蛙が飛び込んだのは? 4
別の話を書いて、混乱させてしまい申し訳ございません。
俺とあかねは、次の作戦の準備に取りかかった。
その瞬間――
ポツ、ポツ、ポツポツポツポツポツポツポツポツポツポツ……
嫌な音が再び鳴り響く。蛇口から落ちる水の音が、今や「化け物が近づいている合図」にしか思えなかった。
「……どうする?」
「とりあえず、私が罠を仕掛ける。あんたは時間稼ぎして」
仕方なく俺が囮役を買うことになった。教室を飛び出し、廊下の先――二十メートル先にぼんやりと立つ化け物に向かって声を張り上げた。
「おい!!!! 俺を食いてえなら、さっさとこっち来いよ!」
その瞬間、化け物は走り出した。水音を撒き散らしながら、叫び声と共に一直線にこちらへ突っ込んでくる。
「……違う! 違う!! お前じゃない!!」
狙いは別にいるのか?
……いや、違う。もし鉄と涼音が目的なら、あの化け物はわざわざ俺たちについて来る必要なんてなかったはずだ。
俺じゃないとなれば――狙いは、あかね。
「……チッ、面倒なことになったな」
俺は息を切らしながら、できる限り距離を取る。
あかねを巻き込ませるわけにはいかない。
「おい、こっちだ!!」
俺は叫びながら、化け物を体育館へと誘導した。
はぁ、はぁ、はぁ……。
幽霊のくせに、体力ありすぎだろ。どんだけスタミナ無限なんだよ。
とりあえず体育館に入れば――道具が山ほどある。バスケットボール、鉄アレイ、マット、跳び箱……。
あり合わせでも罠ぐらいは作れるはずだ。
そう思いながら、一番近い扉を開けて体育館に飛び込む。
背後から、化け物も水音を撒き散らしながら入り込んでくる。
――その瞬間。
「……は?」
ガシャン、と耳障りな音が響き、体育館の壁に並んでいた無数の扉が、次々と溶けるように消えていった。
正面の入口も、非常口も、窓すらも。
気づけば、出入り口はひとつも残っていなかった。
「……なんだよ、これ」
蛙飛び込む火の中に?
ーーーー
「……わかったわ」
私は息を呑み、ついに点と点が繋がった。
本と、普段は立ち入り禁止の重要図書保管室。
羊や鳥のような柔らかな白色ではなく、無機質な白一色に塗りつぶされていた理由――その謎が。
「鉄、あんたのメモ通りよ。ここは本物の学校じゃない。ただの“あの化け物が作り出したイメージの世界”」
鉄はまだピンときてないらしく、黙って耳を傾けている。
「つまりね――本の中身なんて、正確にイメージできる人間はほとんどいないの。特に古本なんて普段読まないでしょ?」
その瞬間、鉄の表情が変わった。
「だから、ラノベは残ってたのか……。微妙に文字が覚えられてたから。でも完璧に覚えてないから文字化けする。で、重要図書保管室は……」
私は人差し指を突き立て、勝ち誇ったように宣言した。
「そう。生徒が普段入れないから、イメージできなかったのよ。そして――決定的なことがわかったわ」
鉄が思わず身を乗り出す。
「な、何だよ?」
私は少しだけ笑みを浮かべて言った。
「この化け物……先生じゃなくて、生徒のイメージでできてる可能性が高いってこと」
「……それはそうと、どうやって依代を見つけたらいいんだろう?」
鉄はラノベをペラペラとめくるのをやめ、真剣に考え始めた。
私はこういう“ひらめき”は得意だけど、応用するのはちょっと苦手だ。だからこそ、鉄がこの部分を補ってくれると信じている。というか、もう私にはアイデアが浮かばなかった。
鉄は腕を組みながら言う。
「ここがイメージの世界で、本人がイメージできないものは作れないなら……逆に、一番リアリティのある場所に依代がある可能性が高い」
「なるほどね。いいアイデアじゃん」私はうなずいた。
鉄は続ける。
「それに、このラノベからも意外と情報が得られるかもしれない」
私は首をかしげる。
「どういうこと?」
鉄は眉を寄せて、少し疑いの目を向けてきた。
「思い入れが強いものってのは、好きなものの可能性が高い。だったら……好きな本のジャンルだって、そのまま性格診断になるだろ」
私はラノベのタイトルを見返しながら、妙に納得した。
「確かに……“鼻から水を飲んで異世界ハーレム”とか書いてるあたりで、だいぶ性格に偏りが出てるもんね」




