2.新たなる不幸の始まり(2)
ムスケル一行を乗せた空飛ぶ船 (ああ、いまだに正式な名前は決まってはいなかったのですが)はシャルロッテの消息を求めて、再び灼熱地獄に向かって一直線に進んで居た。
激しい熱気、猛烈な異臭、激しい揺れ、それに加えて今度は視界不良・・・いや、視界ゼロ、吹きあがる水蒸気によって目の前が、と言うよりも視界全てが真っ白に閉ざされた中、アンジェラの必死の操艦によって、おそらく要塞に向かって進んでいるはずだった。
アンジェラは舵輪にしがみつきながらも、思う様に操船出来ない事に悲痛な叫びを上げるのだが、一行の頭脳であるアドラーは全然慌てて居なかった。
「このまま直進して下さい。水蒸気は排除します」
甲板上で必死に熱と異臭と激しい揺れに耐えていた乗組員は、何を言って居るんだ?とばかりに一斉に水蒸気の壁の隙間から見え隠れしているアドラーに注目した。
当のアドラーは両手で手摺りに掴まったまま平然と前方を見据えていた。やがて、更なるとんでも発言をしたのだった。
「ポーリンさん、船の舳先に行ってください。急いで」
間違いなくその時全員が驚愕の表情をしていただろうが、一番驚いたのは言われたポーリン本人である事は間違いないだろう。
「い 今何言うたん?」
「いいから急いでください。船がどこかに激突する前に!」
ただならぬアドラーの気配に、ポーリンも這うようにして舳先へと向かった。
「舳先、来たでぇ~、んで、どないしたらええんや?」
ポーリンとしたら、当然の質問だろう。そこへアドラーの指示がとんだ。
「前方に向かってあなたの剣を構えて下さい。その後は何をするかはわかりますね?」
「!!!!!」
一瞬絶句したポーリンだったが、アドラーの指示の意味している事に気が付いたのだろう、直ぐに返事が来た。
「な さよか、この剣で水蒸気の霧を薙ぎはろたらええんやね」
ポーリンにはアドラーの意図している事が上手く伝わったらしい。
俺はその時欄干にしがみついたまま、若者達のする事を見ている事しか出来なかった。
ポーリンは船の舳先に立ち あがる事はできずに、四つん這いのままどこからかもそもそと剣を出して来た。
船の揺れは激しさを増していて、甲板上は目を開けているのも辛いくらいの熱気で充満していた。
やっとのことで剣を出してきたポーリンは、両肘・両膝で身体を支えた姿勢のまま両手で握りしめた剣を前方に差し出した。
そのまま下を向いてしばし動きを止めたポーリン。すると剣がぼおっと光り出し甲板上に驚きとも感嘆ともとれる声が湧きあがった。
「はな、いくでえぇぇ~」
「全力でやったらだめですよお!姐さんみたいに地形を壊してしまうので、軽く、ほんの少しの力でいいんですからねぇぇっ!」
だが、残念ながらアドラーの忠告はポーリンには届いてはいないようだった。
まばゆい光が更に眩しさを増したその瞬間、剣全体からだろうか、まばゆい光の帯のようなものが前方の真っ白な水蒸気の壁に向かってほとばしった。
白い水蒸気の壁は一瞬で四散して一瞬にして前方視界が確保され、前方には岩肌に沿って建造された城塞の姿がくっきりはっきりと現れた。
だが、目に飛び込んで来た映像は先程迄とはなんか感じが違っていた気がしたのだが、視界は直ぐに再び水蒸気の壁で覆われてしいまったのでゆっくりと確認する事は出来なかった。
「アンジェラさん、だいたいの位置はわかりましたねぇ?」
おいおい、一瞬だぞ。判る訳・・・
「はい、大丈夫です。建物の屋上付近に寄せますねぇ~」
おい、本当か?あんな短時間でわかるもんなんか?今の若者は訳がわからねーわ。
「おーい!頼むから後ろの山に激突せんでくれよお」
思わず心の声が出てしまった。
「あら、お頭さんは怖いんですの?意外ですわねぇ」
か かわいくねー娘っ子だぜ。今に始まった事じゃあねーがよ。
「こ 怖くなんかねー!ただ、お前達が怪我しないか心配しただけだ」
できるだけ平静を装って言い返したつもりなんだが、馬鹿にされちまったぜ。
「あらあら、そうなのですね。ふふふふ」
霧で顔が見えないが、絶対にバカにしてるぞ、こいつ。
そんなやりとりをしていると、運転手が声を掛けて来た。
「そろそろ要塞建物の上空に到達しまーす。降りる用意をしてくださーい。気流が激しく荒れ狂っているので長時間は停止してはいられませーん。合図をしましたらさっと降りてくださいねー」
小娘にかまっている暇はなくなったみたいだ。降りる準備だ。
事前に、船の両舷には五本ずつのロープが垂らしてある。このロープを使えば短時間でみんなが降りる事が出来るのだ。
まずは誰かが先にロープの先っちょ迄降りて行って、現在の船の高度を確かめなくてはならない。こういう危険な仕事は当然俺の仕事だな。
俺はロープを握りしめて降りる準備をしたんだが、出鼻をくじかれてしまった。
船の下の方から声がしたのだ。
「もう少し降ろしてくれー!まだ高い~。後五メートルだ」
たしかこの声は三つ子の誰かだな。いつの間に・・・。チッ、俺が出遅れるとは・・・。
だが、俺達のことだ、そう簡単には行くはずも無かった。
後五メートル、この揉みくちゃにされている状況での五メートルは果てしない距離だった。
運転手のねーちゃんはもちろん必死になって操船してくれているのだが、船は上がったり下がったりと、更には右に左へと全くと言って良い程言う事を聞いてくれなかった。
時間だけが無駄に過ぎ去っていくという、俺が一番我慢がならねーシチュエーションに陥っていた。
陥ってしまったからには、後は行動に移すだけだった。
「なにぐずぐずやってんだ!五メートルなんてぇのは誤差範囲だろうがあ!そんなの思い切って飛び降りちまえばいいんだよおおっ!」
そう叫び空中に身を投げ出そうとした瞬間・・・・船は強力な上昇気流でふわっと上空に持ち上げられた。
やべっ、と思ったのだが、もう手遅れだった。体は焦る頭の事など関係なく、飛び降りる方向で動いてしまっていた。足は欄干を力一杯蹴り上げ、手は欄干から手を離し、体は何もない空中へと飛び出してしまっていた。
目の前はミルクの海のような真っ白な水蒸気の雲で覆われていて、一体何メートル落ちれば地面があるのか、全く見当がつかなかった。
瘦せても枯れても俺はムスケルだ。情けなく悲鳴を上げて他人なんぞに聞かせるなんて、俺のプライドにかけてもできねー相談だ。
俺は、涙目のまま何も見えない前方を見据え、迫りくる恐怖と闘った。
そして永遠とも思えた恐怖の時間は突然終わりを告げた。真っ白なミルクの様な視界の中に唐突にそして急速に茶色が広がって来たのだ。おそらく建物の屋上の屋根であろう。
足の裏が固い物に触れた瞬間、激痛は来なかった。それどころか地面を踏みしめた実感も無かった。
そう、硬い物に触れた?その瞬間一瞬の痛みと同時に再び足元の地面が無くなってしまったのだ。
その時は何が何だか分からなかったんだが、どうやら要塞の最上部に着地した瞬間、天井が崩れて瓦礫とともに下の階に崩れ落ちて行ったらしかった。
二階層か三階層を瓦礫と揉みくちゃにされながら落下して行って、今は、落下が止まりどこかの階層で瓦礫に埋もれて上も下もわからない状態でため息を付いて居る。
「なんなんだ。この状態はよお」
暫くは全身が痛くて身動きが出来ないので、じっとしていた。
上を見上げるとまるく穴が開いていて、その先は明るいので、俺はここを落ちて来たのだろう事は何となくわかった。
分らんのは、何で俺ばっかりこんな目にあわにゃあいけねーんだ?って事だな。
運が悪いとかで片づけて欲しくねーな。これはもう呪いと言ってもいいんじゃねーのか?
「ちくしょう、誰がこんな呪いをかけやがった・・・」
少しくらいぼやいたって罰はあたらんだろう。
だが、そんな俺の考えは速攻で否定されてしまった。
周囲にもうもうと舞い上がっていた粉塵はだいぶ収まり、今は静けさを取戻し掛けていたので、俺の独り言を聞きつける事が出来たのだろう。
「大将、これはあんたの後先考えない行動が招いた事だよ。もう少し落ち着きなさいよ」
呆れたとでも言う感じのセリフが前方の薄暗い通路の方から聞こえて来た。
「お おまえは・・・俺ではない」
「何訳の分からない事を言ってるんだ?頭でも打ったのか?俺はボッシュだ。大将が物凄い形相で落ちて行くのを見たから、こうして来てやったんだぜ、感謝しろよ」
「な そんな事誰が頼んだ」
こいつ、あんな視界ゼロの状況で俺の表情まで見てたっていうのか?あの三つ子の末っ子だな。とんでもねー奴だなあ。
「じゃあ、何でこんな所でしょぼくれているんだ? ww」
「ちっ。そんな事より、なんで俺がそっと降りただけで、こんなに石造りの建造物が崩れるんだ?おかしーだろうがよ」
今はとにかく話題を変えたかった。
「ああ、そんな事かね。理由は簡単だよ。あの嬢ちゃんが何やら発射しただろう?原因はあれだよ。射角が甘かったんだろうな、建物の一部を吹き飛ばしていたらしい。最上階もそんなこんなで脆くなっていたんだよ。それがあんたが落ちた辺りだよ」
「ちっ、あれか。どこ狙って撃ってるんだ」
「そう言うなよ。おかげであんたの足が砕けなくて済んだんだろ?感謝しろよ、嬢ちゃんに」
ちっ、これ以上あいつらに借りなんか作れるかよ。冗談じゃねーぜ。
「にしても、あんたの体はいったいどんな造りをしているんだ?よくあそこから落ちて無事だったな。普通は足が折れるって言うか、即死だぞ。あんたの強運さには脱帽だよ」
「けっ、ほっといてくれ」
こいつ、貶してるんだか、褒めてるんだか分らねー奴だな。
「ほれ、身体が何ともないのなら、休んでないでさっさと行くぞ。嬢ちゃん達もみんな下船して周囲の探索を開始している頃だぞ」
「何だと、あの小娘どももあの高さを降りて大丈夫だったのか!?」
化け物なのはあいつらの方じゃあねーか?
「そんな訳ないだろう。あんたが落ちた直後、少しの間風が止んでな、みんなはその隙に安全に降りたんだよww」
「その・・・よ、落ちたって言うのやめてくんねーか。俺は勇気を出して漢らしく降下したんだ。いいか?こ・う・か したんだ。いいな」
「はいはい。さ、行くぞ!漢らしいムスケルさんよ」
なんか、納得がいかないが、この男ボッシュに先導されて半壊した通路に入って行った。考えるのは後でいいだろう、今は行動だ。




