教室発狂しただけなのに
俺の名前は綾野 健三だ。
今、俺は――泣きながら反省文を二枚も書かされている。
……なぜ、こんなことになったのか。
あれは今日の英語の授業中のこと。
内職をしていた俺は、英語のおばさん先生に参考書を取り上げられ、ちょっとした口論になった。もちろん、俺が勝った。
――と思っていた。
だが、どうやら“本当の勝ち”ではなかったらしい。
担任まで呼ばれ、説教は二時間に及び、最終的に反省文を書くハメになった。今ここにいる俺は、その結果である。
「う、うぅ……あああ……ひぐ……ぐうぅ……」
なんとも情けない泣き声を漏らしながら書いていると、視線に気づいた。
校庭の隅から、ヤンキー3人組がこっちを見ている。
さすがは田舎の香川にある中堅公立高校。柄の悪い連中がいても、なんら不思議ではない。
だがこのとき、俺はついイラついてしまった。
「俺は見せもんじゃねえんだ!! 消え失せろ!!」
――と、全力でイキってしまった。
そして、今思えば、
俺の人生において、あれが一番のミスプレイだった。
ヤンキー3人組のボス格が、こちらに向かって大声を張り上げる。
「なんやこのクソゴミが!! 文句あるなら、俺の顔見て、直接言えや!」
……言えるわけがない。
相手は英語のおばさん先生とはわけが違う。
どう見てもこっちが物理で負ける。
そんな勝てない戦を、俺はやりたくない。
だから俺が出した、最善で最低な答えが――これだった。
「違う。お前らに言ったんじゃない。俺の隣にいる“こいつら”に言ったんだ。」
何もいない空間を指差す俺。
もうここまで来たら、引くに引けなかった。
「こいつらも、お前らもうるせぇんだよ」
ヤンキーのボスが、少し戸惑った顔で言う。
「は……? お前、何言ってんだよ。そこに誰もいねぇだろ」
――全くその通りである。
この世に幽霊なんて、いるわけがない。
でも俺は、すでに第二の“ミスプレイ”を決めていた。
ここで認めたらすべてが終わる。だったら――押し通すしかない。
「だから隣にいるこいつらだって言ってんだろ。……あれ? お前、見えてねぇの? 目、悪いんじゃね?」
……その瞬間、ヤンキー3人組の顔が青ざめた。
「うっわ」「マジかよ」「やべぇって……」とぼそぼそ言い合いながら、走って逃げていく。
俺は、一人、勝ち誇ったように笑った。
「――幽霊なんて、いるはずねぇのにな。」
次の日の朝。
普段からそこそこ嫌われてる俺だけど――今日はやけに空気が冷たい。
いや、冷たいっていうか、なんというか……**“視線が俺を避けてる”**感覚。
これ、もう確定だ。噂になってる。
まぁ俺には“ある習慣”がある。
これはただの社交術であって、決して趣味じゃない。断じて。
……休み時間になると、俺は自分のスマートフォンを教室の隅に設置する。
それで、次の休み時間に録音を聞くのが日課だ。
いわば、俺流・情報戦術である。
で、今回も聴いてみた。
そしたら案の定、流れてきたのは――
「綾野くんってさ、幽霊見えるんだって」
「あー、聞いた聞いた。だからあいつ、あんなに頭おかしいのか」
「でも、それって嘘かもしんないじゃん?」
「嘘なわけねーだろ。あんな気持ち悪いやつ、普通の人間なわけがない」
「あ、確かにw」
……やばい。
これ以上聞いてたら、俺の精神ゲージが削れそうだ。
放課後、俺は昨日泣きながら書いた反省文を、学級主任であり国語担当の先生に提出した。
先生は椅子にふんぞり返りながら目を通すと、赤ペンで数か所をなぞって言った。
「ここ4つ、直してちょうだいね。でも……こんなにミスがあると、文字数が合わなくて文章がおかしくなっちゃうでしょ。もう1から書き直したほうが早いわね。ちょっと待ってて、原稿用紙持ってくるから」
……だとよ。
だが俺は、彼女が職員室に消えるその数分の間で、4か所を完璧に修正しつつ、文字数までキレイに調整して文章を完成させてしまった。
戻ってきた先生がそれを読むと、ほんの少しだけ驚いた顔になり、問いかけてきた。
「どうやって、さっきの場所を修正して、文字数もピッタリ合わせたの?」
本当は「バカなの?それくらい簡単じゃね?」って言いたかったが、
さすがにこれ以上罪を重ねるのもアレなので、俺史上最も優等生的な回答で返す。
「国語の先生の教えの賜物ですよ」
……俺、言ったぞ?ちゃんといい子の返し、したぞ?
だが先生は、口角をちょいと上げて言い放つ。
「あなた、文章力はあるのに――嘘をつく才能がないのね」
……見抜かれてた。完膚なきまでに。
「最近、嫌な世の中ねぇ。水不足のせいで、ろくに野菜も育たないし、何より溜池が次々と枯れたせいで、この前なんて半日断水だったのよ。教師って言っても、冷たいお茶が飲めなきゃ生きてけないわよ?」
俺は話が長くなりそうだったので、会釈してさっさと帰る準備をした。
俺は帰り道、校舎裏を通って近道をしようとした。
ふと、生物室の前を通った瞬間――世界が真っ暗になった。
「え、何これ?」
と思う間もなく、口に猿轡、両手は縄のようなもので拘束されていた。
俺は混乱した。
そしてすぐに、冷静な分析を始める。
「……なるほど。ついに俺の優秀さに嫉妬した愚かな生徒たちが、暴力という名のチートを使って俺を排除しに来たわけか。」
これはまずい。
どうする……どうする俺!?
土下座ってどうやってやるんだっけ?足はどこまで曲げるんだ?
それよりまず金か?
俺の全財産、30,000円を差し出せば命は助かるのか?
俺は建設的かつ現実的な、そして何より賢い交渉策を脳内で練りながら、目隠しが外された。
……そこにいたのは、女子2人と男子1人。
彼らは全員、制服のバッジが1年生の色だった。
つまり同学年。だが顔は覚えていない。なぜなら俺は、他人の顔を記憶に刻むほど社交的ではないからだ。
その中のひとり――メガネをかけた、いかにも地味な女子が、俺の目の前に立っていた。
名札にはこう書かれている。
藤谷 涼音。
……どこかで聞いたことがあるような気もするが、記憶にない。まぁどうでもいい。
涼音は、俺に向けてクラッカーを構えた。
そして……
バァァァァァァァン!!!!
生物室に轟く謎の爆音。
一瞬、心臓が止まったかと思った。
それと同時に、室内の電灯が点灯し、後方の壁から垂れ幕が降りてくる。
《WELCOME TO OCCULT CLUB》
いや、テンションおかしいだろこの部活。
残りの2人も拍手してる。めっちゃ笑顔。
状況は、なんとなく把握した。
これは――俺をオカルト研究部に強制入部させる茶番だったのだ。
でもな。
俺は今、猿轡されたまま、縄で拘束されている。
……先にそこ、解けよ。
涼音が眼鏡を外した。
「君、幽霊見えるんでしょ。私たちのオカルトクラブに、入って」
そう言いながら、俺の頭をぐっと片手で押さえつけてくる。
……いやおかしいだろ。
普通こういう勧誘って、せめて手を握って「お願いっ」って感じじゃねぇの?
頭つかんで生殺与奪の権握ってくるやつ初めて見たわ。それ命令だよね?
だけど俺は、その瞬間──
涼音の顔を見た瞬間、理解してしまった。
(……こいつ、可愛い)
男子高校生なんて所詮こんなもんだ。
地味だと思ってた子がいきなりギャップで攻めてきたら、理性なんて霧散する。
「……俺の力があったら、この部活、空海の再来だって注目浴びるけど……いい?」
何言ってんだ俺。やばい。スベってる。
頭押さえられて脳が酸欠だったってことにしてくれ。
メガネをかけていて、髪型はほぼ坊主。潔いというか、清々しいほど髪がない男子が前に出る。
「俺の名前は柳田 鉄。民族学が好きで、このオカルト研究部では副会長をしている。よろしく」
見た目どおり真面目そうだが──なんか、いちいち俺の動きに目線を合わせてくる。
…え、今まばたきしたの見て笑った? なにこいつ、逐一観察してくるのなんか腹立つんだけど。
次に名乗ってきたのは、猫背ぎみでおっとりした雰囲気の女子生徒。
「私の名前は、潮沢 あかねって名前で……ええと……ごめん! うまくできない、涼音ちゃん、あとはお願い〜!」
緊張してるのかテンパってるのか分からないが、語彙が瞬間蒸発してる。
……いや、瀬戸大橋が好きって何の情報?
そして、最後に。
明らかに一番ヤバそうなやつが、白衣をひるがえしながら前に出てきた。
……え、なんで?
なんでこいつ、ずっと頬杖ついたままモデル歩きで近づいてくるの?
そしてその白衣はなに?雰囲気で着てるの?
俺は思わず白衣の襟に縫い付けられた「藤谷 涼音」の名札を見て、悟った。
そうか──こいつがこの部のラスボスか。
「私の名前は藤谷 涼音。見ての通り、この学校で一番可愛い女子だから、サインぐらいだったら書いてあげてもいいよ」
こいつ……何様なんだ。
さっきの軽率な安請け合いが、今になって首を絞めてくる。ギュウギュウと。
涼音はお姫様ムーブのまま、白衣をふわりと翻して俺の目の前に立つ。
「最近ニュースで見たでしょ?香川県の水不足、本格的にやばくなってきたって。でも、これは最近始まったわけじゃない。冷静に観察してたら、3年前から少しずつ異常は始まってたんだよね」
どこか誇らしげな顔で、彼女は続ける。
「たとえば──」
•「急に溜池の水が全部消える」
•「狐の嫁入りが毎週レベルで多発」
•「雨が降ったのに水たまりができない。一瞬で蒸発するの」
•「そして今一番ヤバいのが……瀬戸内海の塩分濃度が下がってるってこと」
「3年前は誰も気づかなかったような、日常の中の小さな異変。でもそれが積み重なって、今は大問題。だからそれを調査・解決するのが──この、オカルト研究部ってわけ」
……つまり。
•香川県のインフラレベルの危機
•警察でも役所でも専門機関でも解決できない
•それを調べてるのがこの、モデル歩き白衣女と愉快な仲間たち
あとで知ったが、この部活は生徒会から部費をもぎ取って活動してるらしい。
………これはもう、ほとんど公金チューチュー部活詐欺では?
拍手。拍手。拍手。
クラッカーの音が鳴り止むと、3人が口々に言い始めた。
涼音「入ってくれてうれしいよ」
鉄「学年1位だし、かなり期待してる」
あかね「幽霊の話とか……そういうのにも詳しそうだし」
俺は内心(ふっ、まあな)と満足感に浸っていた。
そうだ、俺は特別な存在なのだ。この学校で1番賢く──
──ん?
3人がコソコソと小声で会話を始めた。
俺はさりげなく耳を傾けてみる。
涼音「よっしゃ、4人目ゲット~」
あかね「あーもうほんと助かった……マジで部活動報告の紙書きたくなかった」
鉄「これで人数条件満たしたから、生徒会から部費1万円もらえるな」
……なるほど。
この部活の目的、俺じゃなくて金だったらしい。
俺はそっと溜息をついて、つぶやいた。
「部費のために俺を勧誘って……なんだこの部活、完全にオカルト(不正)じゃねーか。」
こうして俺の腐った学園生活は、
悪臭を放つ腐った仲間との、さらに腐った日常へと変貌した。
そして、涼音が当然のように命令を下す。
「じゃあ、さっそくだけど──この学園の七不思議、“無限絵の具のガイコツさん”、倒しにいくよ」
……。
「は? ガチで活動してんの、このクソ部活。」
なろうが開催してるホラー企画に参加したくて書いてみました。
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