10.呉越同舟(1)
ワイバーンの群れに襲われている帝国の船団を見て憐れんで居たのだったが、それどころじゃなくなっていた。
目ざといと言うか、物好きなワイバーンの一匹が一直線にこっちに来やがった。
まあ、一匹だけなら三つ子と俺で迎え撃てばなんとかなると思っていたので、その時は心に余裕があった。
だが、その物好きなワイバーンが近づいて来るにつれ、なんかおかしいという警報が頭の中で鳴り始めていた。
確かにそいつはワイバーンに違いは無かった。だが、どこか変だ?他のワイバーンは薄い灰色をしているんだが、そいつは黒い?黒光りしていると言ってもいいほど黒いのだ。
それにだ、真っ直ぐに向かって来ているのだから正面から見ている事になる訳だが、どう見ても・・・デカイ?他の奴らと比べても圧倒的にデカイように見える。
ちらっと三つ子の方を見ると、かれらもその異様な姿に気が付いて居るようで、お互いの顔を見合っている。
確かにヤバイ奴なのかも知れない。だが、例えヤバイ奴だったとしても、ここを通す訳にはいかない。漢のメンツってものがあるからだ。
どうしても敵わない相手だったら、通路の中に逃げ込めば済む事だ。その点気が楽だった。
「さあ、来いっ!!」と思って構えていたら、本当に来やがった。真正面から一直線に。
今までの経験から、通常ワイバーンは襲って来る時は、まず一直線に突っ込んで来て、獲物に接触する寸前に身体を起こし速度を限界まで落して、その太くてごっつい脚で掴みかかって来るのが常だった。
だが、そいつは違った。頭から一直線に突っ込んで来て、接触する際にも速度を落とさずにくちばしで攻撃を仕掛けて来て、攻撃が失敗したと判断するや否や急上昇で上空へと飛び去って行ったのだ。こいつ、野生のボアなのか?まさに猪突猛進だぜ。
危うく奴に巻き込まれそうになった俺達だったが、幸いにも被害は無かった。みんな自前の剣で奴のくちばしの攻撃から身を守れたのだった。
しかし、あんな攻撃見た事がないぞ。まさに一撃離脱だった。あんな攻撃を何度もされちゃ、さすがにかわしきれんぞ。
奴は上空をゆっくりと旋回している。こっちを見下ろしながら。
「又来るぞ!まだやれそうか!?」
一応聞いてはみたんだが、みんなうんざりした表情で首を横に力なく振っている。そりゃあそうだよな。俺だってうんざりだ。
「何度もあの攻撃はかわせそうにないな。そろそろ潮時じゃねーか?嬢ちゃん達も通路に逃げ込んだようだし、俺達も引き上げようぜ」
「それがいいですな」三人を代表してジェームズが答えた。
「さ、そうと決まれば奴が再度突っ込んで来る前に撤退だ」
俺達はさっと身を翻して、通路の方に走り出した。それと同時にワイバーンの奴も旋回を終え突っ込んで来た。
間一髪で俺達は通路の中に逃げ込んだのだが、苦悩はまだ続いたのだった。
再び頭から突っ込んで来た奴は、あろうことかそのまま頭から通路に、山肌に開いたトンネルの入り口に突っ込んで来ると言う暴挙にでたのだった。
当然、通路は人が通る事を前提に造られている訳なので、そんなに大きくはない。
奴の頭とくちばしだけが通路に侵入出来たもののその大きな身体は通路の外だった。
「兄者、あいつバカで良かったな。こんな狭い通路にあの巨体が入るかどうかの判断も出来ないなんてさ」
「そうだ、そうだ。この通路の中にいればもう安心だな。さ、みんなに合流しましょう」
この時の俺達は、これで奴の攻撃から逃れられたと安心して、完全に油断していた。
だって、そうだろう。この通路に逃げ込みさえすれば奴の攻撃は終わりだと、そう思うのは当然だろう。
だが、奴のターンはまだ終わっていなかったと、俺達は直ぐに思い知らされたのだった。
軽い談笑をしながら歩き始めた俺達だったが、すぐに異変に気が付いた。
軽く後ろから引っ張られる感触があった。正確には空気が後方に向かって動いたのだった。
「!!」
ハッとしたその瞬間だった。俺達は全員気を失って倒れてしまっていた らしい。
らしいと言うのは、状況的にみて、そう考えるのが妥当だったからだ。
ハッとした記憶はある。だが次に気が付いた時、俺達は通路の床に倒れていたのだ。何かがあって気をうしなったと考えるのが妥当だろう。
何かが・・・いったい何があったというのだ?
わかるのは、耳がジンジンしていて、頭が激しく痛む事と、どうやら耳がどうかなっていて音がよく聞こえない事だった。
この症状から、どうやら大きな音を聞いたせいかと思われるのだが、大きい音といっても・・・
そこまで考えた所で一つの可能性に行きついて、思わず口から洩れていた。
「ワイバーンか・・・」
その声を聞いたジェームズが、両手で頭を押さえながら聞いて来た。
「ムスケル殿・・・何か・・言いましたか?」だが、耳がジンジンしていて良く聞こえない。
「なんだ?何か言ったか?」俺は聞き返した。だが、ジェームズも良く聞こえないのであろう。
「何ですか?良く聞こえないのですが」
「何だ?聞こえないぞ!」
「何も聞こえないんですが・・・」
だめだ、会話が成り立たない。取り敢えず今は早く奥に進むべきだ。又奴が叫んだら大変だ。
俺達はお互いに合図をしながら、両耳を押さえたままの姿勢でみんなの後を追って走った。
少しして、再び奴の叫び声がしたが、今度は距離があったのと、何度か角を曲がっていたので何の問題もなかった。
「しかし、あんの野郎わかっていてやったんじゃあねーだろうなぁ。嫌がらせにも程があるってもんだ」
思わず走りながら愚痴ったのだが、その声が次男のウェイドに届いたらしく話し掛けて来た。
「嫌がらせとは?」
奴もやっと耳が回復したみたいだ。
「さっきの叫び声だよ。こんな閉鎖空間であんな大声出すなんて、嫌がらせ意外になにがあるっていうんだ?」
「なるほど・・・餌にありつけなくて、悔し紛れに吠えたのでは?」
「それは・・・ありえるかもな。しかし、奴に火を吐く能力がなくて良かったぜ」
「そうですね、火を吐かれたらみんな丸焼けでしたよ」
「俺達は、まだ運には見放されていないって事だぜ」俺は胸を張ってそう言った。
「不幸ではありますがねww」話に割って入って来たジェームズの言葉は辛辣だった。
その後、どこをどう走ったのか、ボッシュの後に付いて走っていると、見慣れた石を積んだ廊下に出くわした。
「やっとここまで戻って来れたか。だが、さっきよりあの卵の腐ったような悪臭は収まってきてはいないか?」
立ち止まって周囲の空気をふんふんと嗅ぎながらそう言うと、長男ジェームズも目をつぶり舐めた人差し指を立ててから独り言のように呟いた。
「わずかに空気が流れている。この流れに乗って臭いが出て行って濃度が薄まったのだろう」
他の二人もうんうんと頷いている。
「さあ、後少しです。先を急ぎましょう」
そう言うと、ボッシュは走り出そうとしたが、数歩進んだだけで怖い顔をして立ち止ってしまった。
「どうした?」ジェームズが声を掛けたが、ボッシュは動きを止めたままだ。やがて、今来た方を向いて小声で囁いた。
「誰かくる」
俺達は瞬時に通路の両側に分かれ、気配を殺しつつ通路の奥に意識を集中した。
来る。かすかだが、金属の擦れる音が聞こえる、こいつは・・・・金属鎧の音だ。
この辺りで鎧を着ている奴らっていったら・・・帝国兵だ!
あいつら、ここまで来やがったのか?ワイバーンは通路の入り口から離れたのだろうか。
そんな事を考えている間に、金属音は徐々に大きくなってきて、すぐ近くにまで来たことがわかった。間違いない、あいつら俺達の後を追って来たな。
俺は大きく深呼吸をすると、薄暗い通路の奥に向かって吠え・・・じゃなく問い掛けた。
「止まれっ!!!」
その瞬間金属音はピタッと途絶え、暫しの静寂が訪れた。
静寂を破ったのは、帝国側だった。
「おーい、我々には今は戦う意志は無い。だから優しく向かい入れてはくれまいか?」
この声は、まごうことなくハイデン・ハインの奴の声だ。ちっ、生きてやがったか、Gみたいにしぶとい奴だぜ。
ん?今は・・・だと?いちいち気に入らねー奴だぜ。
「戦う意志がねーんだったら、なぜ俺達を追って来た?ご自慢の船で帰ればよかろう」俺の質問は間違っていない。断固として間違っていない・・・はずだ。
「艦隊は全滅してしまった。食料も、みんな喰われてしまった。連れて来た五千を超す軍勢もほぼ全滅だ。口惜しい事だが、ここはお前達と共闘してあのワイバーンに当たるのが正解であると決断したのだ」
「何が「決断したのだ」だ。勝手に決断するんじゃねー。俺は決断なんぞしてねーぞ」とんでもねー事を言い出しやがるぜ。
「お主達は人探しをせねばならんのだろう?使える人材は多い方がいいにきまっておる。我々も今は帰るに帰れん状況だ。一緒に人探しを手伝ってやろうと言っておるのだ。ここは素直に手を取り合うべきであろう」
う、ううううう。そういう手に出やがったか。だがな、我らのアドはそんな罠には引っかからんぞ。なんせ、俺達の頭脳なんだからな。
「へっ、寝言は寝てから・・・」
「いいでしょう」
「そうそう、寝てから いいでしょう って、なんだああぁぁぁ?」
俺は聞き間違いをしたのかと、振り返るととっくに逃げたはずのアドを始めとした面々がそこに立って居た。
「おい、おめー今変な事言わなかったか?」
アドに食って掛かったのだが、軽くスルーされてしまった。
「まずはお話しをしませんか?戦う意志が無いのでしたら、こちらにいらして下さい。お話を聞く用意があります」
すると、まさかの奴が、用心深いはずの奴がすっと姿を現わしたではないか。部下が交渉に出て来ると思っていたが、まさかハイデン・ハイン自ら出て来るとは、どうなってやがる?
「この通り私は丸腰だ、安心してもらいたい」
「大丈夫です、心配はしておりませんので」
こいつ、どういうつもりだ?心臓に毛が生えてやがるのか?だとしたら、相当の剛毛だぞ。
「ハンス!話し合いに応じてやる!変な真似するんじゃねーぞ」
交渉事は最初が肝心だ。舐められちゃあいかん。俺は奴に釘を刺そうと思ったんだが、またしてもスルーされてしまった。苦虫を潰した顔でいるとポーリンに話し掛けられた。
「なあ、おかしら。『ハンス』ってなんや?」
この緊迫している状況で何を聞いて来るんだ、こいつわ。
「ハンスってのは、あいつ、ハイデンの愛称だ」
「ほうほう」
奴と向かい合ったアドは、なぜか堂々と奴を正面からみつめてやがる。一体どうなっているんだ?怖くねーのか?
「やはり、先程のレディでしたか、たしか・・・アドさんと言ったか?」
「はい、それで閣下。一緒に共闘するのであれば、決めなければならない事があると思うのですが?」
「ほう、その年齢でその思考。只者ではないと思ってはいましたが、なるほど、私の右腕であるマイク・シュミットにも匹敵する、いやもしかしたら彼を上回る知恵者なのかもしれませんな」
その一言で顔を真っ赤にして駆け寄って来たのは、帝国軍の参謀長であり、ハイデン・ハイン将軍の右腕を自負しているマイク・シュミット本人だった。
「閣下!わ わたしめが、そんな小娘の後塵を拝するなどと本気で思っておられるかっ!?」
「ふふふ、かっかするな。世の中は広い。そう言う事だ。お嬢さん、あなたが言いたいのは指揮権の事ですな?」
「さすがは帝国をしょって立っておられる将軍閣下。よくお分かりです。はっきり言って相手は我々よりも遥かに強い。お互いが勝手に戦っていては勝ち目はないでしょう」
「その通りですな。私もアド嬢に賛成だ。だが、我らは腐っても帝国最強のレッドショルダーだ。そこの独活の大木の指揮下に入るなどありえん事である」
「なんだとおおおぉぉっ!!この野郎、そんなにぶちのめされてーかっ!?」俺は背中の大剣に手を掛け奴に突っ込んで行こうとした。
だが、そこでまたしても有り得ない言葉を聞く事になろうとは・・・。
「よろしい、我が帝国最強のレッドショルダーと重装甲歩兵達は・・・たった今より、アド殿の指揮下に入る事にする。それでよろしいか?」
「「「「「「「「!!!!!!」」」」」」」」
その場に居た全員が固まった瞬間だった。
「閣下!何をお戯れに・・・」副官マイクは涙目になって上官であるハンスに縋りついている。ああ、奴の部下も心労で早死にしそうだな、かわいそうに・・・。
って、こっちだって他人事じゃあなかった。
「はい、閣下のご英断感謝致します」
をいをいをい、そこは丁寧に断るところじゃねーか?何しれっと受け入れてるんだよおおぉぉ。
「おーい、おめー何考えてるんだよお、あんなのと一緒に戦うなんてごめんだぞ」
「あら、それではおかしらはここからお一人で行動しますか?ああ、姐さんが誰よりも信頼していて、誰よりも傍に居て欲しがっているお頭が居ないとなると、再会した時にどれだけ悲しむ事か。ああ、可哀想な姐さんしくしくしく」
「あらぁ、『しくしく』まで口に出して棒読みで言っちゃってるのね、アドちゃん」変な所に突っ込んで居るのは、アウラだったが、ムスケルの耳には届いて居ないようだった。
「おかしらは、モーリーモ家の三本の矢の話をご存じですか?」突然アドの奴が変な事を聞いてきやがった。
「そんなのは子供でも知ってる話しだろうが、いつも隣人から嫌がらせを受けていたモーリーモ家の主が仕返しに隣人の矢を折ってやろうとしたって話しだろ?一本の矢ならすぐに折れたんだが、欲張って三本の矢を一度に折ろうとしたのでなかなか折れずに悪戦苦闘しているうちに、隣人に見付かってしまい罪人として島送りになったっていう間抜けの逸話だ。俗に言う『モーリーモ隣りの三本の矢』だろ?」
「そうです、一本よりも三本の方が折れにくいって言う教訓です」
「わ わかった、わかった、受け入れりゃあいいんだろ?わかったよお」少女の鳴き真似には弱いムスケルだった。
こうして、奇妙な共同体が誕生したのだった。




