表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュレディンガーと時空 (再執筆)  作者: 桜木 仁
ようこそリドルチームへ
1/7

 第1章 ようこそリドルチームへ

 第1話 猫


 どうして死ぬことは許されないのだろうか。


 生きたくても生きられない人に失礼だから?


 周りに迷惑が掛かるから?


 きっと悲しむ人がいるって?

 いや、誰も悲しまない。確かに迷惑かもしれないけれど、死んだってどうせすぐ忘れられる。生きたくないやつが生きたって仕方ない。

 平等に生きる権利があるのならば死ぬ権利も肯定されるべきだろう。しかし、世間はそれを許してくれない。


 俺はこのつまらない世界から早く去りたい。

 誰からも観測されずに静かに最期を迎えたい。

 そして、俺がいなくなっても何も変わらず世界が続けばいい。


 俺は猫になりたい。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 暑い……。

 6月22日。気温は30度を超えるかどうかという具合。まだ7月に入っていないのにこの気温は俗に言う異常気象と言うやつなのだろうか。学校の規則なのか、先生はエアコンを付けようとはしない。

 クラスの大半が先生にバレない程度に下敷きで仰ぎながら涼んでいる。

 身体の至る所から噴き出す汗が下着や制服を濡らしていく。手のひらとノートは引っ付き、ぐしゃぐしゃになってしまっていた。しかもただ気温が高いというわけではない。


 俺の通う桜山高校は京都にあり、盆地という地形のせいでじめじめとした蒸し暑さという追加効果が上乗せされていた。観測されている気温よりも体感温度が高く感じてしまっているわけだ。

 冬になればその逆の現象が起こり、そこまで気温が高くないのにも関わらず、体感温度はかなり低く感じるという何とも住みづらい環境であるわけだ。


 授業も気が付けば中盤に。いや、まだ中盤と言った方がいい。

 五限の数学という昼ご飯を挟んだ後の頭を使う時間は、いくら理系であっても睡魔という敵と戦う時間となり、時の流れは遅く感じられた。


 俺は先生の筆圧の高いチョーク音をBGMに時計の秒針を眺め続ける。カチッカチッとそのテンポは乱れることはないのに早く感じられたり、遅く感じられたりもする。

 前回の窓からはそよ風程度の貧弱な風が教室の中へやってきて、廊下側の窓から一目散に逃げていく。前の女子の長い髪がゆらゆらとなびき、柔軟剤の匂いがふわりと漂う。



 俺の席は幸いにも窓側。この暑さの中ではこのポジションは喉から手が出るほど欲しいだろう。退屈であれば窓の外の様子を眺めることだってできる。

 これが青春漫画であればさぞ映えた絵になることだろう。だが、俺は生憎、漫画の主人公でもないので、遠くに見える雨雲が広がる空を眺めていた。梅雨の時期であるから仕方がないと自分に言い聞かせて目を閉じる。だんだんと雨のにおいがしてきた。帰るころには止んでいるだろうか。



 体感20秒ほど経っただろうか。自分の名前が呼ばれた気がして重い瞼を開ける。真っ先に視界に飛び込んできたのは先生の顔であった。周りを見渡すと他のクラスメイトもこちらを見ている。やはり指名されたいたらしい。たまたま運が悪く指名されたのか、寝ていることを指摘されたのかはわからない。


時空(ときそら)。寝るのはいいがちゃんとテストでいい点とってからにしたらどうだ?」


 どうやら寝ていたのがばれたらしい。教室からはクスクスと笑い声が聞こえる。が、それは無視する。

 俺がテストの点が悪いことは周知の事実であるので、今更否定しようとも思わないし、そんなことで笑われたって俺に何の損もない。俺がこのクラスで辱めを受けることなんてもう慣れっこでどうでもいい。


「すみません」


 一応形だけは謝っておくが反省する気はない。また授業が再開されればきっと俺は欲望のままに瞼を落とすことだろう。先生も出来損ないの俺にかまっている暇はないらしく、すぐに授業に戻った。出来損ないと言っても高校の偏差値は60ほどで特別頭が悪いわけではない。ただ勉強が嫌いなだけだ。いや、嫌いで苦手か......。



 ここ最近は授業についていけず、自分の地頭の良さは中学までしか通用しなのかと思い知らされた。先生の意味不明な授業は聞いていても理解不能であり、真剣に聞いたも無意味だ。俺はまた瞼が落ちてくるのが分かったがそれを止めようとはしなかった。

 人間は欲望に忠実である。俺もその例に倣っているだけ。仕方がない。




 どのくらい時間が経っただろうか。もはや授業時間など関係なく、すっかり眠りについてしまった。

 それでもはっきりと感じる違和感があった。それは音だった。いつもであれば眠りを妨げる不快なチョークの音が聞こえてくるはずだ。だが1分ほど待ってもチョークの音も、先生の解説も何も聞こえない。

 とうとう俺は目を開ける。

 教室の蛍光灯が俺の目一直線に攻め入ってくる。俺は少し目をぱちぱちさせながら視界が戻るのを待つ。


 だんだんと周りの状況が分かるようになってきた。しかし、その違和感が何なのか周りを見てもすぐに理解することは俺にはできなかった。


「時間が止まってる……?」


 しばらくしてやっと状況が飲み込むことが出来た。


 先生も他の生徒も動こうとしない。みんな石のように魂が抜け、その場にあるだけの存在に過ぎなかった。この教室はいつの間にか墓場のようになっていた。




 言葉を失う。戸惑い、焦り、恐怖。一瞬にして感じたことも無い絶望感が俺を制圧した。


 しかし、俺の中に1つの考えが脳裏をよぎる。




 神様が新しい、俺が望み続けた、誰も俺を認知せずに俺が自由に生きてもいい世界を用意してくれたと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ