第18話 ジル
「ボク的には、吸血鬼と一緒にダンジョンに潜るのは気が進まなかった」
ジルは話し始めた。
「でも冒険者組合の人に吸血鬼は強いし、最初は強い人がいるパーティーが良いって言われた。
ボクは故郷から出てきたばかりで宛もなかった」
「それで」
アイラが促す。
尋問は完全にアイラの役割になった。
「ボクから見てヴィオラの、吸血鬼の気配ははっきり変なんだ。
見た目は似てるけど気配は生ける死体なんだ。
なぜ周りのヒトがヴィオラの気配を気にしてないのか分からない。
ボクがそういう気配に敏感なだけなのかな」
「ヴィオラの気配がおかしいのは俺にも分かるぞ」
ボボンが言った。
ヴィオラは本人は黙っている。
「ダンジョンに潜って戦っている内にヴィオラの生ける死体の気配はますます強くなってきた。
ヴィオラは怖い。
ヴィオラは血を欲してイライラしてる。
ボクには分かる」
まあ、ヴィオラはイライラしていたって他のメンバーも言ってたな。
「お昼ご飯を食べてる時にヴィオラがボクをじっと見ていることに気がついた。
これ以上一緒にいられないと思った」
思考が飛躍している。
「ヴィオラが追いかけてきた。ボクは怖かった。
ヴィオラは言った『あんたに興味はないけど、あなたの血に興味があるのは認める。血の一滴ぐらい置いて行けば渇きは癒える』」
「ヴィオラはあなたの体に牙を立てようとしたの?」
アイラが質問した。
「ボクはそう思ってる」
「ヴィオラは具体的に何をしたんだ?
腕を掴んだのか、首筋に触ったのか、暴力を振るったのか」
俺は質問した。
「そういうんじゃない。
ヴィオラの目が赤くて、ボクの目の前が赤く染まった。
ああ、ボクはヴィオラに噛まれるんだって思って、次の瞬間グサって音がして、ボクはヴィオラの胸にナイフを突き立てていたんだ」
心神喪失ってやつだろうか。
誰だよ、こんな不安定な女の子にダンジョンに潜る許可を与えたのは!
冒険者組合のヒト出てこい!
この事件を冒険者組合に報告したとして、どう判断されるんだろう。
ジルの言い分は「気配」とか「見てる」とか「怖い」とかなんだよな。
「殴られた」とか、せめて「触られた」とか、そういう検証可能な話がないんだよなぁ。
あとさ、ジルってエルフだけど人間なら何歳ぐらいなんだろう。
15歳ぐらいか?
もしかするともっと若いのかもしれない。
改めて見ると、ジルの外見と雰囲気はかなり幼く見える。
「ジルはなぜダンジョンに来たの?」
アイラが静かに質問した。
「攻撃魔術のコントロールが苦手で。
ダンジョンで修行しようと思って。
故郷ではボクの髪の色が変だって言われてたし」
ジルの濃い灰色はエルフ族にしては濃い色だ。
「そうなの」
そう言うとアイラが一歩踏み出した。
「ジル、ダンジョンの先輩として怖い人に会った時のアドバイスがあるわ」
「何?」
「まず歯を食いしばるのよ。ぐっと。
そして足に力を入れて踏ん張るの」
ジルの頬に力が入った。素直だ。
「ちゃんとできたら頷いて」
ジルは頷いた。そして。
バコッッ!!
次の瞬間アイラの右手はジルの左頬をぶん殴っていた。
平手ではない。拳骨だ。問答無用のパンチだ。
ジルは倒れ込んだ。
あー、これは相当痛かっただろう。
俺は姉や妹と問答無用の喧嘩もしたが、このレベルの強力なパンチは食らったことがない。
「イヤならダンジョンに入る前に言いなさい!
ムカつくならナイフを出す前に素手でぶん殴る!
冒険者の基本のキよ!」
そのあと俺は、アイラの依頼によりジルに治癒術をかけた。