第3話 アイラ
「あなた、服に血糊がついてるわね」
俺の武装解除をしながら地図屋アイラは言った。
確かに服には大きな血のシミがついている。
動転していて、今まで気が付かなかった。
俺は地図屋アイラに持っていたナイフを取られた。
ついでに彼女はチョークで石畳に円を描き、俺にそこから出るなと指示した。
俺からナイフを取り上げて安心したのか、地図屋アイラはようやく小剣を下ろした。
俺が治癒術を使えるのは本当だ。
いかにも治癒術師の格好もしている。
それとは別に、雷の攻撃魔術も使える。
これは黙っておく。
「アイラ」は年は20歳過ぎぐらい。
俺より少しだけ年上に見える。
背は俺より少し低い。
でも女性としては背が高く、細身だが筋肉質で、活動的な印象だ。
地図屋だそうだが、偵察のような服装をしていた。
赤毛は短く、日に焼けた鼻筋にはソバカスが散る。
美人といって良いと思うが、僕に向ける視線に女らしさはゼロ。
性格についてはノーコメントだ。
女性の性格に文句を言っても無駄。
俺はこのことを姉と妹から学んだ。
内面はともかく、今日俺は美人に出会ってばかりだ。
そして俺の運命は僕の人生史上最悪だった。
「つまりこの不運な死体が今回のマッドハウスの原因というわけね」
地図屋アイラは今度は死体の周りにチョークで線を引いていく。
彼女の作業は丁寧で早かった。
「半月の時期に、地上第一層で落とし穴なんてトント聞かないわね」
チョークは血溜まりを避けながら、死体の周りをぐるっと一周した。
ダンジョンは月の満ち欠けの影響を受けるが、半月の時期は概ねおとなしい。
魔物もそうだし、新しい通路や罠ができることもあまり聞かない。
特に地上に近い階層では。
「あまりに突然で避けられませんでした。
この方には申し訳なかったと思います」
俺は神妙に答える。
地図屋アイラは胡散臭げに僕に視線を向けた。
「それにしてもすごい薄い金髪。
この死体はずいぶん美人ね。
あなた変なことしてないでしょうね?」
あらぬ疑いをかけられた。
「濡れ衣です。
解剖する時間なんてありませんでした」
「解剖?」
地図屋アイラの片目が吊り上がる。
しまった。失言したか。
つい魔術師組合の感覚で言ってしまった。
俺は治癒術師として医術の教育も受けているんだが……、解剖できる死体は貴重なんだよ。
「疑うなら死体を確認してください!」
落とし穴に落ちたこと以外は俺は潔白である。
「そうね、ちょっと見せてもらうわ」
地図屋アイラはうつ伏せの死体の肩に手をかけひっくり返そうとした。
死因を調べるつもりか。
「ちょっと!あなたはコレ知ってるの?」
地図屋アイラは死体をひっくり返しながら言った。
俺は地図屋アイラの指さす先を見る。
これはっ!
「この女性は心臓をナイフで刺されている。直接の死因はこのナイフね」
アイラは死体の胸元を指差しながら言った。