終わらない夏と、死んだ君
永遠に終わらないことが、幸せとは限らない。
蝉が鳴いている。
甲高い鳴き声が、耳の中で反響し続けている。
まるで、耳鳴りのように、ずっと頭に響いている。
ずっと昔から鳴いているような、そんな気がする。
目を閉じても、雲ひとつない青空が、水平に広がっている。
目に焼き付いていて、離れない青。そして、水のように弾く真っ赤な花が宙を舞っていた。
今日も君と走る。
疲れ知らずのように、どんどんと広がる世界の中で、彼女と遊んで走り続けている。
緑が深くて、空が青くて、陽炎が揺れている。
太陽の光が、ジリジリと僕を焦がす。
その暑さによって、蒸発しているみたいに、汗が流れることはなかった。
「ほら、遅いよ」
笑って振り返る彼女の顔。
ピンク色で、何のキャラクターかも分からない兎が描かれた服を着ていた。
ああ、こんな綺麗な顔してたっけ。
こんな声だったっけ。
太陽みたいに、きらきらと輝く笑顔を浮かべながら、彼女は僕に手を差し伸べた。
僕は、若干の違和感を感じなら、しかし、その手を取った。
そうだ、こんな声だった。
元気で優しくて、聞き心地の良い声だった。
他の女子みたいに、えらく高い声ではなくて、程よく低い声だった。
都会だというのに、まるで似合わない、田舎のコンビニもどきみたいな店があった。
外に置かれている冷凍ケースから、曖昧な名前のアイスを取り出した。
名前がぼやけていて、はっきりと見えないのに、確かに見覚えがあった。
なんて、名前だったっけ。
そのアイスを買ったら、気が付けば、冷房がガンガンに効いた、彼女の部屋に居た。
いつ帰ったかなんて、まるで思い出せなかったのに、自然と受け入れていた。
疲れもなければ、汗は一滴もかいてないのに、この部屋の涼しさが心地よかった。
そんな中で、青い服を着た彼女と、二人でアイスを食べた。
アイスは、一気に食べたのに、頭が全然痛くならなかった。
アイスの味は、よく覚えていない。
また、気が付けば、よく二人で遊んでいた公園に居た。
太陽が、僕の真上にあった。
罪人を焼くかの如く、僕を焼く太陽を見つめていたのに、ちっとも目が痛くならなかった。
君の影がやけに短い。
僕の影は、もうどこにもなかった。
何も食べなくても、何も飲まなくても、疲れない。
なんて素敵なのだろうか!
時間も、夜が来ることはなかった。ずっと昼で、朝も夜も来ない。
ずーっと、遊んでいても怒られない。
彼女と正真正銘のふたりぼっちの世界で、遊んで遊んで、遊び尽くして生きていても、誰もわからないし、知ることは無い。
だから、怒られることはない。
家に帰る理由も、ありやしなかった。
風がすり抜ける体は、軽すぎて、ときどき地に足がついてないような気さえするというのに、恐怖は微塵も感じなかった。
それどころか、その感覚に違和感どころか、楽しさが込み上げてきた。
僕は笑う、世界一楽しそうに。
君と一緒に、遊び続けるんだ!
―――――
彼女は白い服を着ていた。
いつも、黒とかグレーとか、ピンクとか、そんな色ばかり選んでいたくせに。
なのに、今日は真っ白な服で、まるでーそう、棺に入れられていたときみたいに。
棺桶って、なんだっけ?
あれれ、なにか、忘れているような気がするんだ。
でも、どうでもいいよね。
だって、彼女が居るんだから。
「どこか行っちゃやだよ」
そう君が言った。
その声が懐かしくて、泣きたくなった。
ーーでも、それ、僕の声だったよね
なんのこと?
ーー君にそう言ってほしかっただけだよね。
汗は出ない。
眠っても、目は覚めない。
目が覚めるたび、体が燃えるように熱くなる。
まるで、火の中にいるみたいだ。
―――
きっとこれは走馬灯。
火葬炉で燃えている屍が見ている、最後の幻。
―――
君はもう、ずっと前に死んでる。
僕も、それを追いかけて燃えている。
それでも、この夏は終わらない。
この幻は、君が生きていた頃の記憶だけで作られてる。
「ほら、早く!」
君が手を引く。
僕は笑って、また走る。
声も、景色も、全部が色褪せ始めているけれど、それでも構わない。
君が、そこにいる限り。
この夏が、永遠に続く限り。
____終わらない夏と、死んだ君。
そして僕は、君と一緒に死に続けている。
ねぇ、幸せだね。
ーーー本当に?
その問いを問いかける人は、どこにもいやしなかった。