第9話 死体の定義を述べよ
淡い金髪がうねり揺れる。
生ける死体はカタカタと手足を震わせ、起き上がろうとしていた。
生前いかに美しかろうと、今は恐怖と嫌悪の対象だ。
「拘束」
アイラの声がした。
死体の動きが鈍くなる。
アイラが死体の周りに描いたチョークの線がフワリと浮き上がった、ように見えた。
チョークの白い線が死体の足に絡み付いてる、のか?
ともかく白い線は死体の動きを止めているようだ。
見たことがないな。
特殊な魔術か技能だろうか。
「生ける死者よ、汝に永遠の安寧を」
アイラは聖句を唱えながらすばやく荷物から瓶を取り出した。
おそらく聖水だろう。
死体の動きが変わった。
アイラの持つ聖水を恐れている、おそらくは。
死体は首をかしげ僕の方を見た。
血の気のない唇が微かに動く。
タスケテ。
俺にはそう見えた。
「待ってください、アイラ」
俺は言った。
「生ける死者に情は無用よ。
治癒術師は下がってて」
アイラの声には明確な意思が宿っている。
死体は必死に腕を動かそうとする。
何かを伝えようとしている、のか?
「待ってください」
俺は死体に近よった。
俺は落っこちてきて、この死体を下敷きに助かった。
死体が美人だからじゃない。
借りがあるんだ。
俺は用心しながら死体に近寄る。
死体はアイラのチョークに拘束されながら、微かに腕と手を動かし、必死に何かを伝えようとしている。
どこを指している?首か?
よく見ると死体の首に細い鎖がかかっている。
ネックレスみたいな?
「失礼しますよ」
俺は死体の首元の鎖を探った。
!
鎖の先にはカードが付いている。
冒険者証か!
冒険者証は、ダンジョンに入る時に冒険者組合から渡される。
この生ける死体はまちがいなく冒険者だったのだ。
なになに。
冒険者名、ヴィオラ
種族 吸血鬼
おい!
冒険者証を見たアイラは一瞬絶句した。
ほんの一瞬だけ。そして。
「はあ!?吸血鬼の冒険者ですって?
死体が冒険者になれるの?
おかしいでしょ?
冒険者組合は何を考えてるの!!」
ガッガッガッガッ。
アイラはブーツの踵で石畳を蹴った。
こめかみもヒクヒクしてる。
俺も冷や汗をかいている。
俺は吸血鬼の口に指を突っ込んだのか。