第20章 ダンジョンの沈黙
「ジルがやたら怖がっているけど、ヴィオラがジルの血を吸うことはなかったと思うよ」
何度も言うが俺はヴィオラに命の借りがある。
言っておかないと。
「当たり前です、エド様。
私はそう簡単に血を吸ったりしません!」
ヴィオラは誇らしげに同意した。
「あなたは分かってない。
あの時のヴィオラは危険だった。
今とは違う」
ジルが反論する。
「俺はヴィオラの口に指を突っ込んだ。
けど噛まれなかったよ」
マナは吸われたけど。
心臓をナイフで刺され、俺の下敷きになり、あの時のヴィオラは生ける死体としても瀬戸際だったはずだ。
でも噛まなかった。
ヴィオラはそういう質なのだろう。
「ヴァ、吸血鬼の口に指を突っ込むってどういう性癖だよ……」
デニスは首を振る。
「オマエ勇気あるな」
ボボン。
ジルは何も言わない。
「てっきり死体だと思っていたから。
死後どれぐらいか体温で調べようと思ったんだよ。
ほら、現場検証ってやつ。
メイド探偵シャルロットに出てくるだろ」
あの時は必死だったが、勇気ではない。
ましてや性癖ではない。
「ヴィオラはどう見ても死体だったわ。
吸血鬼注意って書いておきなさいよ。
危ないじゃない」
アイラが言う。
三人組は言葉少なく黙り込んだ。
「いや、あのっ、エドモンさんはシャルロットのファンなんですか?」
デニスが突然話題を変え、俺に『メイド探偵シャルロット』の話題を振ってきた。
調子のいい男だと思う。
でもシャルロット好きに悪いヤツはいないって先輩も言うしなあ。
デニスに言いたいことはあるが、ヲタトークの魅力は抗いがたい。
そんなわけで、俺はデニスとシャルロットの魅力について語り合った。
シャルロットは人間関係をつなぐ。
なお、エルフのジルも読んだことがあるそうだ。
シャルロット人気は種族を超える。
読んでなくて輪に入れないヴィオラがむくれていた。ゴメン。
ダンジョンから出たら貸すから。
「そろそろ光の壁を見に行った方がいいんじゃない?
マッドハウスが解けてればいいけど」
シャルロットの話題が一段落した所でアイラが言った。
さて、どうだろう。
俺のカンだとマッドハウスはまだ解けてない。
北の通路で。
光の壁は相変わらずだった。
厳然として存在していた。
俺達はまだマッドハウスの中だ。
「ダンジョンさん!
私を刺したのはエルフのジルです。
被害者の私が言うんだから間違いないです。
ジル本人も認めています」
ヴィオラの言葉にも反応はない。
「どういうことだ……?」
「いつ出れるの?」
「メシはいつになる?」
三人組が光の壁を見ながら言う。
「つまりよ。
ヴィオラは吸血鬼で死体だから殺人にはカウントしないってことじゃないかしら」
アイラが当事者ヴィオラの前でストレートに言った。
「ひどいですよ、アイラさん!
吸血鬼に権利はないんですか!
いえ、それよりクソダンジョン!
私のためのマッドハウスじゃないんですか!
そうですよね!
私は刺されたんですよ!
生ける死体差別反対!」
ヴィオラが喚いている。
「ヴィオラはもともと死体。
そんなの見れば分かる。
おかしいと思った」
ジルがボソッと言って、ヴィオラと睨み合った。
「じゃあ何故マッドハウスがあるんだ?」
デニスがつぶやく。
「そりゃまあ、どこかに死体があるからだろう」
俺は答える。
そう。
死体があるはずなのだ。
まだ見つかっていない死体が。