第8話 これから何が起きるのか
俺とアイラは振り出しに戻ってきた。
良かったことは、お互いに対する疑いが晴れたことだ。
悪かったことは、相変わらず犯人が誰か分からないことだ。
「マッドハウスは長くても2〜3日で解除されると思う。
けど、閉じ込められた者が自力で解かないと縁起が悪いのよね。悪い運がつく」
アイラは言った。
縁起が悪い。聞いたことがある。
魔術師組合でダンジョンによく潜っている先輩が、冒険者は迷信深いとブツブツ言っていた。
「アイラはそういうことを気にするタイプなのか?」
「言っておくけど、ダンジョンの運を馬鹿にしない方がいいわ。
マッドハウスに巻き込まれても、怠惰に待ってれば解放はされる。
でも解決されてないマッドハウスは、祟るのよ」
アイラはそこで一呼吸おいた。
「マッドハウスから解放されてすぐにダンジョンに潜って。
たちの悪いトラップに巻き込まれたり。
思わぬモンスターに襲われたり。
そんな風に死んだ冒険者を私は何人か知ってる。
ダンジョンの主の機嫌を損ねると大変よ」
ダンジョンの主体意思。
それが神か魔か知らないが、そういう存在があると言われている。
魔術師組合は懐疑派も肯定派もいる。
「エドモンも、このままマッドハウスを自力解除できなかったら、そのあと一月はダンジョンに潜らない方がいい。
ベテランからの忠告よ。
月が一巡りすればマァだいたい落ち着くから。
少なくとも私は潜らない。……一月潜れないと収入減ってたいへんなんだけどね」
最後は独り言のようだ。
ダンジョンの主体意思については良く分からないが、俺も犯人は突き止めたい。
何より俺への冤罪を完全に晴らすために。
最大の手がかりはこの死体だろう。
やはり美人である。
うねる薄い金髪、同色の長いまつ毛、鼻筋の通った大きすぎない鼻、華奢な顎。
なぜこんな美人がダンジョンにいたのか。
いちおう服装は革鎧にマントに、女性冒険者がよく来ている服だ。
「失礼しますよ」
俺は死体に声をかけると、彼女の顔を僕の方に向けた。
「ちょっと何するのよ」
「死体の体温を確認したいんだ」
俺はそう言うと、死体の口の中に指を入れる。
まだ体温があればいつ頃殺されたか検討がつく。
もしも誰かが氷魔術で死体を冷やしたなんてことがあったなら、口内はまだ温かいかもしれない。
死体の体温を測るならホントは……、まあ女性のアイラの前では控えよう。
ろくなことにならない。
死体の唇は血の気がなく開いていた。
俺は人差し指を入れる。
感覚を指に集中させる。
口の中はひんやりしている。
喉の奥はどうだろう。
ゾクッ。
俺は反射的に口から指をぬいた。
魔力素が吸い取られる気配がした。
ついでに死体の口の中が動いた。
動いたと思う。
「うわぁっ!!」
ダンジョンとは言え、いきなりホラー展開かよ!
俺は後ずさった。
頭がフラフラする。
かなりの量の魔素を吸い取られた。
「何やってるのよ」
地図屋アイラが言う。
敵でも味方でも、生きてるアイラの気配が今は心強かった。
死体の足がピクリと動き、チョークの枠からはみ出る。
腕が一瞬痙攣する。
胸にはナイフが刺さったままだ。
「ヒィッ、動く死体っ」
アイラも異変に気がついた。
そう、ここは、ダンジョンだ。
死体が見たままの死体とは限らない。
俺は誰の、いや何の上に落ちたのか。