14.パレス・ブラン(1)
俺達は、以前来たことのあったパレス・ブランの大広間に居た。
俺達の前には凛とした佇まいの妙齢の美女が笑顔で座っている。
そう、彼女こそこのパレス・ブランの主である、聖女アナスタシア本人だった。
確か、既に年齢は六十を過ぎているはずだと聞いていたが、静かに目の前で控えているその姿は、どう見ても少女のそれだった。俺個人の感想だがな。
ここ、大広間は天井が高く、また開口部も四方にあるので空気の流れも申し分なく、本来ならとても居心地が良い場所のはずだ。
だが、今俺は両手に溢れんばかりの手汗をかいてしまっているではないか。なんなんだ、この緊張感は。
この俺の太っ腹は、誰が居たってなーんも感じることはない。ましてや、手に汗をかくなんてありえない。いったいどうしやがったんだ?
やはりこいつかぁ?俺の正面でニコニコと微笑みを絶やさない聖女。こいつの圧なのかあああぁぁぁぁ?
俺の左にはアドラー。その左にはポーリンとアウラ。そして、俺の右隣りには帝国の将軍であるハンス。お隣のパンゲア帝国が誇る大陸最強の騎士団レッドショルダーを率いるハイデン・ハイン将軍と言った方が解り易いだろう。そんな俺達四人に対して聖女様はテーブルを挟んだ向かいに一人でニコニコと座っている。
例の竜王の手先の老人は、聖女の右後ろにまるで執事のようないで立ちで立って居た。
なんとも言えない嫌な空気の中、先頭を切って口を開いたのは聖女アナスタシアだった。
「皆様におかれましては、遠方にもかかわらず呼びつける事となりまして大変申し訳ございませんでした。ですが、緊急事態という事でご了承くださいませ」
ちっ、そんなに下手に出られちゃあ、文句も言えないじゃねーかよ。
ふとハンスの方に目をやると、奴め顔面真っ赤だぞ。後でからかってやろーっとww
「緊急事態な事は理解しました。姐 シャルロッテ殿捜索よりも緊急という事なのでしょうか?」
こんな時でもアドの奴淡々としてやがるぜ。そして、聖女ってえ奴もニコニコと顔色ひとつ変えずに緊急事態を告げるんだな。変に感心しちまったぜ。
「シャルロッテ殿の失踪とも無関係では御座いません」
聖女がそこまで言うと、その後ろで静かに立って居た竜の爺さんが口を開いた。こいつはこいつで全くの無表情で何を考えて居るのかさっぱりわからん。
「ここからは、私がお話しいたしましょう」お、竜の爺さんが一歩前に出て、おもむろに話し始めたぞ。
「皆さんはワイバーンをご覧になった事とおもいます。あれは、我が主竜王様がこの大陸を創造なされた時に、大陸の守護者としてここに配置なされたのです」
「げっ、そうなんか?じゃあよ、勝手に退治して喰っちまったのはまずかったって事か?」
「ははは、それは問題ありませんよ。本来こんな所に出て来てはいけない物ですからね」
お、初めて感情を表したぞ?
「それはどういう事なのです?」こっちは相変わらず冷静だ。
「むやみに大陸から出てしまわないように、竜王様が結界を張って大陸の中心部から出ないようにされていたのです」
「その結界がどうかなったって事なんやね?」緊張が解けたポーリンも会話に加わって来た。
「その通りです。竜王様が仰るには、大陸に配置した結界の一つが何者かに持ちさらわれたとの事なのです」
なんとなくその何者かの正体が分かった気がしたのだが、敢えて聞いて見た。
「その何者かって奴の正体は、分って居るのかい?」
「いえ、竜王様は現在お休み中なので、その溢れるお力はほとんど使えないのです」
「それで、お嬢に声を掛けて、結界を確認させようとしたと・・・」
恐る恐るアウラも参加してきた。
「ご明察で御座います。ご自身の分身のお姿をお見せになってシャルロッテ殿を誘導なされたようでございます」
「それで、お嬢は突然戻って行った訳ですね。納得です」
アドは腕組みをしたまま、うんうんと何度も頷いている。腑に落ちたのだろう。
だが、俺はなんか納得出来なかった。と言うか、何かが気になって居たのだが、ハンスに先を越されてしまった。
「では、何故シャルロッテ殿は戻ってこないのでしょうか?不測の事態に陥っているという事なのでしょうか?」
「おい、ハンス。あいつが不測の事態なんてありえないんだよ。おめーは知らねーだろうが、あいつは化け物の化身みたいな奴なんだよ。あいつが不測の事態に陥るにはよっぽどの・・・・・」
そこまで言って、俺は思わず息を呑んでしまった。想像したくない事が頭をよぎったのだった。
言葉に出したのは、やはり冷静なアドだった。
「ダーク・エンジェル・・・・」
みんなの視線がアドに集中する。
ダーク・エンジェル、一番考えたくないワードがアドの口から出てしまったからだ。
「ダーク・エンジェルがなぜ?」誰とは無しに飛び出したワードに竜氏が答える。
「本来、あの者達も結界によって、大陸の中心部からは出て来れないはずなのですが・・・」
「それで、私達を呼び戻した目的は?あのダーク・エンジェルを倒して欲しいとかですか?」
アドの奴、なんて恐ろしい事を言い出すんだ。冗談じゃねー、あんな化け物となんかまともに戦えるかよ。
そうだ、なんて言いやがったら、俺はトンズラするぞ。マジありえねーから。
だが、幸いな事に、そんな無慈悲な言葉は竜の爺さんからは出て来なかった。
「さすがに、そんな無茶な事は申しません。あれは竜王様が意図して造られた物ではありません。あれは、バグなのです。出くわしたら逃げて下さい。人族が対処出来るような物ではありませんから」
「でしたら、私達に何をしろと?」流石のアドも顔色が・・・変わっていなかった。変わらんのかいっ!!
「竜王様の仰るには、先だってからシャルロッテ殿の生体反応が感じられないと・・・」
「「「「「!!!!!!!」」」」」
「それって・・・姐さんが、姐さんが死んだ、言う事なんか?」ポーリンの口元がわなわなと震えているのが見て取れる位に動揺しているのがわかる。
「いえ、亡くなられたと決まった訳ではありません」
「せやかて、生体反応が感じられないって・・・・」ポーリンの目から涙がぽろぽろと落ちている。
「生体が息を引き取る際には、残留思念と言うものが残るのです。ですが、今回はそれが全く無く、いきなりスパッと煙のように消えてしまったそうなのです」
大広間にしばし静寂が訪れた。誰もが言葉を発する事が出来ずにオロオロしていたのだが、例によって例の如く、アドは冷静だった。
「なるほど・・・遮断・・・ですかね。何かの理由で生体反応が遮断されて感じられないと・・・」
「恐らくは、そうなのではと。そこの所を皆さんに調査して頂きたいと、そう言う竜王様からの伝言で御座います」
なんで、あいつに関わっていると、こんな厄介な事ばかりに巻き込まれるんだ?
「調査ですか」
「はい、調査をお願いします。ついでに救出もお願い出来ればと・・・」
なんか、一つ増えたぞ。
「調査と、救出と・・・ですか?」
「はい、それで、もしよろしかったら、結界の回復などして頂けますれば、非常に助かるのですが・・・」
「調査と、救出と、結界の回復・・・ですか?」
をいをい、どんどん要求が増えて居るじゃねーかよ!
「本当に心苦しいのですが、皆様におすがりするしか方法がございません。何卒ご理解とご協力を・・・」
神妙な面持ちで深々と頭を下げる竜氏だったが、内容が内容なだけに、軽々しく答えを出せずに、みんなは困っていた・・・のだが。
「いいよおぉぉぉっ!」
こんな時でもアドは冷静だった。(冷静なのか?これ)
「引き受けてもいいですが、何で私達が選ばれたのでしょうか?聞く権利はあると思うのですが?」
引き受けてもいいと聞いて、竜の爺さんは顔を輝かせているんだが、俺達の顔色は血の気が引いて土気色になってるって気が付いて居るか?アドよ。
考えるだけ無駄な気もしないではないが・・・。
「そうですね、私も全てを知っている訳ではありませんので、知っている事だけになりますが、お話ししましょう」
そう言うと、竜氏はこつこつと窓の所迄歩いて行き、おもむろにこちらに振り返った。
「その昔、竜王様はあなた達が住まわれていた大陸を創造なされました。その大陸に人族を住まわせ、文明も栄えて来た頃に、ちょーっと、ほんのちょっとの手違いで人類滅亡の危機を迎えたそうです。それに対処させる為に、一人の男に竜王様の血を分け与えたそうです」
「その男は見事竜王様の代わりに戦い、人族は滅亡の危機を脱しました。その血を受け継いだのがシャルロッテ殿だったという訳でございます」
"「ちょう待ちぃ。ほんのちょっとの手違いってなんや
?」"
「さあ?私も詳しくはお聞きしておりませんでして・・・」
「姐さんが竜王様の血を受け継いどるってのは、ほんまなんか?」
「ええ、皆さんもご覧になったと思いますが、あの光の剣、あれは竜王様のスキルでございます。あれが出来るのは竜王様のお血を受け継がれている何よりの証拠になります」
そこで、突然隣に座って居るハンスが喰いついて来た。
「おい、その光の剣とはなんだ?戦う武器なのか?」
やっべー、こいつには何も言ってなかったんだった。どうする?どうごまかす?強力な武器だと知ったらぜってー欲しがるに決まってる。
「あ あれはな・・・なんと言うか・・・」
何とか誤魔化そうと、無い知恵を絞っていると、ポーリンの奴が更に爆弾を投下しやがった。
「うちも出来るでぇ、光の剣。姐さんほどじゃーないけどな。なんでや?」
話をややしくするんじゃねーっ!!
こんな時でもアドは我が道を行くで、冷静だった。
「あら、そうでしたわね。ポーリンさんも使えましたよね、不思議ですよね?」
竜氏に同意を求めたアドだったが、竜氏からは更なる爆弾が投下された。
「ほう、そうでしたか。でしたらポーリン嬢も同じ血筋なのかもしれませんね。おめでとうございます」
おめでとう、だとー!?何考えてやがるんだ、こいつはよう。
「キャーッ!!うちと姐さん、姉妹なん?キャーッ!!キャーッ!!」
ポーリンも場所をわきまえろよ。今はそんな事で喜んでいる場合じゃねーだろーがよ。
気が付けよ、ハンスの視線。まるで少女を狙う変質者の目だぞ、今にさらわれても知らんぞ!
「ああ、そうそう忘れておりました。我が主から、今回の旅にあたって皆様にと特製の武器を預かってきておりますので、後程お渡ししますね」
おいっ!なんかこの依頼、受ける前提になっていねーか?なんかおかしくねーか?なんで最初から受けるって決まってやがるんだよ!
なんて悶えていると、突然隣のハンスが立ち上った。
「おいっ、そこの竜の男。当然我々にもその竜王とやらの凄い武器が用意してあるのだろうな?」
ハンスの目がいやらしく光っているじゃねーかよ。どーすんだ?
「はい?」
「だから、我々の・・・」
「はい?」
「貴様!私をおちょくってるつもりか?だとしたらとんでもない事になるぞ、いいのか?」
あーあ、ハンスの奴、相手が竜種だって忘れちまったのか?とんでもない事になるの、お前の方だって忘れたのかよお。
「あなた方に渡しても使いこなせないので、ありませんよ。“ワイバーンに小銭”ですからねww」
「な なにおう!そんな事はやってみなければわからないではないか。我がレッドショルダーを甘く見んで欲しい」
竜氏の顔が、まるで駄々っ子を見る母親のようになっている事に誰も気が付かなかった。
「わかりました。そんなに仰るのでしたら、使いこなせるかどうかご自分で確かめてご覧になればよいでしょう。さあ、表に行きますよ」
そう言うと竜氏はさっさと出口に向かって歩いて行った。将軍もその後について大広間を出て行った。
俺達も面白そうなので一緒について行く事になった。さあて、どんな事になるのか見物だわい。




