13.呉越同舟(4)
突然マストのてっぺんに現れた竜王の手先の存在にも驚いたのだが、その発言内容には更に驚いてしまった。
「アナスタシア様がお呼びです。すぐに来て頂きたいとの事です」
アナスタシアとは、我が国の聖女の事だ。姉妹で聖女をしていて、その妹の方の聖女がアナスタシアだ。
更に言えば、手を出した者は人でも魔物でも全て不幸になるという、呪われた存在。疫病神とも言われているなんとも有り難くない聖女様なんだ。
だが、何故か国民からの信望は異常なほど高い異質の存在なのだ。
今俺達が捜索しているシャルロッテも、一時その聖女様に仕えていたという因縁があったんだ。
大陸が沈んだ際、転移門でこの大陸に避難してきたのだが、転移門のバグで五十年前のこの大陸に飛ばされたせいで、若かった聖女様も今や六十を遥かに越えてしまっている。
そんな聖女様が、すぐに来いだと?どうなっていやがるんだ?
「私達は今、姐さん・・・シャルロッテ殿を捜索している最中なのですが、もしかして聖女様の御用と言うのは姐さんに関して・・・なのでしょうか?」
いきなりこんな呼び出しを受けたというのに、アドの奴は普段と変わらずに対応をしていやがる。こいつには慌てるって感情がねーのか?
「詳しくはアナスタシア殿から直接お聞きになった方がよろしいでしょう。私も詳しくは伺ってはおりませんが、恐らくシャルロッテ殿の事ではないかと思います。さ、お早くパレス・ブランにお向かい下さい」
パレス・ブランとは、山奥に聖女さんが築いた新たな聖地と言うべき活動拠点だったはず。
みんなは固唾を飲んでアドと竜王の使いの会話を見守っていた。勿論会話に割って入ろうなんて無謀な奴はいない・・・はずだった。一人をのぞいては。
"「
聖女はん、そないな山奥におって、こっちの状況がわかるっちゅうんでっか?」"
そう、空気を読まず会話に入って行くのは、ポーリンだった。
「その様ですな」
アドは舵輪の横で話を聞いていたアンジェラの方に向き直り、確認をとった。
「アンジェラさん、今からだと夜間飛行になるけど、行けそう?まあ、向こうに着く頃は夜も開けていると思うけどね」
「ええ、飛ぶことは大丈夫ですわ。ただ、パレス・ブランの正確な位置がわからないので、向こうに近づいたら竜さんに案内して頂きませんと」
「はい、その点はご心配なく。私にお任せください」暗くて表情は良くわからないのだが、奴の言葉には不思議な事に安心感があった。
「決まりね。すぐに飛び立ちましょう。ああ、その前に、私達全員行っても宜しいのかしら?帝国兵の皆さんもおられますが?」
さすが、このねーちゃんに抜かりはないって訳か。
「その点は特に問題は無いそうですので、ご心配なく、既に確認済みなれば」竜のおっさんにとっては、この質問も想定内って事か。
それと同時にアドねーちゃんにとってもこの返しは想定内っぽいな。いったいどんな頭をしてやがんだ?
「なら、問題はないわね。ここで時間をロスするのは得策とは言えないわ。アンジェラさん、申し訳ないけど、すぐに出発して下さいね。ああ、そうそう、ここから先は自己責任でお願いしますね。強制では無いので、降りたい方は今の内に降りて下さい。特に帝国の皆さんには関係の無い旅になるかも知れないので、よく考えてください」
そう言って帝国の将軍を見やるアドだったが、この帝国の将軍は満面の笑みをしていた。
「お嬢さん、女性にはわからないかも知れないが、未知の旅というのは漢にとっては麻薬のようなものなのですよ。乗りかかった船でもありますし、我々はとことん御一緒させて貰うつもりですよ。腕っぷしなら大陸一と自負をしている我々を頼って貰いたいものですな」
ちっ、小娘相手に何キザな事言ってやがるんだ。
「わかりました。頼りにさせて頂きます。アンジェラさん、行きましょう」
「はーい、多少揺れますのでごちゅーいくださーいww」
アンジェラの妙に明るい出発の合図で、船は軽く身震いをすると夜空に舞い上がって行った。
夜間の飛行は、当然ながら周囲は真っ暗で何も見る事が出来ないので、恐怖が昼間よりも何倍にも増幅されてしまう。
特に、空を飛ぶことに慣れていない帝国兵にとっては、恐怖以外の何ものでもなかっただろうに、さすがそこは大陸一を自慢するだけあって、無様に恐怖で泣き叫ぶ様な事はしなかったのだが、一様に顔色が悪かった。
ただ、月明りの下なので、顔色が悪かった事は誰にもバレなかったのは、彼らにとっては幸いであっただろう。
そんな帝国兵の事など、まったく気にしないアンジェラは上機嫌で鼻歌を唄いながらご機嫌に高度をどんどんと上げて行くのだった。
船は途中ワイバーンにも出くわさず、平和な飛行をすることが出来た。
やがて、左手に広がる山々の姿が薄っすらと判別が出来るようになったなと思っていると、みるみる内に太陽が山々の向こうから上がって来た。夜明けだ。
一秒一秒明るさが増していく中、下界を見てしまった帝国兵達が手摺りを握りしめたまま固まってしまっているのは、妙に可笑しくもあった。
船はいつの間にか、山々よりも高くまで昇って来ていたのだ、見た事の無い景色に固まったとしても、誰が責められようか?
あの、剛の者の代表でもある帝国将軍ですら、必死に動揺を隠そうとしているのだ。甲板上を走り回っているポーリン達の方が異常と言っていいだろう。
船は一直線に南下を続け、気が付くと前方には折り重なった山々が見えて来た。
どれだけ速度が出ていたのか誰にもわからなかったが、山々はどんどん近づいて来ている。
竜氏の的確な案内のおかげで、船の舳先は高度を下げつつも真っ直ぐに山奥の一点を目指していた。
ぐぐぐっと目に見えて速度が落ちて来たぞと思っていると、船は深い山々の中にポツンと存在しているちょっとした広さの平地の上空で停止した。
見下ろすと、そこには平地に広がる畑と、その周囲に点在する多くの家屋が見えた。間違いなく、ここは聖女であるアナスタシアの治める、聖なる神殿を中心に広がる聖地、パレス・ブランだった。
船は今までとは違い、ゆっくりとした速度で畑の上空に侵入、そのまま直進すると、集落の一番奥に満々と水をたたえた池が見えて来た。
船が着水するには十分な大きさの池だった。
竜氏の案内で、その池にゆっくりと船を着水させたアンジェラは、ゆっくりと弧を描くように船を進め、岸にゆっくりと舳先を突っ込み、船は停止した。
「お疲れ様でーす、到着しましたよーっ!」
まったく疲れを感じさせないアンジェラの明るい声で、船上はざわつき始めた。みんな、ホッとしたのだろう。特に帝国兵は、極度の緊張から解放されて満面の笑顔になっていた。
船の横っ腹にある開口部が開かれ、岸に向かって板が渡され、みんなが我先にと降りて行った。
甲板上でぼんやりとみんなの行動を見ていたが、こちらに向かって走って来る数人の男が目に留まった。
「おい、あれはお迎えなんじゃねーのか?」
隣にいるアドに声を掛けた。
「そのようですね。では行きますか」
そう言うと、階段で船内に戻って行くアドをぼーっと見ていたのだが、急にこちらに振り向いて手招きをするじゃねーか。
「おかしらも行くんですよ」
「えーっ!俺も行くのか?」
「当然でしょう、大人なのですからね。ああ、将軍様も連れて来て下さいな」
そう言うと、こっちの返事も聞かずさっさと階段を降りて行ってしまった。
ちえっ、のんびりしよーと思ったのに、ついてねーぜ。




