、こいつ全然ひとの話し聞いてねーな。おまけに・・・。
「ほう、お前さん、そんな大それたことをしてきたのですか。アナスタシア様がいつも気にかけておられた訳がやっとわかりました。なるほどねぇ~」
「なっ、なんだよお。おめーには関係ねー話しだろうが」
憤慨する俺を無視してボッシュの野郎、この兵士に話しかけやがった。
「そう言えば、今更なのですが、あなたのお名前をお聞きしても?」
その兵士は前方に神経を集中しつつ、前を向いたまま答えた。
「ガーリック、 ルー・ガーリックと申します。以前は騎士団に所属しておりました。今は・・・ご覧の通りの落ち武者でございます」
けっ、何がガーリックだ。臭いそうじゃねーか。
「ムスケル殿、失礼な事を考えてはいけませんよ。ガーリック氏、もしかしてあなたはかつてはそれなりの高い身分だったのでは?」
「ははは、それこそ大昔の話しですよ。今は囚われの身で辛うじて生かして貰っている身の上です。ま、生きて帰れたら又ご領主様にお仕えしたいとは思っておりますが、今は姫さんの捜索に全力を尽くす事だけ考えております」
「ほうほう、シャルロッテ殿の捜索に手を貸して頂けるのは、領主様の妹君だから?」
しばらく考えていたルー・ガーリックはおもむろに口を開いた。
「ま、それもありますね。でもね、本当の理由は・・・。自分にはかつて娘が居りました」
「かつて? ああ、つらい話しでしたら無理に話さなくても宜しいですから」
「いえ、話してしまって、スッキリしたい自分がいるのも事実なのです」
さらにルー・ガーリック氏は話しを続けた。
「あの、大地殻変動で大地が沈んだ時に、生き別れてしまったのです。生きておれば、そう、丁度姫様位の年齢にはなっていたはずです」
「ああ、五十年前にあったと言われた大地殻変動のことですね。私が産まれる前の事なのに、実際に体験をなされた方がいらっしゃるなんて不思議な気持ちです」
「そうですね、できましたら生きて帰って、娘と再会できたらどんなに幸せでしょう。でも、あの大混乱でしたからね、可能性が無いのは分かってはいるんです。あくまでも、夢ですよ。ははは」
おいおい、なんなんだ、こいつら。勝手に盛り上がって、勝手に盛り下がりやがってよ。
「おい、今どんな状況かわかっているんだろうなあ、そんな話しをしている場合じゃねーこと位理解しろよ。命取りになりかねないんだぞ。まあ、どうしても娘を探したいんなら、俺の組織『うさぎの手』が復活したら探してやるから、今は目の前の事に集中しろや」
やべっ、柄にもねー事言っちまったぜ。雰囲気のせいなんだろうな。
「あはは、ムスケル殿の言われる通りですな。今は目の前の事に集中しましょう。それで、今目の前に広がっているこの状況は、どう考えたら良いのでしょう?」
あきれたようなルー・ガーリック氏の言葉に前方を見たムスケル達も呆然と立ち尽くしてしまっていた。
ムスケル達の目の前には、広大な空間が広がっていたのだ。今まで走って来た狭い通路が突然なんの脈略も無く終了し、そこには広大と言ったら広大に失礼な程の巨大な空間が広がっていたのだった。
地中に広がって居るその空間はかつての王都の数十倍はあろうかと思える程の常識はずれな大きさで眼下一面に広がって居るのだった。
※どこぞの星の某東京ドームが二十個以上は入ると思われる規模の空間であった。
三人共しばし呆然としていたのだったのだが、ボッシュがいち早く我に返り、二人に声を掛けた。
「空洞内に降りて行ける道があるようなので、取り敢えず入って見ませんか?ここに居ても始まりませんから」
「そうだな、それしかねーな。敵の姿はここにもねーが、どこへ行きやがったんだ?ここが奴らの逃走経路だったのなら、奴らが居てもおかしくないんじゃねーか?」
「おかしいと言えば、こんな地下空間になんで一面の草原が広がっているのでしょう?」不思議そうにボッシュが呟いた。
「天窓のようなものが天上部に何か所も見えますが、あの光だけで植物が育つのでしょうか?」ルーの疑問ももっともだった。
「あ、あれ。何か動いていませんか?」目ざといボッシュが前方を指差した。
はるか遠方に大量の黒い何物かがゆっくりと動いて居るのが辛うじて見る事が出来た。
「敵か!?ついに出たか?」
俺は自慢の大剣を握りしめたが、どうやら敵ではないようだった。
「ムスケル殿、あれは、、、、、あれはまさか」




