蛙が飛び込んだのは? 3
私の名前は藤谷涼音。
放課後、私たちは七不思議のひとつ――“無限絵の具のガイコツ”を確かめに美術室へ足を運んだ。
そして、出会ってしまった。
水の音が部屋いっぱいに響き渡った瞬間、全員の体が鉛のように固まり、金縛りに囚われた。動けない、息すら苦しい。
そんな中で――一番最初に呪縛を破ったのは、私の親友、潮沢あかねだった。
「てめえら、ぼさぼさしてんじゃねーぞ!」
彼女の怒声が響き、私たちは金縛りから解放され、どうにか美術室から逃げ出した。
だが、怪異は外に出ても追ってきた。校舎全体が、あいつの領域に飲み込まれている。
私たちは苦渋の決断を下し、二手に分かれることにした。
私と柳田鉄は――この怪異を倒す方法を探すチームだ。
「はぁ、はぁ……っ」
鉄が息を切らしながら私の隣を走る。
「あんた、相変わらず体力ないわね」
私は皮肉を飛ばしながらも、すぐに口を引き締める。
「私たちは今、健三とあかねが命懸けで時間を稼いでるのよ。その間に、なんとしてでも突破口を見つけなきゃいけない」
そして、私たちの目の前に現れたのは――図書館。
けれど、入った瞬間に違和感に気づいた。
「……なんか、この図書館、古くない?」
本来なら、5年前に改装されたばかりのはずだ。
真っ白なカーペット、汚れひとつない壁。
けれど今ここにあるのは、薄汚れた木の床に、黄ばんだ壁。小さな穴がいくつも空いていて、まるで時間が巻き戻ったみたいに古びている。
鉄は肩で息をしながらメモを開き、かすれた声で言った。
「……徳衛先生、言ってただろ。怪異は、自分だけの空間を持つって。――この学校も、骸骨が“イメージした”姿なんだろう」
……さすが、私に次ぐブレインだけはある。
一瞬で、私の疑問を解決してくれた。
「まぁ、イメージ通りなら逆にやりやすいかも」
私は気楽そうに言ってみせた。
「ここにある本が古いものばっかりなら、何か貴重な情報も残ってるんじゃない?」
図書館の古本コーナーに近づき、埃をかぶった一冊を取り出す。
――けれど、開いた瞬間に息が詰まった。
「……なに、これ」
ページには文字がひとつもなかった。真っ白な紙だけが、何百枚も並んでいる。
「どういうことだよ」鉄が駆け寄り、顔をしかめる。
「もしかして……俺らが情報を探そうとしたから、先に消された? 図書館の本、全部……真っ白に?」
私は信じられなくて、古本コーナーの本を片っ端から開いてみた。けれど、どれも真っ白。
鉄はまだ、本を開いて探している。
「もうっ、どうして全部真っ白なのよ!!」
私は声を荒げ、苛立ちのあまり爪を噛む。
「まさか、あの怪異……頭脳戦まで仕掛けてきてるの?」
半ばやけになって普段は入れない重要図書の保管室を開けると、そこは――真っ白な空間だった。壁も床も、ページのように何も書かれていない。
「……もう、わけわかんない」
頭を抱えながら、いくつもの可能性を巡らせる。
そのとき。
「おーーーーい!!涼音! 大発見だ!」
鉄の叫び声が図書館に響き渡った。
私は急いで鉄の方に駆け寄った。
彼の手には、一冊の“文字が書かれた本”が握られていた。
「一体どういうこと!?」
慌てて中身を覗き込むと、確かに文字はある。……ただし、所々で文字が滲み、ぼやけている。
鉄が眉をひそめる。
「まだ消されてないだけ、なのか?」
私は首を振った。
「違う。だって、あれだけの本を一瞬で真っ白にできる力があるなら、これだってすぐに消せるはず」
ページをめくりながら、頭の中で情報を整理する。
1.この世界は怪異のイメージでできている。
2.怪異の力は“水”に由来している。
3.校舎の姿が最低5前のまま再現されている。
そして――視線がタイトルに留まった。
『異世界転生した俺が十回に一度鼻から水を飲めて、異世界ハーレム築くまでの奇跡』。
「……は?」思わず声が漏れる。
なんだこの頭の悪いタイトル。必要な情報どころか、無駄の極みじゃないか。
だからこそ消されなかった……? いや、それでも途中の文字化けの説明にはならない。
私は試しに他のラノベ文庫の本を手に取った。ページを開く。
――そこにも、ちゃんと文字が書かれていた。
「そういうことね」
私は息を呑んで呟いた。
「謎は解明した」
ーーーー
「あああああああーー!」
俺とあかねは情けない声をあげながら、一階であの化け物と鬼ごっこをしていた。
「ムリムリムリムリ! なんで俺があんな化け物と鬼ごっこしなきゃいけないんだよ!」
俺は息を切らしながら叫ぶ。
「それに――校舎の構造が微妙に違うんだって! 俺が知ってる学校じゃない!」
俺たちはとりあえず一年生教室に飛び込み、息を潜める。
小声で作戦の再確認を始めた。
「あー……実際に逃げながらだと、昨日考えてた作戦、どれも実行しづらいね」
あかねがバッグを開け、中に入れていたアイテムを並べていく。
「そうだな……しかも、建物そのものが微妙に違うってのは予想外すぎる」
そのとき、あかねの無線が鳴った。
この空間ではスマホもネットも使えないが、どういうわけか無線だけは通じる。
『――こちら涼音。推測だけど、この学校は“最低でも五年前の姿”をもとにしてる可能性が高いわ』
「なるほどなぁ……」俺は思わず感心する。
「だから構造も微妙に違うってわけか」
その瞬間――
ゴッ……ゴッ……ゴゴゴゴオオオオ――ッ!
雷鳴が響き渡り、窓の外で雨脚が強くなっていくのがわかる。
「俺の勘違いじゃなければ……これ、徐々に雨の量、増えてないか?」
あかねの表情が険しくなる。
「……私たちは時間稼ぎが仕事だけど、もしかしたら、そんなに時間残されてないかもね」
彼女は深く息を吸い、バッグの中身を見渡した。
「こうなったら――片っ端からプラン試してみるしかない」




