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俺はムスケル、不幸を纏う漢  作者: 黒みゆき


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19.迫りくる脅威(1)

 俺達は夜通し川を下って河口へとやって来た。

 幸い、その後得体の知れない蛮族と思われた連中の追撃は無かった。

 おそらく、泳げないのではないだろうか。

 しばらくは我々の船と並ぶように岸辺を歩いて付いて来ていたが、次第にその数を減らし、河口が見えて来た現在、一匹もその姿は見えなくなっていた。


「ふぅ、やっとあのしつこい連中も諦めてくれたか。ほんと、いい加減にしてほしいぜ」

 結局寝れなかった俺は、舷側の手摺りにもたれながら岸を見ていた。

「さすがのおかしらも、あのしつこい連中には閉口しているみたいですね」

 我らの軍師殿であるアドが隣にやって来たのだが、相変わらず普段通りの平然とした表情だった。

「ああ、もう顔も見たくねーぜ」

「途中、あの伯爵の残党一族が立て籠もっていた山岳要塞を通り過ぎて来ましたが、あそこに住み着いていた蛮族の姿が全然見えませんでしたね」

「ああ、どうせあの黒い上位種連中に滅ぼされたんじゃねーのか?個の能力は上位種の方が圧倒的だったからな、ぶつかったらひとたまりもねーだろうよ」

「ええ、そうでしょうね。今後はあの上位種があの辺りに定着するのでしょうね。生殖能力は未知数ですが、蛮族並でしたら、人族にとってかなりの脅威となるでしょうね」

「だろうな。まあ、泳げないんなら王国の方には攻めて来れねーだろうけどよ」

「そうですね。ただ、この川の水は転移門からもたらされているものなので、転移門が老朽化して海水を流せなくなった時が怖いですね」

「おい、しれっとこえー事言うなよ。本当にそうなったらおしめーだぞ」

「なら、どうしたらいいと?私達に出来る事があるのでしょうか?」

「う・・・・、おめーに判らねーことが、俺なんかの頭でわかる訳ねーじゃねーかよ」

「そこぉ、自慢するところやあれへんでぇww」

 ポーリンまで来やがった。

「王国の方にあの上位種の事を知らせた方がよいのでは?」

 この中ではもっとも常識人のアウラもやって来た。

「そうしたいのも山々なのですが、ご存じの通り今現在私達にその余裕はないんですよ。何事も起きない事を祈るしかありませんね」

「おめー、冷てーな。同じ人族が滅んでもいいって言うんかよ?」

「なんとでも。考えた所で詮無い事ですがら。私達に出来る事は一刻も早く結界を元に戻す事です。あの上位種は川を越えられないとしても、もしワイバーンが一頭飛来しただけで王国は一瞬で終わるんですよ。どの道、万が一の事態になったら、王国はお終いです。そうなる前に、任務を終了させる事が我々に出来る最善策なのではないでしょうか?」

 そう言うと、アドは後甲板の方に歩いて行ってしまった。

 アンジェラの所にでも行くのだろうか。

「ちえっ、いちいち言ってる事が正しいから腹が立つぜ。言い返す事もできやしねーぜ」

「まあまあ、ああ見えても彼女は色々考えているんですよ。冷たいわけじゃあないですから」

 アウラは背中をポンポンと叩いて慰めてくれているが、なんか複雑な心境だぜ。


 周囲が明るくなって来た頃、船は河口へと到着した。

 一応マストには見張りが上がって周囲を監視しているが、今の所何事もないようだ。

 途中、何度か浅瀬に乗り上げたが、我々の船は普通の船ではない。その度に、浮上して浅瀬をなんなく回避してきた。

 河口から海にと出た俺達は、岸に沿って東を目指した。

 しばらく東に進むと、山が迫って来た。

 その辺りは、山裾が真っ直ぐに海中にまで続いて居て、浜は存在していなかった。

 所々が深い入り江になっていて、まるでフィヨルドの様な景観を醸し出していた。

 ある程度進んだら、そのフィヨルドのどれかに船を隠して、徒歩で例のワイバーンに襲われた三方を山に囲まれた平地を目指す予定だった。

 今のこの位置は、おそらく東部要塞の側面辺りなのだろうか。臭い卵の腐ったような臭いの煙が海にまで漂ってきている。


 ハンスが船首付近で遥か前方を身じろぎもせずに凝視していたので、少しからかってやろうかと後ろから近づいた。

「よお、部下が心配か?大陸一の帝国重装甲歩兵様達だ。おめーが鍛えた部下だろ?みんな無事なんじゃねーのか?それとも、部下が信じられんか?ww」

 軽く煽ってやったんだが、なんか反応がねえ。

 煽りがいがねーじゃねーかよ。

 

 その後もハンスの様子は変わらず、上陸までずっと塞ぎ込んでいた。

 そんな彼の様子を見ていた彼の部下達もテンションが上がらず、お通夜のような航海が続いた。

 やがて、上陸に適した入り江を見付け、船はそろそろと入り江に入って行き、全員の協力の元周囲の岩肌にハーケンと言う杭を打ち込み、船体をロープで固定した所で本日の作業は終了した。

 周囲はすでに暗くなり、入り江に至っては周囲よりも暗くなるのが早い為、危険を伴う岩登りは明朝日の出と共に開始される事になった。

 交代で見張りを立てて、食事を摂った後、早目の就寝となったのだ。

 船には、アンジェラとその護衛の為に軽歩兵が五名残る手はずになっている為、見張りは軽歩兵の五名が交代で立つ事になった。


 のだが・・・入り江での宿営は、慎重なアドにしては珍しい失策となったのだった。

 とはいえ、これは結果論であって、仕方のない事ではあったと言える。


 それは、深夜に発覚したのだった。

 入り江の中なので、両岸にそそり立った山肌に邪魔をされて、ダブル満月であるにも拘らず月の光はあまり入って来ず周囲は薄暗かった。

「うおっ!」

 船首で見張りに立って居た一人が、突如叫び声を上げたのだった。

 その後も何やら激しくもみ合う様な息遣いに俺は目を覚ました。

「おう?どうした?」俺はまだ寝惚けた頭で声を掛けたのだが・・・。

「カ カニだっ!ムスケル殿っ、カニでありますっ!」

「なんだ、カニかあ。遊んでねーで、見張りを頼むぜぇ」

 再び寝ようとしたのだが、次の一言で目が醒めた。

「こ こいつぅ、鉄のダガーを切りやがったあぁ!」

「なんだとおぉっ!!」

 がばっと飛び起きたその視線の先には、犬程の大きさのカニ? と、向かい合った兵士の姿があった。

 驚いた事に、その兵士が持っていたダガーはつかから先が無くなっている感じだった。

「おい、なんだそいつは?」

 俺は抱いて寝ていた大剣をおもむろに抜いて、その兵士の元に歩いて行った。

「だからぁ、カニですってぇ・・・たぶん」

 困惑した声が返って来たが、困惑したのは俺もだった。

「カニって・・・もっと可愛くねーか?それに、その剣はどうしたんだ?」

「カニが登って来たんで、突っついたら、ハサミでスパッと斬られたんでさあ」

「ミスリルが斬られただと?」

「いえ、鉄の方のダガーです」

「ミスリルのはどうした?」

「あ あのお、落としたら大変なので、鉄製のを持っていたんです」

「そ そうか・・・にしても、鉄を斬るなんて、とんでもねー野郎だなぁ」

 思わず感心してしまったのだが・・・。

「あ、こいつ、タマゴを持っているのでメスかと・・・」

 俺は力が抜けそうになったが、しかたがない事だろう。

「よし、今度は俺がデートを申し込んでやろうじゃねーか。おめーは下がっておれ」

 そう言うと、俺は新しく相棒になったアダマンタイトの大剣を握りしめてカニの前に立った。

「さあ、何をして遊んでくれるのかなぁ?カニの姉ーちゃんよ」

「あ 卵を持っているので、お母さんでは?人妻、いやカニ妻かと・・・」

 あーっ、どこまでやる気を削いでくれるんだ?こいつは。

「あ、来ます」

 反射的にカニの方に振り返るとカニの母ーちゃんがハサミを振り上げて向かって来るところだった。

 俺は大剣を真上から一気に降り下ろした。

「防げるもんなら、防いでみやがれっ!!」


 だが、俺は降り下ろしたままの姿勢で固まってしまった。

 俺の大剣は奴の振り上げたハサミに半ばまで食い込んで止まってしまっていたのだ。

 どうなってやがんだ?そんなに硬いって言うんか、こいつの外骨格は・・・。

 アダマンタイトより硬い生物なんて、聞いた事ねーぞ。


「いや、お主の剣の腕が未熟なのだよ」

 いつのまにか起きて来たハンスに剣の腕をけなされてしまった。

「じゃー、おめーがやって見ろよ!」

 俺は、剣が刺さったままカニごとぐいっと持ち上げ、ハンスの方に向き直った。

 ニヤッと笑ったハンスがおもむろに持っていた大剣を下から上に払い上げた。

 驚いた事にカニは真っ二つにされて半身だけ甲板上に転がっていた。

「剣とは、こう使うのだよ。ムスケル君」

「むむむむむ・・・」

 ちくしょう~、むかつく~。


「将軍閣下?あまり苛めたら可哀想ですよ。おかしら?そのカニはハサミが異常に硬いんですよ、斬るのならハサミを避けて斬るのが正解なんですよ、将軍閣下みたいにね」

 毎度ながらなんで、アドはこうも何でも知ってやがるんだ?

「おめー、知ってやがったんか?このカニ」

「昔、何かの文献で読んだ事があるだけですよ。見たのは初めてですけどね」

 おめー、本当は何歳なんだ?


 ふと周りを見ると、起きて来た兵士達がカニと格闘していた。アドのアドバイスを聞いたのか、みんなハサミを避けてがんがん斬り込んでいっている。

 ハサミさえ外せば、本体はミスリルの敵ではなく、次々に切り刻まれてあっという間にカニは退治されてしまった。

 又やって来ても、今度は楽に倒せるだろう。

 さて、もう一回寝るか、と思っていたら、なにやら甲板上が騒がしい。騒ぎの主はアウラだったようだ。

「ねー、アドちゃん。このカニ食べられるの?」

 こいつら・・・食い気ばっかりかい。太るぞ。

「食べても大丈夫よ。甲羅は鍋になるから、海水を汲んで茹でガニにすると美味しいわよー」

 それを聞くやいなや、そこかしこでカニの解体ショーが始まり、やがてカニパーティへと変わって行った。

 おいおい、明日は朝早いんだぞ。大丈夫なのかぁ?

 と、心配したものの、俺も気が付いたらカニを頬張っていたなんてのは、ご愛敬だ。

 当然の事だが、気が付いた時には、周囲はうっすらと明るくなってきていた。


 俺達は休憩もそこそこに出発する事になった。

 一列になって垂直に近い崖のような山肌を両手でしっかりとホールドしながら張り付くように進んで行った。

 その時になって、一部の兵士が妙な盾を背中にしょっているのに気が付いた。

「おい、何だそれは?妙な形をしていねーか?」

「ああ、これはあのカニの甲羅を切り取って盾にしたんですよ。鋼の盾より軽くて丈夫なんですよ。見た目はアレですけどね~ww」

 みんな必死に崖に掴まりながらも、うんうんと頷いている。

 なんだかなぁ、まぁいいけどよ。


 それから平らな場所を見付けては休憩しつつ二時間ほど進むと、急に前方がひらけてきた。

 そこは、俺達が帝国軍と最初に出会った草原のようだった。

 その証拠に、遥か彼方の波打ち際には破壊されたり燃やされたりした大型の軍船が多数放置されていた。

「おい、あのゴロゴロ転がって居る船の残骸は、おめーら帝国の軍船じゃねーのか?」

「うむ、そのようだな。ここは、あのワイバーンに襲われた草原なのだな?」

「ああ、間違いないな。見た感じ生き残りは見当たらないようだが、どうするよ?」

「なんとか探してやりたいが、我々には頼まれた仕事がある。まずは任務を全うしようじゃないか」

「そうだな。仕事をこなしながら助けられる者がいたら救出してやろうじゃねーか。おいっ、軍師。どうする?」

 そう言い、軍師であるアドの方に一歩踏み出したその前方に すとっ と僅かな音を立てて地面に矢が刺さった。


「なにぃっ!」


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