第3話「パンダ、村に立つ」
「お願い、うちの村を助けて……!」
少女の小さな声は、震えていた。
その手は、俺のもふもふを必死に掴んでいる。頼られている――俺はパンダなのに。
(マジかよ……でも、無視できねぇ……!)
もふられながら戸惑っていると、少女は続けた。
「森に……ゴブリンたちが出てきて、畑を荒らしてるの。村のみんな、怖がって隠れてばかりで……」
ゴブリン――異世界ファンタジーの定番モンスター。
とはいえ、こちらは言葉も武器もないパンダ。普通なら詰みだ。
でも、俺には【進化吸収】がある。そして、昨日ウサギ魔物を倒して得た“跳躍力”と“夜間視力”も。
(よし、やってやろうじゃねぇか)
俺はゆっくり立ち上がり、泉の奥へと歩き出した。少女が驚いたように息を呑む。
「……ついてきてくれるの?」
無言で首をぶんぶん振る。返事代わりだ。
少女は嬉しそうに微笑み、俺の後ろを走ってついてくる。
***
少女の名前はミリィ。村の外には滅多に出ないらしい。
ゴブリンたちは最近になって突然出現し、近くの畑を荒らすようになったという。
村人たちは戦えない。魔法使いも戦士もいない、ただの農村だ。
(……これは、俺がやるしかないな)
道中、ふと思った。パンダのまま、どこまでやれるのか。
でもそれは同時に――自分の進化を試すチャンスでもある。
***
畑は森の外れにあった。
柵は壊され、作物は踏み荒らされ、何よりも――そこにいた。
「キィィ……!」
青緑色の肌に、ぎらぎらした目。腰にはボロボロの棍棒。
3体のゴブリンが、笑いながら畑を荒らしていた。
(マジでいた……ってか、思ったより怖ぇ!)
俺が姿を現すと、ゴブリンたちは一斉にこちらを振り返った。
「……グルルッ?」「なんだあれ、でけぇぞ!」
「パンダだよ、悪かったな!!」
もちろん言葉は通じてないが、俺は地面を踏みしめ、一歩前へと進み出た。
そして――跳ぶ!
(跳躍スキル、発動!!)
ふわりと重力を抜けるように、俺のもふもふボディが空中に浮かび――そのまま一体目に直撃!
「ギャグッ!?」
重みと衝撃で、ゴブリンは即気絶。残りの2体が怒り狂って襲いかかってくる。
(まずい、接近戦!)
だが、俺にはもう一つ武器がある。【体重】だ。
転がる。回転する。そのままゴロゴロと、全身を使ったパンダボディのタックル!
「ギエエエッ!」
二体目、ダウン!
最後の一体がビビって逃げようとする。
俺は、ありったけの力で前足を振りかぶった――
「ふおおおおおッ!!」
――ビターン!
平手(肉球)で一発、KO。
……静かになった畑に、風が吹く。
《スキル【粗野な腕力】を獲得/【低級言語感知】を獲得》
(……言語、感知?)
脳の奥に、じんわりと奇妙な感覚が広がる。まるで“意味”が流れ込んでくるような……。
さっきのゴブリンたちの怒鳴り声が、なんとなく「警戒」「敵意」だったと分かる気がした。
「……やっぱり、神獣さま……!」
後ろから、ミリィの感嘆の声が聞こえた。
俺の足にすがりついて、にこっと笑う。
(守れた……誰かを、ちゃんと)
そう思った瞬間、胸の奥がぽっと温かくなった。
もふもふは、ただの癒しじゃない。今、この世界で誰かを救ってる。
進化するパンダ、覚醒の一歩。