17.やっかいな旅路(2)
アンジェラの精神力の消耗を防ぐ為と、もう一つ、帝国兵達の嘔吐祭りを避ける為に、船は本来の姿である水上船として塩の川を海に向けてゆっくりと下っていた。
川を下っているとはいえ、それなりに揺れているはずなのだが、帝国兵の連中は全然余裕の雰囲気で楽しそうに会話に夢中になっていたり、欄干にもたれて川を見ていたりと、船旅を満喫しているようだった。
さっきまでのあの醜態は一体何だったんだ?ワイバーンを刺激しないように低空を飛んだのがいけなかったのだろうか?確かに変な揺れ方していたもんなぁ、俺は平気だけどな。
ま、多少時間がかかっても、臭いよりはましだ。うんうん。
川幅は川を下るに従って、普通の河川みたいにどんどん広くなってきていて、流れも緩やかになってきている・・・はずなんだが、上流を航行している時のように不自然に速度が早いのは、アンジェラが人知れず頑張ってくれているお陰なのだろう。
しかし、転移を始めてから早や五十年、その間一回も途切れる事無く膨大な量の海水を吐き出し続けている転移門、タフな事この上ないと言えるのではないか。
マストの上には、帝国兵達が率先して対空監視の為に詰めてくれている。醜態を曝してしまった事に対する罪滅ぼしなのか、ただ単に眺めが良いマストに登りたかっただけなのかはわからないが、大変助かっている。
平和な川下りは日没まで続いた。
次第に暮れて行く空を、しばらく見上げていた今パーティーの頭脳であるアド。このまま河口部に突入するか、安全策を取って一旦近くの岸で停泊して夜明かしをするか迷っていたのだが。
「おかしら、今夜は川の中央部にある砂州に乗り上げて、そこで野営をしようと思います」
「ん?いつもみたいに、川岸に接岸するんじゃねーのか?」
「この辺りは、例の伯爵の残党が籠っていた山が近いじゃないですか?」
「ああー、あの辺りは蛮族が出たっけな」
「ええ、まだ少し先ではあるのおですが、用心の為です」
「いいんじゃねーか?まあ蛮族なんかよ、何匹来たって怖かねーぜ。いざって時はまかせろよ」
「ええ、期待してますよ」
そう言うとアドは後部甲板の方に歩いて行った。帝国兵に見張りを頼むのだろう。まあ蛮族は帝国兵にはちょーどいい相手だろうて。
俺が出張る必要もないだろうから・・・・寝る。
俺は前部甲板で、身体を丸めて寝る事にした。
ああ、飯か?飯なら、さっき干し肉をあてに酒をかっ喰らったから、いらねー。
その夜。
船は塩の川の中央部分にある浅瀬に乗り上げて停泊していた。
乗組員は、思い思いの場所で睡眠をとっていた。起きているのは、周囲に散っている警戒担当だけだった。
川の流れる音もほとんどしない静かな中州に、突如何者かが争う物音、正確には激しい息遣いと金属同士のぶつかり合う音が響き渡ったのは、まだ真夜中前だった。
ガサガサガサ
「ナニ奴っ!」
キーン!
「おっと!」
キーン!
ガキッ!
「むっ!てきしゅーっ!敵襲だあっ!!起きろお~っ!!」
突如の遭遇戦は、中州で警戒をしていた二名の重装甲歩兵の所でほぼ同時に発生した。
今宵は天空に浮かぶ二つの月が共に満月になるという二重満月の夜なので、戦うにはそれほど困らなかったのだが、正体不明の相手の腕力に次第に追い詰められてきている重装甲歩兵達だった。
二人の声とただならぬ気配に飛び起きた他の重装甲歩兵達も次々にロープを伝い中州に降り立ち、仲間の支援に駆けつけた。
「大丈夫かあっ、何が襲ってきてるんだ?」
「わからんっ!大きさは人族よりもやや大きいんだが、こいつらやけに力が強いぞ、気を付けろ」
「ううむ、確かにワイルドベアーとやり合っているみたいな力の感じだが、こいつらもっと細いぞ」
俺は中州での遭遇戦がどんどん拡大していく様子を船の甲板上で観察していたのだが、すぐに飛び込んで行っていいものか思案していた。
「どうした?おぬしが黙って見ているだけなんて、明日は雪が降るんじゃないのか?」
嫌味な事を言って来やがるのは、もちろん帝国の将軍のハンスだ。
「ふん、俺だってちゃーんと考えて居るんだ」
「ほう、どう考えているのかな?」
「ここで、未知の敵と帝国兵が潰し合ってくれれば万々歳だなーんて事は思っても言わんが、何かおかしいんだ」
「しっかり言ってるじゃないか。何がおかしいと言うのだ?」
「何かはわからん。わからんが、何かが語りかけてくるんだ、まだ待て、もっと広く周囲を見ろってな」
「ほう、おぬしのそういう勘は、昔から妙に当たるからなぁ、ここは部下を信じて任せるか・・・」
その時だった。俺の勘が正しいと証明されたのは。
「何か登ってくるぞーっ!!」
叫んでいたのは、中州とは反対で川側を見ていた帝国の軽歩兵だった。
反射的に叫んだ軽歩兵の元に駆け寄ると、丁度舷側の手摺りから未知の攻撃者がその姿を現した所だった。
その姿は、人族よりもやや大きく、だがワイルドベアーみたいに毛むくじゃらではない細身の感じだった。
頭の形状も表現しずらい不思議な見た事もない感じで、表面は光沢がある感じだった。
俺は反射的に持っていた剣でその怪物にたすき掛けに斬りかかった。
よしっ、真っ二つだ!と思った瞬間、高い金属音と共に俺の剣が跳ね返された。斬りつけた感触も、生き物に切りつけた感触は全くなく、まるで鉄の塊に斬りつけたかのようだった。
感覚的には、ワイバーンに切りつけた時の感触よりも金属寄りの硬さと言っていいだろう。
さらに驚いた事に、俺が握っていた剣が、真ん中から真っ二つに折れていたのだった。真っ二つになったのは、俺の剣の方だなんて呆然としてしまった。
それに対して、奴の体には目立った傷はないときてやがる。ちっ、どうなってやがんだ?
呆然としていると、不意に後から肩を掴まれ、声を掛けられた。
「何やってるんだ、せっかく素晴らしい剣を貰ったのに、なに古い剣なんか持ってるんだ?じゃまだから下がっていろ」
それは、帝国の将軍だった。そして彼の手には黒光りしている貰ったばかりのアダマンタイト製の大剣が握られていた。
「ふふふ、我が新しい大剣の初陣がこんなに早く訪れるとはな。どんな切れ味か、楽しみだ」
こいつ、本当に笑っていやがる。戦いバカとはこいつの事だな。まぁゆっくりその腕前を見せてもらおうじゃないか。
と、思っていたのだが、奴が剣をなにげに降り下ろすと、謎の生き物は真っ二つになっていた。
「ど どういう事だ?」俺が啞然としていると、奴はいきなり笑い出した。
「わははははは、なんと言う切れ味!さすが伝説級の剣だ。すばらしい!すばらしいではないか!」
だめだ、完全に陶酔しきっちゃっているぞ。
「おい、他にも上って来ている奴がいるぞ。お前の部下達がピンチだぞ、いいのか?」
流石に、俺の言葉に我に返ったハンスは新しい相棒であるアダマンタイトの大剣を振り上げると、後部甲板に向かって走って行った。
俺も甲板の端に置いてあった、俺用のアダマンタイト製の大剣を手に取り、化け物の追い落としに行こうと一歩を踏み出した時、不意に裾を掴まれた。
それはアドだった。
「おい、何するんだ。早く手伝いに行かないと・・・」
「おかしら、今、非常に状況が良くない。甲板上の侵入者は彼らに任せて、おかしらは中州に降りている重装甲歩兵を回収して。回収したら、すぐにここを離れます」
「しかし、甲板上だって・・・」
「それはポーリン達に任せれば大丈夫。お頭は大急ぎで敵に取り囲まれる前にみんなを回収して。いそいで!」
アドの表情は冗談を言っているようには見えなかった。
「わかった、すぐにあいつら回収してくる」
俺はすぐに近場のロープを伝って中州に降り立った。確かに、みんな頑張って敵をなぎ倒しているのだが、如何せん相手の数が多すぎるようだった。
それに、こちらは重い甲冑を着ている。いくら鍛えているとは言え、ばてるのも早いだろう。ばてたら、あいつらの餌食になるのは自明の理だ。
「おーい、ここはもういいから、みんな撤収しろっ!!俺が支援するから、背中は見せずに少しづつ下がるんだ」
彼らも戦いのプロだ、状況が良くないのは薄々気が付いて居たのだろう、指示に従って後退を始めた。
それと同時に、船上からも矢の支援があった。ミスリルの弓から放たれた矢は、普通の鉄の矢のはずなのだが、次々に敵の体に刺さって行く。あの弓は矢を選ばないのだろうか?
重装甲歩兵の鍛え抜かれた身体と船上からの矢の支援、そして俺の獅子奮迅の働きによって、重装甲歩兵達はどんどん船上に上がって行く。
残りは・・・・後一名だった。
俺は奴に背を向けたまま、化け物と対峙していた。次々に襲い掛かって来る化け物を片っ端から薙ぎ倒しながら、最後の一人に話し掛けた。
「おい、オメーで最後だ。ここは俺が支えるから、さっさと登れっ!」
だが、ここで想像していなかった返事が返って来た。
「自分は・・・無理です。自分、ここを護っていますので、ムスケル殿は船にお戻りください」
「おっ、おめー何言ってやがんだ、どこか怪我したのか?酷いのか?」
一瞬振り返って見たが、見た感じ血を流しているようには見えなかった。
「怪我は、大したことはないのですが、肩の関節の所に奴らの槍が刺さってしまったみたいで、腕が上がりませんし、甲冑も脱げません。ですので、自分の事はいいので、置いて行ってください。そして、任務を全うしてください。さあ、早く」
そう言うと、そいつは俺の前に出て来て、化け物に斬りかかった。
「ほら、片腕でも暫くは戦えます。どうか、自分の事は忘れて船に戻って下さい。そして、将軍閣下に最後まで勇敢に戦ったとお伝え下さい」
「じ じょーだんじゃねーぞ。戻ろうと思えば戻れる奴を置いて、おめおめ帰れる訳ねーだろうがよ!おめーが何と言おうと、俺は連れ帰るからな」
「でも、現実的に無理ですって。このままじゃあ二人してあの化け物の餌食になります。お願いですからここは自分の事は・・・」
「いやっ、そうはいかねー!おぶってでも連れ帰るぞ」
もう、ここまで来たら意地だ。なんとしても連れ帰る。
「自分をおぶってロープに掴まっても、その瞬間あいつらの絶好の的ですって、その間どうやって防御するんです?」
「そんなの・・・なんとかなるっ!やって見なきゃあ、どうなるかなんてわからんだろう」
「無茶苦茶な・・・」
その時、上空から声が掛かった。甲板上のアドだった。
「おかしら、下がっているロープにその兵士さんを括りつけてください。そうしたら、みんなで引っ張り上げます」
「なるほど・・・わかった!おいっ!聞いて居たな、俺が敵を引き付けているから、ロープを体に巻き付けるんだ、できるな?」
敵の目標が俺達だけになったせいか、敵の攻撃頻度が一段と上がって来たので、手助けはしてやる事はできなかった。俺も敵の攻撃を防ぐので精一杯だったからだ。
「おいっ、まだか?まだロープが結べないんか?」
一瞬嫌な感覚があったので、一瞬だけ顔を横に向けて横目で後ろを見ると、案の定兵士は倒れていた。あの野郎、相当しんどかっただろうに無理しやがって・・・。
だが、これで俺がロープを結んでやらねばならなくなったって事か。出来るか?俺。
俺も漢だぁ、やってやろうじゃあねーかよ。
ロープを結んでいる間に後ろから斬られるかもしれんが、その時はその時だ。
やるぞっ!
俺は兵士の元に全速力で向かい、ロープを手に取った。急げ、急げ、急げ、手早く結ばねーと。
兵士の身体をさっと起こし、ロープを巻き付ける。普段ならなんでもねー事なのに、なんでこうももどかしいんだ。
急がねーと、焦れば焦る程、手は自分の物ではないかのように、思ったように動かない。
真後ろで敵が迫った気配がした。だめだったか。すまん、若者。
だが、その時、何かが上から降って来た。音から何か軽い物が地面に着地して、更に敵に向かって切り込んだ気配がした。
なんだ?何が起こった?
俺は恐る恐る振り返った。
そこに見えたのは、剣を構えて敵に相対している二人の後ろ姿だった。
「お おまえら・・・」
俺は、胸が一杯になってしまい、それだけしか言うとが出来なかった。
すみませぬ。親の介護があり、投稿が遅れてしまいました。




